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あるひのきみ

2013/ 04/ 29
                 
お留守番

 きみが一番きらいなことば「お留守番」。

 宏有さんが、彼女の母とアメリカに3週間ほど行っていたとき、私も出張で幾日か家を空けざるをえないことがありました。
 ムッちゃんの東京八王子の主治医の奈良先生のところに1週間ほど預けることになりました。
 きみがわが家に来てまだそんなに経っていなかった頃のことでしたね。
 
 ちゃんと迎えに行きましたよ。

 きみは会った途端、目を逸らします。
 私を見ようともしません。

 とにかく車に乗せました。

 帰る途中、荒川の堤で一休みすることにしました。
 きみは歩いている私の後ろ3mほどのところをついてきます。
 こちらが振り返って、「ムッちゃん」と呼んでも、尻尾を振らず、目も合わせず、二人の間を等間隔に保ちます。

 走らず、近寄らず、目も合わせず。
 横にも来ず、前にも行かず。
 トボトボと伏し目がちに歩くだけのきみ。

 (ムッちゃんは1歳半になってからわが家の家族になりました。栄養失調でみるからに痩せこけているのを、宏有さんの姉が見かねて手をさしのべ、妹の家にお仲人口をしたのです。義姉の懇意の奈良先生のところで3週間ほど養生させてからわが家の一員となりました。そういう経緯を辿っていますので、突然、私たちと会えなくなってしまった彼は、これから先のことをとても不安に思ったようです。たった一週間という私の感覚でしたが、彼にとっての一週間はどんな思いを巡らした日々だったのでしょうか。)


 あれ以来、きみは「お留守番」という言葉が一番嫌いになりました。
 「お留守番」とヒトコトいうと、途端にきみの目は輝きを失せ、意気消沈します。
 でも、それからは、お留守番した後は、「会える」「戻ってくる」ということは判りました。

 真夜中でも私の車の音がしはじめると、いつも玄関の上り口のところまで出迎えにきています。
 ただいまといって玄関をあけると、きみはいつも黙って尾を振って出迎えます。

 出迎えるときのやさしいいきみの目、すてきでした。



 
 
                 
        

国語の教科書で

2013/ 04/ 28
                 


 中学一年の国語の教科書に、島崎藤村の「千曲川旅情の歌」も載っていました。小諸に住んでいたということもあり、丸山先生に名指しされて読んだのがこの詩です。読後感想文も皆の前で読み上げました。

 高校一年の国語の教科書に、中原中也の詩が、(参考)というかたちで載っていました。中里先生に名指しされたので、中也の詩でいいのかと問うたところ、「参考ということで挙げた詩だからダメダ」といわれ、他の詩の朗読と、読後感想文を読み上げた記憶が蘇りました。

 阿刀田高さんが、中也の「湖上」の詩が好きだということを書いていたので、あのころの彼の詩を思い出すことともなりました。
 そういえば、太宰治生誕百年を記念して、幾年か前、太宰を主人公にした映画が三本上映されましたが、そのうちの一つの映画(『ヴィヨンの妻』。松たか子が、太宰の妻美知子役)のワンシーンに、中原中也の「山羊の歌」の詩集が映し出されていましたっけ。


曇天
 
 ある朝 僕は 空の 中に、
黒い 旗が はためくを 見た。
 はたはた それは はためいて ゐたが、
音は きこえぬ 高きが ゆゑに。

 手繰(たぐ)り 下ろそうと 僕は したが、
綱も なければ それも 叶わず、
 旗は はたはた はためく ばかり、
空の 奥処(おくか)に 舞ひいる 如く。

 かヽる 朝(あした)を 少年の 日も、
屢ゞ(しばしば) 見たりと 僕は 憶(おも)ふ。
 かの時は そを 野原の 上に、
今はた 都会の 甍(いらか)の 上に。

 かの時 この時 時は 隔(へだ)つれ、
此処(ここ)と 彼処(かしこ)と 所は 異れ、
 はたはた はたはた み空に ひとり、
いまも 渝(かは)らぬ この 黒旗よ。


汚れちまった悲しみに……

汚れちまった悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れちまった悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れちまった悲しみは
たとへば狐(きつね)の革衣(かはごろも)
汚れちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる

汚れちまった悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れちまった悲しみは
倦怠(けだい)のうちに死を夢む

汚れちまった悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる……


別離

 1

さよなら、さよなら!
  いろいろお世話になりました
  いろいろお世話になりました

さよなら、さよなら!
  こんなに良いお天気の日に
  お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛(つら)い
  こんなに良いお天気の日に

さよなら、さよなら!
  僕、午睡(ひるね)の夢から覚(さ)めてみると
  みなさん家を空(あ)けておいでだった
  あの時を思ひ出します

さよなら、さよなら!
  そして明日(あした)の今頃は
  長の年月見馴(みな)れてる
  故郷の土をば見てゐるのです

さよなら、さよなら!
  あなたはそんなにパラソルを振る
  僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです
  あなたはそんなにパラソルを振る

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!


山上のひととき

いとしい者の上に風が吹き
私の上にも風が吹いた

いとしい者はたゞ無邪気に笑ってをり
世間はたゞ遥か彼方(かなた)で荒くれてゐた

いとしい者の上に風が吹き
私の上にも風が吹いた

私は手で風を追ひのけるかに
わづかに微笑(ほほゑ)み返すのだった

いとしい者はたゞ無邪気に笑ってをり
世間はたゞ遥か彼方で荒くれてゐた


春宵感懐 (しゅんせうかんくわい)

雨が、あがって、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵(よい)。
 なまあつたかい、風が吹く。

なんだか、深い、溜息(ためいき)が、
 なんだかはるかな、幻想が、
湧(わ)くけど、それは、摑(つか)めない。
 誰にも、それは、語れない。 

誰にも、それは、語れない。
 ことだけれども、それこそが、
いのちだらうぢゃないですか、
 けれども、それは、示(あ)かせない……

かくて、人間、ひとりびとり、
 こころで感じて、顔見合わせれば
にっこり笑ふといふほどの
 ことして、一生、過ぎるんですねえ

雨が、あがって、風が吹く。
 雲が、流れる、月かくす。
みなさん、今夜は、春の宵。
 なまあつたかい、風が吹く。


                 
        

阿刀田高

2013/ 04/ 27
                 
言葉の海へ こぎ行く

 4月は

 若い人たちのあいだで三浦しをんの小説〈舟を編む〉がよく読まれているらしい。旧聞ながら昨年の本屋大賞受賞作品である。初めてタイトルを見たとき、
 ――――いいねえ――――
 と思った。小説のタイトルを決めるのはむつかしい。私はデビューして間もないころ古手の編集者から、
 「読者の九十パーセントはだれが書いているか、作者で本を選ぶんですよ」
 「そうでしょうね」
 「でも。あなたが松本清張や司馬遼太郎を名のるわけにいかんのです」
 「はあ?」
 「残りの十パーセントはタイトル。魅力的なタイトルをつけなきゃいけない」
 たっぷりとしごかれた。
 あれから四十年、よいタイトルについて私見を述べれば①言葉として整っていること②内容を巧みに暗示していること③読者に"おやっ"と思わせるものを含んでいること、などなどが標準的な条件だろうか。言語表現としてギクシャクしているのはよくないし、内容をあまりにもあからさまに表しているもの、逆に内容と関係の薄いものもいただけない。ほんの少し平凡さを超えるものであってほしい。〈舟を編む〉は右の条件をほとんどすべて満たしている。しかし、
 ――――舟って"編む"ものかなあ――――
 漕いだり造ったりはするけれど……。日本語としてやっぱり正しいものであってほしい、と思ったが、さらに確かめると、これは国語辞典を編む仕事がテーマとなっている作品で、広大な言葉の海を舟で行くことを言っているらしい。ますます、
 ――――いいねえ――――
 と思った。読んでみればまさしく辞書編集のくさぐさ。若い読者が日本語に関心を持ってくれるなら、さらに、
 ――――いいねえ――――
 である。三浦さんは面識のない作家ではない。ご尊父(※)は古事記の権威で、こちらからも私は多くの示唆を受けている。
 ――――しをんさん、いい仕事をなさいましたね――――
 心から拍手を送りながらも、ほんの少し、
 ――――しまった――――
 と悔やまないでもなかった。ありていに言えば、
 ――――このテーマ、私が書きたかったな――――
 こういう感想は時折いだく。実際に書けるかどうかの問題ではなく、わけもなくうらめしい。日本語には私も関心があるし、辞書を創る仕事にも興味がある。私も小説に書いてみたいと……これは、まあ、コロンブスの卵というもの。それにしても言葉の海を舟で行くイメージはすばらしい。
 話は変わるが、舟は人間が一番最初に作った乗り物だろう。陸路はとにかく足で行くことができるが、川や海を行くとなるとどうしても工夫が必要になる。その手段を象形文字で現したらしい。
 舟を歌った詩歌はたくさんあるけれど、私は中原中也の〈湖上〉が好きだ。
 ポッカリ月が出ましたら、
 舟を浮かべて出かけませう。……
 ロマンチックな夜の恋。月と湖が美しい。 (作家)

いま風   金曜日
時字  随想

阿刀田高
 あとうだ・たかし 1935年、東京生まれ。早稲田大学仏文科卒。78年に『冷蔵庫より愛をこめて』でデビュー。79年に短編集『ナポレオン狂』で直木賞、95年に『新トロイア物語』で吉川英治文学賞を受けた。2012年4月から山梨県立図書館長を務める。近著に『源氏物語を知っていますか』。

2013年(平成25年)4月26日(金曜日)  夕刊  讀 賣 新 聞


(※)三浦佑之(みうらすけゆき) 1946年、三重県生まれ。 上代文学、伝承文学研究者

三浦しをん(みうら・しをん)
1976年、東京都生まれ。2000年『格闘する者に〇(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利帳』で直木賞受賞。
小説に『風が強く吹いている』『成果を得ず』『神去なあなあ日常』
『小暮荘物語』など、エッセイに『悶絶スパイラル』『あやつられ文楽鑑賞』
『ふむふむ おしえて、お仕事!」など著作多数。
❀三浦しをんの上記略歴は『舟を編む』より転載。
❀三浦しをんは阿刀田高と同じ早稲田大学卒(第一文学部演劇専修)。

中原中也(なかはらちゅうや) 1907年4月29日、山口県山口市に生まれる。詩人。
詩集『山羊の歌』
詩集『在りし日の歌』(1937年9月29日、自ら選んだ詩篇の原稿を小林秀雄に託したが、同年10月23日死去。その翌年4月、創元社から出版された。)


湖上 
中原中也 「在りし日の歌」日本詩人全集22 新潮社 昭和42年7月10日発行より

ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮かべて出かけませう。
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。

沖に出たらば暗いでせう、
櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は
昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
――――あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。

月は聴き耳立てるでせう、
すこしは降りても来るでせう、
われら接唇(くちづけ)する時に
月は頭上にあるでせう。

あなたはなほも、語るでせう、
よしないことや拗言(すねごと)や、
漏らさず私は聴くでせう、
――――けれど漕(こ)ぐ手はやめないで。

ポッカリ月が出ましたら、
舟を浮かべて出掛けませう、
波はヒタヒタ打つでせう、
風も少しはあるでせう。


                 
        

加須のうどん

2013/ 04/ 25
                 
加須手打うどん会

 埼玉県の加須市周辺は、利根川の水源を生かした農業用地の整備がすすみ、2毛作が可能となったことから、米の裏作として多くの麦が生産されていました。しかし、お米の多くは、年貢として供出し、麦飯が主食だった時代、ツルツルシコシコうどんは大変なご馳走であり、根強い人気を得てうどんの食文化を築く結果となりました。
 加須では昔からの冠婚葬祭を始め、物日には必ず各家庭でうどんを作る習慣があります。
加須の手打うどんは、今から約200年前の江戸時代の半ば、利根川の渡舟場や不動岡の総願寺門前で参拝客をもてなしたのが、うどん屋の始まりといわれています。
 また青縞の集積地として、五日と十日のゴトウ日には市が立ち、全国から業者が集まり盛況を極めたといわれ、それの人々をターゲットとして、当時豊富に生産されていた地粉を使っての手打うどん店が誕生し、大いに繁盛したと言われています。

埼玉B級ご当地グルメ王決定戦初参戦!
 祝優勝
おかげ様で初挑戦、初参加で優勝することが出来ました!
 「肉味噌うどん」を是非お召し上がりください

❀Official Web Site によると、加須市内には40店のうどん屋があり、現在24店が「加須手打うどん会に加盟」していると記されています。
 上記の「初参加で優勝」と、「現在24店が加須手打うどん会に加盟」とありますが、何れも、いつ時点でのことかが明記されていませんことを申し添えさせていただきます。
 加盟24店舗でスタンプラリーをやっていて、いろいろな特典を用意してお待ちしています。とのことです。


❀追補 

天皇陛下・皇后陛下が、皇太子殿下・皇太子妃殿下であった当時、美智子様のご本家、館林の正田家に出向いた折りに加須を通られ、そのときに立ち寄った「子亀」は、この加盟24店のうちの一つです。

「皇太子ご成婚記念」の切手を買い求めるため、姉のご下命により県庁所在地の本局まで出向いて並んだ記憶が浮かび上がってきました。そのとき姉は高校1年生で、私は小学生。勿論平日での記念切手発売ですから、他の人と同様大勢の列に並んでいる私は当然学校へは遅刻という事実が待っています。
 シート販売で、限られたシート数しか売ってくれなかったのかどうか思い出せませんが、目的のものを手に入れて自転車に乗ろうとふと行列に目をやったら、姉が並んでいる姿が目に留まりました。
 (勉強家の)姉は遅刻をしたくないために、弟にアルバイトさせたと考えていたのですが、切手収集家の常で、幾つも記念切手シートを集めたいという強い気持ちが、彼女をしてそうさせたのかと、今にして合点がいく思いがします。

 姉の誕生日は4月25日。小諸に住んでいた当時の4月25日は、懐古園のさくら祭りで、小学校はお休みでした。
 そんなことも思い出している今朝となっています。


追々補

 小諸時代は田植え休み、稲刈り休みがありました。その分、夏休み(冬休み、春休み含みます)が少なかったですね。東京から遊びに来るいとこ達のなんと夏休みの長かったことをとても羨ましく思ったことでした。

                 
        

さきたま緑道 彫刻プロムナード 12

2013/ 04/ 24
                 
舟を編む 三浦しをん

 小説の帯カバー  
 言葉の海へと舟を漕ぎ出す人びと続出! 
 2012年本屋大賞第1位!
 キノベス!2012第1位!
 2012年日販年間ベストセラー単行本フィクション部門第1位!
 2012年オリコン年間ランキング小説部門第1位!
 大学生協2012年一般書・年間ベスト1!

 裏面に箇条書きで書かれていました。

 帯カバー表面に、 70万部!  
 4月13日 全国ロードショー 出演・松田龍平 宮崎あおい
 などとも書かれていました。

 謝辞
 本書執筆に際し、お力を拝借したかたのお名前をここに記し、深く感謝する。
 作中で事実と異なる部分があるのは、意図したものも意図せざるものも、作者の責任による。

 と、書かれていました。
 この傍線の文章(私がアンダーラインを引きました)が、妙にひっかかっています。
 今夜から読み始めようと思っています。


大地の精  -34-

 万物を育てる大地の生命力、古代人の歓喜の姿などを想像して現しました。
 大地からの力強い息吹を感じて欲しいと願っています。
  松永勉 (徳島県)
大地の精① 松永勉
                 
        

第28回 さきたま火祭り

2013/ 04/ 22
                 
秩父夜祭

 秩父夜祭は、京都の祇園祭、飛騨の高山祭と並んで日本三大美祭・日本三大曳山祭の一つに数えられています。

 この秩父夜祭も、そしてさきたま火祭りも(埼玉県人になってからも)、まだ一度も見に行ったことがありません。
 秩父夜祭は毎年12月1日から6日まで、秩父市の秩父神社の例祭として開催されます。
 一方、さきたま火祭りは行田市埼玉(さきたま)にある県営さきたま古墳公園で、毎年5月4日に開かれています。
 開催されてから何回か実施されなかった年もあったようですが、今年28回目を数えるまでになりました。
 今では10万人以上の人出で賑わうまでに成長しています。
 


第28回 さきたま火祭り

 さきたま火祭り は、"火"をシンボルにした祭で、さきたま古墳公園のおひざ元である地元の住民が主体となって運営しています。
 そもそもは、後に国宝となる、稲荷山古墳から出土された金錯銘鉄剣を代表する埋蔵品が、昭和55年に、さきたま古墳公園内のさきたま資料館に管理保管されることが決まったことを記念して行われた、「行田商工会議所古墳まつり商工祭」の催事の一つとして始まっています。

日時:5月4日(みどりの日・土曜)、午前10時~午後8時
会場:さきたま古墳公園(行田市大字埼玉〈さきたま〉4834
メインイベント
 18:55~ しゅうばつの義
 19:15~ ~~神話への誘い~~
       贄台・たいまつ行列
       古代住居・産屋炎上
 19:30~ ~~古代のロマン~~
       御神火降り・たいまつ行列
       オワケの臣登場
       (御宣託読み上げ)
 ~20:00 ~~フィナーレ~~
       打ち上げ花火

❀無料シャトルバス
 ☆JR高崎線北鴻巣駅東口⇔臨時停留所さきたま古墳公園前(むさしのホール・湯本駐車場)
 ・運行時間帯:10:00~21:30 
 ・運行間隔:20分~30分
 ☆三か所巡行:「古代蓮の里」⇒「小針クリーンセンター」⇒「会場南入口(白蓮社)」⇒「古代蓮の里」 

❀駐車場
 A:高源寺駐車場
 B:古代蓮の里駐車場(一番スペースが広い)
 C:小針クリーンセンター
 D:みらい(行田市立図書館)駐車場

❀午前からメインイベント前までの スケジュール の中で、私がみたいと思ったのは、
 ・14:25~ 「ささら獅子舞」
 ・17:30~ 「武蔵あばれ太鼓」
 ・18:05~ 「甲冑隊演舞」
 などです。
 理由は、「ムサシの国の物語」の恰好の被写体になるのかなと・・・。

❀追補
 行田市内の「ささら獅子舞」は、久伊豆神社境内の「長野のささら獅子舞」をはじめとして、「野」、「若小玉」、「下中条」、「在家」、「野村」、「馬見塚」など、各地域に伝承されています。
                 
        

赤城の神 今井善一郎

2013/ 04/ 22
                 
はしがき

 本書は赤城の神についての随時の考察をまとめたものである。最も古いものは昭和十八年のものであるから恰度三十年前のもので、その間私の考えも変化があったから全部をまとめて書き直せばよいのであるが、現在の私の体力ではその余裕がない。それで昔のまま大体古い順に(最初の一篇が実は二番目の発表であるが、読んで頂く都合上そこだけ順序を更えた)並べておいた。実は昭和四十三年十二月八日に「赤城神小考」という題で上毛民俗学会でこれらの要約したものを述べた事があったが、それは祖霊の集合が神になるというその頃の自説をこの赤城神信仰に結び付けて述べたものであり、ここにもそれを採択しようと思ったが、他の部分は既述の旧説による処が多いので重複をさけてやめた。

 日本の神、殊に地方の神については従来研究される所が極めて少ない。しかし村々の鎮守、産土の社の神こそは日本の神の正系統の神である。今や日本ではこれらの神社を守り立てている基礎社会が崩壊しつつある。従って日本の神の将来も実に憂わしい現状にある。神に対する信仰が失われつつあるからである。
 赤城の神はその様な基礎社会の上に立つ神ではない。しかし中央の神とは異なる。それが「から社」なる不可思議な表現を鎌倉の三大将軍にされた為に私はつい研究してみたのであるが、地方の神社の成立は何処でも大体明白でないのである。日本の神或は神社の研究は何故か怠られてる。

 本書は多少民俗学的な方法を借りては居るが、正統系の民俗学の研究ではない。昔の郷土士研究というやり方に民俗学の匂いを少しつけた程度のもので、こんな物で一冊の本としてまとめられる価値のない事は私自身が知っている。しかし、ここに書いた物は三十年来の原稿だが、私が赤城の事に関心をもったのは四十年以上になる。そして書きたい事、殊に、全然私の専門外な考古学的な事などもまだ赤城についてはずい分とある。
 但しそれは皆中途半端な智識で、且つその方面の先生方は沢山居られる。私は先生方の説を承るだけで娯しみである。
 書肆煥乎堂は長年私が本を贖って来たのだが最近ピタリと止んで了ったので、不思議に思ったらしい。そしてそれが私の盲目化に原因するを知り、私を憐れんで、何か原稿があったら本にしてやろうと云ってくれる。私はノートは作るが原稿は殆ど書かないので、手許にある赤城神関係のものだけ集めてみた。文体も文章も不揃いで見苦しいが、それは右の次第故読者の御寛恕を乞う。
 そして煥乎堂には感謝の意を表しておく。

                                     昭和四十八年六月十五日記


赤城の神  
昭和四十九年三月二十日 発行
著者 今井善一郎
発行所 株式会社煥乎堂
                 
        

さきたま緑道 彫刻プロムナード 11

2013/ 04/ 21
                 
穀雨
 広辞苑 発行所株式会社岩波書店 昭和39年1月15日 第1版第12刷発行
 (春雨が降って百穀を潤す意)二十四節気の一。太陽の黄経が三〇度の時。春の季節中の最後。陽暦四月二十一日頃。
 大辞林 発行所株式会社三省堂 1988年11月3日 第1刷発行
 [百穀をうるおす春雨の意]二十四節季の一。三月中気。太陽の黄経が三〇度に達した時をいい、太陽暦で四月二〇日頃。

 今年の「穀雨」は、昨日の4月20日でした。
 このところ寒い日が続いています。
 そして昨日から雨が降り続いています。
 お昼前には雨があがるようですが、寒気はずっと続きます。



4月の彫刻プロムナード
 4月9日は撮影日和でもありました。

男と女かな -37-
人体の持つやさしさや、力強さ、樹の幹の持つ生命観。
 そうした僕自身がいつも持っていたものを抽象とも具象ともいえる形にしました。
 これ、男と女かな?
なんて思ってみてもらうのも、たのしいなと思っています。
 黒田峰夫 (京都府)
男かな女かな?⑤


お日様の下で -36-
奥野誠 (埼玉県)
お日様の下で ① 
お日様の下で② 説明文


 -35-
尾崎真 (愛知県)
和①
                 
        

2013/ 04/ 20
                 
志賀草津道路

 国道292号(志賀草津道路)の群馬県草津町の天狗山ゲートから長野県山ノ内町の陽坂ゲート間は、平成24年11月15日より、平成25年4月25日まで、『冬期通行止め』となっています。また、群馬県万座住民センターから須坂市に向かう長野県境までの(一)牧千俣線は、5月2日までが『冬期通行止め』となっています。

 或る年のゴールデンウイークに、この志賀草津ルートを通ったのですが、道半ばにして、猛吹雪となりました。視界はほとんどなく、対向車のライトが目に入ったと思った瞬間には、もう横を通り過ぎているという繰り返しです。車を停めれば追突されるのは自明の理です。行けども行けども眼前真っ白な世界をただただ前進するのみです。
 どれくらいの時間が経ったのでしょうか。 突如前方が明るくなりました。
 今までふぶいていたのがまるで嘘のように、雪化粧した景色が忽然と現れました。

 ムッちゃんの目が「良かったね」と、私に伝えています。
 彼は車に乗るといつも助手席に立って、前方をみます。このときも、私を見やり、前方をじっと見据え、パイロットの役を自任していました。
 

今日信州で雪に出会いました。

 信州からの帰り道です。雪が舞いはじめました。
 雪の白さが目に飛び込んでくると、いつも、ムッちゃんとのことが思い出されるのです。
 

鬼無里の水芭蕉 

 奥裾花自然園の水芭蕉 という言い方が正しいようです。
 当時も残雪に足をとられながらの、長靴を履いての園遊となりました。

 きみは雪が大好きです。雪を見ると、雪の上を歩くと、雪の上を走ると、雪と戯れると、きみの眼がキラキラと輝くのです。

 ブナの原生林に囲まれた、ここ奥裾花自然園は、7ヘクタールという広大な湿原に81万本の水芭蕉が所狭しと咲き乱れます。日本一といわれる所以です。
 
 奥裾花神社の開山祭は、毎年4月29日に行われます。神楽や鬼女紅葉太鼓が奉納されます。
 水芭蕉祭りは毎年5月11日となっています。

❀「鬼女伝説」をご存知ですか。
                 
        

(「舟を編む」制作委員会)

2013/ 04/ 20
                 
舟を編む

 〈あらすじ〉 1995年、玄武書房辞書編集部。監修者の松本(加藤剛)を支える編集者・荒木(小林薫)は間もなく定年を迎える。残るのは編集者・西岡(オダギリジョー)と契約社員の佐々木(伊佐山ひろ子)のみ。荒木と西岡は補充要員として営業部で変人扱いされていた馬締〈まじめ〉光也(松田龍平)を見つけ出す。辞書編集部は、新しい中型辞典「大渡海〈だいとかい〉」編纂に乗り出した。馬締は辞書編集に打ち込む。いっぽう、馬締が暮らす下宿・早雲荘に、女主人・タケ(渡辺美佐子)の孫娘・香具矢(宮崎あおい)が住むようになる。彼女は板前修業中だった。突然の出会いで、馬締は香具矢に強く惹かれて行く。松本は馬締に、「恋」の語釈を書かせる……。

 〈解説〉 三浦しをん作のベストセラー小説の映画化で、地味な辞書編集の仕事を独自の視点で描く。監督は、『川の底からこんにちは』の石井裕也。134分。

 週刊文春 4月25日号 108ページ
                 
        

週刊文春 4月25日号

2013/ 04/ 19
                 
Cinema Chart

舟を編む 

品田雄吉 (映画評論家) ☆☆☆☆
 ・松田龍平が不器用に誠実に生きる人間を静かに好演。共演者たちの分を心得た演技もよいアンサンブルを形成している。

中野翠 (コラムニスト) ☆☆☆☆
 ・辞書作りという地道な仕事の大変さと意外な妙味が過不足なく描かれていて興味深く見られた。松田龍平も静かな好演。

芝山幹郎 (翻訳家) ☆☆☆
 ・煮たり焼いたりを避け、あえて湯煎を選んだ石井裕也の料理術を買う。松田龍平のたたずまいも、その技と調和している。

斎藤綾子 (作家) ☆☆☆☆☆
 ・台詞の間合いの面白さを満喫。映画に入り込んで一緒に辞書をつくっている気分になった。世代に関係なく楽しめます。

おすぎ (映画評論家) ☆☆☆☆☆
 ・手堅い仕上がりになっている。特筆すべきは松田龍平である。私に初めて彼がいい俳優だと思わせてくれました。

☆☆☆☆☆… もう最高!ぜひ見て!!
☆☆☆☆…… 一食ぬいても、ぜひ!
☆☆☆……… 料金の価値は有り。
☆☆………… 暇だったら……。
☆…………… 損するゾ、きっと。
☒…………… 見てません。

                 
        

さきたま緑道 彫刻プロムナード10

2013/ 04/ 19
                 
球 又は 立方体 -39-

球と立方体はあらゆる形の中で最も単純、且つ根本的なものです。そして、両者は、同じものの時間による違った現われ方をしたものと考えます。両者を同時に象(かたち)にすることで、二つの間をゆききする時間を凍らせてみました。それぞれの立場で、ここから流れ出る時間を自由に楽しんでいただけたらと思います。
 水本 昭 (埼玉県)

球又は立方体⑦

球又は立方体④



海原 -38-
近藤哲夫 (愛媛県)
海原①
                 
        

2012年本屋大賞受賞「舟を編む」

2013/ 04/ 18
                 
舟を編む

 映画は1995年から始まります。
 原作者は、三浦しをんさん。
 ご本人の年代を主人公に重ねているようですから、平成の7年から画面が動き出しています。
 辞典の出来上がるまでの、2010年に出版記念パーティが開かれるまでを描いています。
 (辞典がgoのかかった年から数えるのでしょうね。〈1994年企画が通り〉 1995年、その翌年、そして12年間をいっぺんに飛ばしてからの1年間。その翌年、15年目にして完成・出版という経緯を辿っています。)
 主人公の馬締(まじめ)光也が松田龍平。恋人で後に光也と結ばれる林香具矢に宮崎あおい。
 異動時の上司に小林薫、身近な先輩にオダギリジョー。入れ替わり立ち代わる登場人物に、黒木華、渡辺美佐子、池脇千鶴、鶴見辰吾、伊佐山ひろ子、八千草薫、小林薫、加藤剛と、豪華キャストが続きます。
 
 全国書店員が選んだ
 いちばん!
 売りたい本
 2012年本屋大賞受賞作が原作ということもあり、今日見てきました。

 原作を読みたいなと思ったのが、映画を見終わったときの感想です。

 そんな言い方では、何を伝えたいのだか、これっぽっちも伝わってこないとお叱りを受けるでしょうね。


さきたま緑道20130409⑩



 



 
                 
        

写本

2013/ 04/ 17
                 
古事記、日本書紀、平家物語

 いにしえより伝わる「写本」の数々。
 当然といえば当然なのですが、「原本」という宝探しは、宝探しという名の通り、永劫に探していくものなのかもしれません。
 「古事記」、「日本書紀」そして「平家物語」。
 いつの時代につくられ、だれが作者なのかという根本的なことがらはさておきます。

古事記写本
 東福寺本系(国宝・愛知県室生院蔵)は、本居宣長の門人でもあった尾張藩士の稲葉道邦が発見、上巻、中巻を、1371年(応安4年)に、下巻を1372年(応安5年)に写し終えた三巻揃えた定本としては、現存する最古のものとしています。
 古事記全釋② 古事記全釋①

日本書紀写本
 神代から持統天皇の時代までの出来事を、漢字の編年体で記しています。
 写本は、卜部家に伝承した写本、およびその系統の諸本と、卜部家本の系統に属さない諸本に、流れは分かれます。
 卜部家本は、1286年(弘安9年)写本、1303年(乾1年)写本が残されており、卜部家本に属さない写本は、田中本の、9世紀書写、10から11世紀書写が残されています。
 日本書紀の現存する最古の写本として名高い、9世紀書写の田中本は、「巻・第十」は、国宝として奈良国立博物館所蔵本となっています。 
日本書紀①

平家物語写本
 平家物語の写本は、「語り本系」と「読み本系」とに分かれています。
 前者は、「覚一本」、「流布本」、「屋代本」、「百二十句本」とに分かれ、「屋代本」は、語り系最古級の写本ともいわれていますが、はっきりした年代があきらかにされていません。
 「覚一本」は、1371年(応安4年)に作った原本は現存しておらず、現在は類似物が伝わっています。
 後者の読み本系は、1309年から1310年(延慶2・3年)の書写したものが、最古のものとなっています。
 ❀平家物語は、1131年(元承1年)から1198年(建久9年)<あるいは1203年(建仁3年)ということもいわれています>の、 およそ170年にわたり、1,000人以上が登場していますが、そのほとんどは実在の人物です。
平家物語⑤ 平家物語絵巻③


アラビアンナイト
 幼いころ、少年の頃、アラビアンナイトの、「アラジンと魔法のランプ」、「アリババと40人の盗賊」、「船乗りシンドバッドの冒険」、そして「空飛ぶ絨毯」を読んで、胸を躍らせました。
 今でも、そのあらすじを覚えていますよね。
 これらは、そもそもの写本にはどれも載っていない、後世の作り話ということが、今では当たり前の常識になっているのだそうです。
 中世イスラム世界(サーサーン朝の226年―651年)で形成された、アラビア語の説話集が原本となっている、この本の題を訳すと、「千夜一夜」という言葉になるとのことです。「アラビアンナイト」というようなタイトルにしたのは、ヨーロッパに伝えられてからのことだそうです。
 「ガラン写本」、「チュービンゲン写本」、「トルコ写本」、「マンテェスター写本」、「マイエ写本」が有名ですが、だいたい、15世紀から17世紀にかけての写本が現存しています。
アラビヤンナイト① 千夜一夜⑤



洋酒マメ天国 全36巻

 まもなく「洋酒マメ天国シリーズ全36巻」幕引きとなります。
洋酒マメ天国全36巻 専用本棚付
                 
        

元荒川の遊歩道

2013/ 04/ 15
                 


 桜の名所で名高い、元荒川の桜並木。
 ソメイヨシノはすっかり葉桜になっていました。
 今日、初めて遊歩道を散策しました。
 来年こそは、お花見真っ盛りのときに訪れようと思います。
元荒川の白い花のサクラ 元荒川のサクラ八重と白


元荒川の水鳥たち

 桜並木の元荒川にかかる橋(数えてみると鉄道橋を含めて14ありました)を撮ろうとやってきたのですが、思いがけず水鳥たちと出会うことが出来ました。
 羽を休めたり、羽繕いをしたり、餌を啄ばんだりと、様々な姿を見せてくれました。
 ここでは、その一部をお披露目することにいたします。
元荒川の遊歩道 元荒川の菜の花

元荒川の水鳥⑥ 元荒川の水鳥⑦

元荒川の水鳥⑧ 元荒川の水鳥⑨

 元荒川の水鳥⑪ 元荒川の水鳥⑫ 

元荒川の水鳥⑬ 元荒川の水鳥⑭

元荒川の白鳥①

元荒川の新緑① 元荒川の橋 新佐賀橋①


                 
        

国宝

2013/ 04/ 14
                 
埼玉県の国宝

 埼玉県下に五つある国宝をご存知ですか。
 その国宝とご対面したことがありますか。
 

歓喜院(かんぎいん) 聖天堂(しょうでんどう)
 平成24年(2012年)7月9日、熊谷市妻沼にある聖天山(しょうでんざん)歓喜院の本堂が国宝に指定されました。
 「聖天さま」と親しまれる歓喜院は、治承3年(1179年)に斎藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり)公が社(やしろ)を建てたのが始まりです。その後焼失しましたが、地元の人々の尽力により起工から25年の歳月をかけて宝暦10年(1760年)に再建。それから現在まで長い年月風雨にさらされ、大半の彫刻や彩色に傷みが生じてきたため、平成15年(2003年)に保存修理工事が始まりました。8年間の工事の末、当時の姿を取り戻しました。
  建物全体を覆う精緻な彫刻、黒・朱・黄・緑・こげ茶と色鮮やかに施された貴重な漆(うるし)。当時の人々がこのお堂に込めた思いが伝わってきます。

国宝 聖天さま 境内

仁王様① 仁王様②

P1090130(1).jpg

仁王さま ③ 仁王さま ④
歓喜院聖天堂(かんぎいんしょうでんどう) 埼玉県熊谷市妻沼1627 ☎ 048-588-1644
❀関東八十八大師「第八十八番」
❀関東三十三観音「第十六番」

武蔵埼玉(さきたま)稲荷山古墳出土品 金錯銘(きんさくめい)鉄剣など
 昭和43年(1968年)、行田市埼玉(さきたま)にある稲荷山古墳から鉄剣や鏡、まが玉などたくさんの副葬品が発掘されました。10年後、鉄剣の保存作業中に計115字に及ぶ※金象眼(きんぞうがん)の銘文が鉄剣の表と裏から出現し、世紀の大発見と言われました。銘文は5世紀後半のヤマト王権を解明する重要な手掛かりとなり、昭和58年(1983年)、一連の出土品とともに一括して国宝の指定を受けました。現在これらは県立さきたま史跡の博物館(行田市)で常設展示されています。周囲には復元・整備された古墳群などがあり、古代の日本に思いをはせることができます。

稲荷山古墳全景 ① 

埴輪の数々 ⑪ 金錯銘鉄剣 ⑦

P1070820(2).jpg P1070775(2).jpg

P1070776(2).jpg P1070778(2).jpg
埼玉県立さきたま史跡の博物館 埼玉県行田市埼玉4834 ☎048-559-1111


太刀(銘 景光 景政) 短刀(銘 景光)
 県立歴史と民俗の博物館(さいたま市)にある国宝は、鎌倉時代に秩父出身の地頭が備前国(びぜんのくに)(今の岡山県など)の名工・長船景光(おさふねかげみつ)に作らせた太刀と短刀です。短刀は秩父神社に奉納された後、戦国武将上杉謙信公が愛用したため「謙信景光」とも呼ばれています。いずれも他県にありましたが、埼玉県に縁が深いことから県の所有となりました。
※大刀(銘 景光 景政)も、短刀(銘 景光)も、それそれが一振りずつ国宝に指定されています。
埼玉県立歴史と民俗の博物館 埼玉県さいたま市大宮区高畠町4-219 ☎ 048-641-0890


法華経 一品(いっぽん)経ほか 通称「慈光寺(じこうじ)経」
  ときがわ町にある慈光寺所有の法華経一品経・阿弥陀経・般若心経は、金銀箔などで豪華に装飾された鎌倉時代の経典です。一般には非公開ですが、複製は同寺で見ることができます。
慈光寺  埼玉県比企郡ときがわ町大字西平386 ☎ 0493-67-0040
❀坂東三十三観音霊場第九番札所
                 
        

八重桜

2013/ 04/ 13
                 
聖天さま

 歓喜院聖天堂は、埼玉県に五つある国宝のうちの一つです。「聖天さま」と親しく地元では呼ばれています。
 県内建造物初の国宝として、昨年(2012年)認定されました。
 そこの境内で写真を撮っていたところ、どこそこの八重桜が丁度見ごろという話を熟年夫婦らしい二人連れのうちの男性が言っているのが耳に入りました。
 今年は、八重の梅、八重の椿と撮っていますので、やはり、「八重桜」の写真は欠かせません。
 すぐその足で、田舎に行って、庭の一隅に今が盛りと咲いているであろう八重の桜を見に行くことにしました。


八重桜

 八重桜日輪すこしあつきかな 山口誓子
八重桜 20130413 田舎の庭②

八重桜 20130413田舎の庭③





                 
        

さきたま緑道の春

2013/ 04/ 12
                 
ツバメ

 数日前のことですが、ツバメが飛び交っていました。
 私にとっては初燕です。
 渡り鳥として、春になったから飛来して来たのか、それとも滞鳥となっていたのが春の陽気につれられて、大群舞となったのか判る術を持ち合わせていませんけれど。

 働くに余すいくとせ燕来る 鈴木真砂女


八重の椿

 NHKテレビの連ドラ「八重の桜」みてますか。
 「八重桜」はどこでも通る名ですけれど、「八重梅」、「八重椿」は、どうなんでしょう。
 あれ、まだ椿が綺麗に咲いているなと思いカメラのファインダーをのぞき、ズームにしたら、八重の椿でした。八重を見たのは初めてです。さきたま緑道での出会いです。

八重の椿 
八重の椿 さきたま緑道 20130409-2


八重の梅 は、先日も載せましたが、ご一緒させて頂きました。  この日(3/8)、さきたま古墳公園で、八重の梅の花を初めてみました。八重の梅 さきたま古墳公園 20130308


                 
        

さきたま緑道の野鳥たち

2013/ 04/ 10
                 
さきたま緑道の春 ①
 2013年4月9日、今日は、彫刻作品、花、そして、野鳥を撮るために、武蔵水路沿いを歩きました。
 「さきたま緑道の小鳥たち」というタイトルにしようと思ったのですが、元荒川で、水鳥を見つけましたので、「・・・野鳥たち」にしました。
 水鳥は、カモのようにオスとメスの色の個体差がないのや、オシドリのように随分と違いがあるのまで様々です。
 ここで撮ったのは、何という水鳥なのでしょうか。オスとメスなのでしょうか。それとも異種の組み合わせなのでしょうか。
 仲良く行動を共にしていました。
 (この2枚の写真では、2羽の羽の色、大きさの差がはっきりとしていませんが、ここに載せなかったちょっとぼやけた写真をみると、かなりの違いが見えましたので、ひょっとしたら異種ではないのかなと思ったしだいです。)

水鳥
水鳥20130409①

元荒川
元荒川 釣り人

水鳥
水鳥 ④

❀追補:ちょっとボケている写真を載せました。手前の個体の顔の大きさや羽毛の色が、もう一羽と比較するとかなり違います。この写真ではみてとれませんが、首のスタイル、クチバシも異なっています。
ミズドリ ⑤



さきたま緑道の小鳥たち
 ほとんどのサクラは散っていましたが、とある一角のプロムナードでは、お花見が出来ました。

プロムナード①
緑道景色 彫刻2体

ヒヨドリ
ヒヨドリ1羽 ②

ムクドリ
ムクドリ4羽 ②

カラス
カラス1羽 ②

ツグミ
 ツグミは渡り鳥です。間もなく大集団を作って北に飛び立っていくのでしょうか。それとも一部のツバメのように日本に留まって生活する個体も出てきているのでしょうか。
ツグミ ⑤

小鳥 その1.
 スズメは黒い斑点が頬にあるのですが、サクラの花の蜜を吸う、この小鳥には、それらしきものが見当たりませんでした。この野鳥の名前に心当たりがありません。
❀追補:「ニュウナイスズメ(入内雀)」は、スズメの頬にある黒い斑点がなく、花の蜜を吸うとのことです。
❀追補:「ツリスガラ」、「カヤクグリ」、そして、「ノビタキ」などのビタキの種類は、羽の色が似通っていて、サイズも似たり寄ったりですが、何れも花の蜜を吸うとは書かれていません。
野鳥 名前は・・・②

※わが家の庭で撮ったスズメです。
スズメ わが家の庭にて

小鳥 その2.
 スズメだとは思うのですが。
スズメ・・・⑤

キジバト
キジバト 横顔②

キジバト 後姿②

プロムナード②
もう新緑の季節に入っています。
プロムナード 新緑の季節 ②





                 
        

洋酒マメ天国 34

2013/ 04/ 09
                 
洋酒マメ天国 ケッ作美術館 34

 タテおよそ96㎜、ヨコおよそ69㎜のサントリーが発行した本。
 洋酒マメ天国シリーズ、この巻も含めて、いよいよあと3巻で幕を閉じます。

 第1章 GOKETSU室
 第2章 SHUNPU室
 第3章 近代HIPPU室
 第4章 現代SHIRI滅裂室
 第5章 彫刻DAIDENBU
 第6章 OSHIRIENTARU室
・・・・・・ イラスト=杉浦幸雄 ・・・・・・ 

洋酒マメ天国第34巻     昭和45年1月30日発行
著者 杉浦幸雄        発行所サントリー株式会社

洋酒マメ天国 34 ②


第5章 彫刻DAIDENBU より 
 くねくね論
 日本の春画と西洋の春画を比べると、日本春画の美人たちの方が、西洋美人たちより、なんとなく、より多くからだをくねらせているのに気がつく。
 西洋の春画の婦人たちは、堂堂と大手をふって性を楽しんでいる感じだが、日本の婦人はからだをくねらせながら、いかにも、他人に気がねし、気をつかっている感じである。
 そしてその方が、よけいに陰湿で淫靡なお色気が発散して、春画としては上等である。
 バレーなどの西洋の踊りが、手足をのばして、飛んだりはねたりするのと、日本の踊りが、くねくね、なよなよしているのとよく似ている。
 要するに国民性の相違だ、といってしまえばそれまでだが、ある建築の大家に聞いたのだが、それは建築のせいでもあるそうだ。
 あちらの寝室は、鍵をかければ厚い壁で外界と仕切られる。中で夫婦が、飛んだりはねたりバレーごっこしようが、くんずほぐれつプロレスごっこをしようが、なにをしてもO・Kよ。
 こちらはそうはいかない。一軒の家に親兄弟が同居して、夫婦の寝室というものがない。
 あっても寝室と外界を仕切るものは、障子と唐紙。
 障子、唐紙では、ヒソヒソ話もつつ抜けになる。障子なんてものは、指にツバをつけて穴を開ければすぐ窓になる。
 そして隣には鬼千匹の姑、小姑、ジャリどもがうようよして、聞き耳をたてている。かくて昔の日本の可憐な妻は、くねくねせざるを得なくなる。
 われらの先輩浮世絵師たちがそこをなんで見逃そうぞ。
 チャチな日本の建築が、万邦無比、世界に冠たる日本の春画を生んだというお話。

第6章 OSHIRIENTARU室 より
 「朝粧」騒ぎ
 この本は一切解説抜きの方針だが、一つだけオマケ。
 本の一番終りの黒田清輝氏の裸婦像について。
 この絵は明治二十八年(一八九五年)に、第四回内国勧業博覧会に発表され、題は「朝粧」という。
 日本で最初に公開された、本格的裸体画である。
 ところが、封建色いまだ濃厚な当時としてはこれが大問題となった。
 世論は沸騰し、非難ごうごう。はては警官まで出動して、ついに絵の一部に布をかけるという騒ぎになった。
 そのころ日本に滞在していて、日本のあらゆる風俗をかきまくったジョルジュ・ビゴーというフランス人漫画家がいた。
 近代日本の漫画の父のような人である。
 ビゴー氏は「朝粧」ぐらいの裸体画で、警官出動までして騒ぐのはおかしいじゃないか。
 お尻の絵を見て、アッと驚いている婦人だって、尻はしょりをしているじゃないか。
 風呂屋にいけば、男の三助が平気で女湯にはいって、女の背中を流しているではないか。
 雨が降ると、婦人は裾をまくって足をニョキッと出して歩くではないか。
 といったような漫画を沢山えがいて冷やかした。
 この「朝粧」がキッカケとなって、ドッとばかりに裸体画が流行して、わずか七十余年にして、どんなにハンランしたかは、皆さんもご存知のこと。
 現代日本の画家によるケッ作も載せたいのは山々だが、いろいろおさしさわりもあろうかと、ケツ愛じゃない、割愛させてもらった。
 尻切れトンボでほんとにすみません。








 
                 
        

遠藤周作

2013/ 04/ 07
                 
深い河

 インドを舞台にしている「深い河」。
 そのインドに4月1日付で赴任したSさんから、私のface book にメッセージが入りました。
 彼から、上尾友の会の忘年会に声をかけてもらったおかげで、その延長線上で上尾友の会のGC幹事よりお誘いを頂きました。
 現役の皆さんと久しぶりにグリーンミーティングが楽しめることを思うと、今からムネワクワクです。
 参加することに意義・意味がありです。スコアは、二の次、三の次!

 「私のインド」という本を、はるか以前読みました。
 作者の彼女をして、インドを好きになる人は、とことんインドを好きになる。と、その本で述べています。
 「深い河」の主人公は、インドに身を置くことによって、自分の求めている何かを探そうとします。
 インドに自分が今あるからこそという命題がそこに歴然と横たわっています。
 日本や、他の国においては、それは感得しえないということにおいては、「私のインド」の作者と同じです。
 が、遠藤周作は宗教という立ち位置において、永遠性を希求するということにおいて、その見出そうとする本質は異質なものです。

遠藤龍之介
 周作の長男、遠藤龍之介氏は、次のように述べています。
 ・・・結果的に父の最後の作品となった『深い河』については忘れられないエピソードがあります。普段の父は家族が自分の作品を読むことをすごく嫌がったので、本当は読んでいても、口に出さないのが、遠藤家では暗黙の了解でした。ところが、『深い河』はいつもと違った。当時、私は結婚をして別所帯を持っていたのですが、父から献本がありました。例のないことです。
 何故だろうと、『深い河』を読み始めた時、"これは父の最後の作品になるのではないか"という予感を抱きました。『深い河』は大河的小説で、彼の今までの作品の主人公たちが名前や性別を替えて登場しています。例えば、『わたしが・棄てた・女』の森田ミツ、『おバカさん』のガストン、『沈黙』のキチジローのようなキャラクターが集大成のように入ってきている。"これを書いてしまったら、この人は他に書くものがあるのだろうか?”という思いがしました。その予感は的中し、数年後に亡くなってしまいます。・・・

 狐狸庵(こりあん)先生、3月27日に、生誕90周年を迎えています。
 早いもので、没後17年。
 軽井沢高原文庫を訪ねた時から、もうどれだけ経ったことになるのでしょうか。


『遠藤周作 文学館』 
 長崎市外海地区に行った時、水平線の彼方から宣教師を乗せた船が来るイメージが見え、『沈黙』の構想が固まったと、遠藤周作は、後に述べていたようです。
 『遠藤周作 文学館』が、今、そこに建っています。

☆遠藤周作:1913(大正12)年3月27日生れ。1996(平成8)年9月29日没。
                 
        

さきたま緑道 彫刻プロムナード 9

2013/ 04/ 05
                 
史跡埼玉古墳群

 「しせきさきたまこふんぐん」。
 稲荷山古墳から出土された「金錯銘鉄剣」が、国宝に指定されたと人づてに聞いていたのですが、十数年前、自治会の副会長をしていたときに、会計担当の役員の方から、「武蔵埼玉稲荷山古墳出土品」が正式の呼び方ということで、出土品が一括して国宝に指定されたと教えて頂きました。

❀2013年4月1日現在の国宝は、全国で、1,085件、埼玉県で5件指定されています。(ちなみに国の重要文化財は、全国で12,874件が指定を受けています)


さきたま風土記の丘 ② 史跡さきたま古墳群 ①

獲加多支歯大王
 金錯銘鉄剣に書かれている「わかたけるおおきみ」は、雄略天皇を指します。雄略天皇は実在の人物かなど、一頃は歴史学者の論議の的の一つになっていたようですが、同じ名が熊本県の江田船山古墳から出土された鉄刀から見つかっていることもあり、疑問符はなくなりました。
 当然、古事記、日本書紀に雄略天皇の名が載っています。
 「マンガ古典文学」シリーズ全10巻のトップバッター「古事記〈壱〉」。里中満知子著が、3月2日に初版第1刷が、小学館より発行されています。里中さんの「古事記〈弐〉」は、今のところ5月28日発行の予定となっています。
 「記紀」言葉の響きが何とも言えません。
 項をあらためて、古事記を紐解きたいと思っています。
古事記〈壱〉 里中満知子著  古事記神話の謎を解く 西條勉著

古事記誕生 工藤隆著  古事記の起源 工藤隆著


4月1日の彫刻プロムナード  ④

さきたま古墳公園西口に、「史跡埼玉古墳群」の碑が建っています。
そこの並木道に三つあるうちの二つの彫刻作品です。作者の説明書きは添えられていませんが、このうちの一つは「埼玉県美術家協会賞」を受賞しています。

LOVE DANCE  -41-
love dance 42- 2

love dance 42- 1

love dance 42-3
 高橋克明 (京都府)

タンポポ  ③ タンポポ  ④
❀武蔵水路沿いに咲いていた、白いタンポポのオモテとウラです。種の交わりというのも出てきているのでしょうか。


-40-
連 41-1

連 41-2
田代 収 (埼玉県)




                 
        

さきたま緑道彫刻プロムナード8

2013/ 04/ 04
                 
恋の季節

 昨日の夕方、外出先でスズメが三羽戯れているのを偶々目にしました。
 よく見ると戯れていたと思ったのは間違いで、オスの二羽がメスの争奪戦をしているようです。
 メスらしき一羽が、二羽の近くでチョンチョンと軽く跳びはねてます。
 二羽は上になったり下になったり取っ組み合いをしています。
 片方がクチバシで相手の喉を咥えたまま離しません。
 一方は固まったように動かない状態が続きます。
 すると、今度は防御していた方が、突然逆襲に応じて、相手の喉を咥えます。
 しっかりと咥えてまるで息の根を止めるかのように攻撃を続けます。

 今度は、空中戦です。
 空中で、上に行ったり下に行ったり、二羽は突っつきあいます。
 一羽も、その二羽に合わせ、空中を一緒に飛び交います。

 メスと思われる一羽は、相変わらず、取っ組み合いしている二羽の間をいったりきたりしています。
 片方のオスに恋心を抱いているので、心配で様子をみているのでしょうか。
 それとも、勝者がどちらになるのかを見極めているのでしょうか。
 どうなんでしょう。

 同じことを二羽と、一羽は、何度も何度も繰り返しています。

 そして、三羽はパッと離れて視界から消えていきました。


4月1日の彫刻プロムナード 

 カモのつがい 
 こちらは二羽が仲良く、それぞれ一緒になっています。
 カモの夫婦①


 -43-
牛 43 1

牛 43 2
 さきたま緑道には、毎年遠足の子供たちがたくさん訪れると聞きました。
 作品に直接触れ、愛されるものとしたため、台座をなくし、低い位置に設置しました。彫刻との触れ合いを通じ、未来を担う子供たちが、牛の瞳のような優しい心を持ち、想像力豊かに育ってほしいと願っています。
 増田幸雄 (静岡県)


Silent Language  -42-
silent language -42- 2

silent language -42- 1
 円と三角形によって立体を構成することを意図した作品で、四つの円と三角形の割合の変化の中で模索した組み合わせの一つです。
 しかしながら、そんな作者の意図にとらわれず、広い空間の中での作品の自由な印象を優先し、大切にしてほしいと思います。
 安田明長 (東京都)


カモの夫婦②









                 
        

さきたま緑道 彫刻プロムナード 7

2013/ 04/ 03
                 
花冷え

 桜の咲くこの頃の季感をいう「花冷え」。
 急に冷え込むことがあります。 
 昨日から雨が降り続いています。
 時折強い風も吹き抜けます。

4月1日の彫刻プロムナード ②
この日は、おだやかな春の一日でした。ナノハナ、タンポポがさりげなく咲いていました。
P1080534.jpg

occurronce -46-
occurronce 46 -1-

occurronce 46 -2-
原田砂織 (石川県)

タンポポ

住処 -45-
住処 45 -1-

住処 45 -2-
   三本の柱にささえられて有機的な塊があり、さらに内包された虚の空間があります。人が手を上げて立っている姿から変質させたぬくもりの或構造をめざしました。
 岩間弘 (埼玉県)

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雲の夢 -44-
 雲の夢 44 -1-

雲の夢 44 -2-
高橋 勝 (埼玉県)

 桜が咲きはじめたら、椿の花の蜜を吸いに来なくなったメジロ、そしてヒヨドリ。
 桜に比べて椿は、花の命が長いです。
 そうはいっても、桜の花びらが舞うときに、椿の花も見ごろを過ぎるようです。
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さきたま緑道 彫刻プロムナード 6

2013/ 04/ 02
                 
平成25年4月1日

 平成の世になって四半世紀。
 ここ、さきたま古墳公園の桜が満開です。

さくらのトンネル

さきたま風土記の丘碑

今日は、行田市にある、さきたま古墳公園から、むさしの緑道彫刻プロムナードを辿りました。

風のメッセージ -49-
風のメッセージ 49-1

風のメッセージ 49-2
 広がる田園風景を眺めながら、厳しくもおおらかであったであろう古代の人々の生活を想像し、また我々が今後体験していくであろう高度な文明社会を考え、次第に失われていくのどかさ、おおらかさを表現したいと思いました。又、人々に親しみやすく、古代へのつながりを感じ取れる様にと心掛けました。古から未来に継がれてゆく大切なものは何か、考えるきっかけになれば幸いです。
 岡本参千峯 (埼玉県)

さきたま公園さくら 2

集積 -48-
 集積 48-1

集積 48-2
なにしろ石という素材が好きです。
 想像できない時間をかけて出てきた結晶、割れてたら、もとには戻りません。
 割れた石がピッタリ合うのは気持ちが一つにつながるからです。
 離せばそれぞれの形で自己主張します。
 石のブロックにいくつもの精神を溶かし込んで象徴とすることをテーマとしました。
 高岡 典男 (埼玉県)

さきたま公園さくら ⑧

時の流れに -47-
時の流れに 47-1

時の流れに 47-2
人間の存在とは何か? そして
自分とは・・・?

人間の歴史が
永久に続くことを願って・・・。
絶え間ない時の流れの中で、
繰り返される人間のドラマを
男と女の姿を借りて
表現しました。
 南部 治夫 (埼玉県)




さきたま緑道のサクラ並木
さきたま緑道 さくら⑨

サクラのトンネル
サクラのトンネル ②

さきたま古墳公園のサクラ
さきたま緑道 さくら⑩



 
                 
        

第137回甲斐犬愛護会展覧会

2013/ 04/ 01
                 
パンジー①

山高神代桜

パンジー②

  日本三大桜として有名な、「やまたかじんだいざくら」。「国指定天然記念物」となったのが、大正11年10月12日。平成2年6月に、「新日本名木百選」に指定されています。
 根回り13.5m。樹齢2,000年といわれています。
 そういえば、昨日でしたっけ。NHKテレビに出ていました。
 今、満開。
 場所は、山梨県北杜市武川町山高2763のお寺の境内です。神代桜の種類はエドヒガンザクラですが、ソメイヨシノも見ごろです。
 この季節にだけ、お寺の近くで手打ちそばを出すお店があります。以前はお店を別のところで構えていたのですが、季節の良い時期だけオープンすることにいつのまにかなっていました。

パンジー③

陶房 窯八

パンジー④

 この近くに、陶房 窯八 の、窯があります。
 今、住居用の家を家族総出で建てている真っ最中です。
 場所は、山梨県北杜市武川町柳澤3263-1

パンジー⑤
 
甲斐犬愛護会展覧会

パンジー 6

 東京方面から向かって北杜市に行く途中の、韮崎市釜無川(旧富士川)の河川公園(韮崎市役所の近く)で、4月の第1日曜と、10月の最終日曜に、天然記念物指定甲斐犬愛護会展覧会 が、毎年開催されています。
 第90回大会が甲府市内の小学校跡地で、1989年(昭和64)の10月に開催され、二人で見に行ったのが最初でした。
 春に行ったときは、サクラが散っているところでした。
 毎年百頭以上の甲斐犬が出展されるこの展覧会の壮観さは、見事です。

パンジー 8

OB会総会

パンジー 7

 今年の甲斐犬愛護会展は、4月7日の日曜日。
 勤めていた会社のOB会総会の日でもありました。
 OB会の役員でなければ、きっと、春の野に出でて・・・と、甲州の旅へのいざないに身を任せたことでしょう。

パンジー ⑩

 (2013年4月1日撮影)
 さきたま古墳公園の西口、さきたま緑道沿いに、花壇の菫が咲き競っていました。
 菫は種類が頗る多いですね。可憐な花なので、万人に愛されます。
 花の色は、濃い紫色が多いようですが、においたちつぼすみれ・紫背菫(しはいすみれ)のように淡紅紫色のもの、高嶺菫(たかねすみれ)は鮮黄色、また麓菫・日陰菫・姫深山菫(ひめみやますみれ)・小深山菫・円葉菫・白花菫は白色といったように、花の色は多種に及びます。
 以前、パンジーは三色菫といっていましたが、今でも一般的な呼び方なのでしょうか。

パンジー ⑪

 弱きとき最も強し菫買う 田川飛旅子

パンジー ⑫

 わが影のさして色濃き花菫 右城暮石