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最期の連載小説『約束の海』

2013/ 09/ 30
                 
 週刊新潮で、2013年8月29日号(「32」)から始った、山崎豊子の連載小説『約束の海』。
 10月3日号(「37」)掲載後、どうなるのでしょうか。

  ☛ 新潮社によると、既に第1部全20回分の原稿を書き終えているとのことです。


作家・山崎豊子さん死去  …権力の矛盾切り込む

読売新聞 9月30日(月)13時26分配信



 「白い巨塔」や「沈まぬ太陽」など、巨大組織の暗部や戦争のむごさを浮き彫りにする長編小説を書き続けた直木賞作家の山崎(やまさき)豊子(とよこ)さんが29日未明、死去した。

 88歳。告別式は親族のみで行う。

 大阪・船場の老舗の昆布商で生まれ、1944年、毎日新聞大阪本社に入社。学芸部記者として在籍中の57年、生家をモデルにした「暖簾(のれん)」でデビュー。58年、2作目の「花のれん」で直木賞を受賞し、退社して作家活動に入った。

 国立大医学部の教授ポストをめぐる権力闘争を告発した「白い巨塔」(65~69年)以来、「華麗なる一族」(73年)、「不毛地帯」(76~78年)、ジャンボ機墜落事故を招いた航空会社の腐敗体質をえぐった「沈まぬ太陽」(99年)など、綿密な取材に基づく社会派の視点で、不条理な組織体質や権力の矛盾に切り込んだ。作品は相次いでテレビドラマ化されて高視聴率を上げ、映画でも話題を呼んだ。
                 
        

百田尚樹

2013/ 09/ 29
                 
「錨を上げよ 上」「錨を上げよ 下」合わせて1207ページ。

 読み終わって感じたことは、百田尚樹の自分史を脚色したものだな。でした。
 そういえば、以前、週刊文春の阿川佐和子の「この人にあいたい」の対談で、阿川佐和子が「錨を上げよ」のことをそれとなく百田直樹に問うていたように思いました。
 400字詰め原稿用紙で2,400枚。まさに疾風怒濤の青春小説でしたね。
 男はそう(シュトルム ウント ドランク)感じる人は多いと思いましたが、女性が、この小説を最後まで読み終わったら、どのような読後感想になるのかしらん・・・とも思いました。
 


モンスター

 ひとことでいうと、もの心ついたころからの、(整形手術した)女性の物語です。
 「錨を上げよ」では、頻繁に女性が出てくるように、「モンスター」では、頻繁に男が登場します。



輝く夜 講談社文庫版による。 〈原題:『聖夜の贈り物』。2007年11月、太田出版より刊行されたものを改題、文庫化。)

 幾つかの短編で構成されてます。
 女性のしあわせの物語です。
 それぞれが読みやすいので、あっというまに一冊読了となりました。

 第一話 魔法の万年筆

 第二話 猫

 第三話 タクシー

 第四話 サンタクロース



プリズム

 「性同一性障害」は、いまや日本においても認知される時代となっていますが、この小説「プリズム」は、「解離性障害」が小説(フィクション)の眼前においてあります。
 物語を導く役割をしているのは、私である「梅田聡子(うめださとこ)」。
 同じ人物であるのに、同一人物ではない。人の妻でもあった彼女は、誰に恋したというのでしょうか。



風の中のマリア

 日テレ系『世界一受けたい授業』で取り合げられた本。
 解説は 東京大学名誉教授 養老孟司。
 その冒頭に、「実に稀有(けう)な面白さを持った不思議な小説である。極めて学術的に描かれていながら、同時に冒険小説のように力強く感動的なドラマがある。ハチの本なんか読んだってしょうがないよ。そう言わずに、小説として面白いから、読んでみたらいかが。ひとりでにハチが代表している社会性昆虫の生活ができてくるはずである。・・・と書いています。
 そうなんです。この「風の中のマリア」は、オオスズメバチの働きバチ、「マリア」が主人公の物語です。
 

 
                 
        

秋の詩 白秋

2013/ 09/ 28
                 
 
 歌にもなっているからでしょか。島崎藤村の詩「初恋」の一節をそらんじている方もいらっしゃると思います。
 北原白秋の詩「初恋」は、詩集「想ひ出」の中に6行さりげなく入っています。

薄らあかりにあかあかと踊るその子はただひとり。
薄らあかりに涙して
消ゆるその子もただひとり。
薄らあかりに、おもひでに、
踊るそのひと、そのひとり。



 「水墨集」の中から秋を拾ってみました。

北原白秋 初秋の空 二階の書斎より

ああ、あの瑠璃(るり)の満ち満つ
空の深さ。
ああ、この緑と薄黄(うすぎ)との
輝く孟宗(まうそう)を透(す)かして。

未(いま)だに激しい残暑(ざんしょ)の陽射(ひざし)、
つくつくほうし、
しかもいち早い秋の微風(びふう)は
揺(ゆ)れうごく笹(ささ)のしだれを超(こ)す。

あ、揚羽(あげは)が来た、黒い翅(つばさ)を張って、
ひらきらと潜(くぐ)り抜ける。
親しい、それも厳(おごそ)かな
吹かるる、おのづからの姿。

季節は風と光に乗る、
凡(すべ)ては流るる、有(あ)りの儘(まま)に。
まかせよ、さながらの薫(かを)りを、
まかせよ、寂(さ)びと獟(しを)りと。

ああ、あの瑠璃(るり)の満ち満つ
空の深さ。
ああ、この緑と薄黄との
輝く孟宗(まうそう)を透(す)かして。




「落葉松」と書いて「からまつ」と読む、白秋の詩。
 歌になっているということもあるのでしょう、世代を超えて親しまれている詩の一つです。
 「一」から「八」まであります。

北原白秋 落葉松

 一

からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり。

 二

からまつの林を出(い)でて、
からまつの林に入りぬ。
からまつの林に入りて、
また細く道はつづけり。

 三

からまつの林の奥も
わが通る道はありけり。
霧雨(きりさめ)のかかる道なり。
山風(やまかぜ)のかよふ道なり。

 四

からまつの林の道は
われのみか、ひともかよひぬ。
ほそぼそと通(かよ)ふ道なり。
さびさびといそぐ道なり。

 五

からまつの林を過ぎて、
ゆゑしらず歩みひそめつ。
からまつはさびしかりけり。
からまつとささやきにけり。

 六

からまつの林を出(い)でて、
浅間嶺(あさまね)にけぶり立つ見つ。
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
からまつのまたそのうへに。

 七

からまつの林の雨は
さびしけどいよよしづけし。
かんこ鳥鳴けるのみなる。
からまつの濡(ぬ)るるのみなる。

 八

世の中よ、あはれなりけり。
常(つね)なけどうれしかりけり。
山川(やまがは)に山がはの音、
からまつにからまつのかぜ。



日本詩人全集 7 北原白秋 新潮社刊・所収




                 
        

会津八一  しらぎくはかにこそにほへひのもとの

2013/ 09/ 27
                 
菊久栄

 昭和27年11月1日皇太子が立太子の礼を行
 はせらるるを祝ひての献歌

しらぎくはかにこそにほへひのもとのひつぎのみ
こはいやさかえませ



新年同詠船出応制歌

 昭和28年2月5日宮中歌会始の儀に際しての
 召歌

ふなびとははやこぎいでよふきあれしよひのなご
りのなほたかくとも






                 
        

彫刻プロムナード 20

2013/ 09/ 27
                 
Metamorphosis XV-閡 -22-

閡 作品①

閡 作品②

閡 題
 戸田裕介 埼玉県



さきたま緑道 彫刻プロムナード 

 全国から公募した入選作品を第4回国民文化祭さいたま89のモニュメントとして残しました。
 設置作品制作者(50名) (平成元年11月2日~11月12日)
  主催
  文化庁 埼玉県 埼玉県教育委員会 鴻巣市 鴻巣市教育委員会 吹上町 吹上町教育委員会 行田市 行田市教育委員会 埼玉県美術家協会 第4回国民文化祭埼玉県実行委員会
  この彫刻プロムナードは宝くじの普及宣伝事業として整備されたものです。
 平成元年10月 寄贈 財団法人 日本宝くじ協会



平成の大合併

鴻巣市と行田市にまたがるさきたま緑道。
 平成17年(2005年)10月1日、川里町、吹上町、そして鴻巣市の1市2町が合併。新生鴻巣となり、人口20万人の都市となりました。
 「Metamorphosis XV-閡」の作品は、「吹上町長賞」となっています。彫刻プロムナードは平成元年に設置されていますので、時代を遺すモニュメントにもなっています。




鴻巣市の市民の日 平成24年7月1日 告示第193号

鴻巣市「市民の日」記念、「弦楽合奏団アンサンブル鴻巣ヴィルトゥオーゾ」第17回定期演奏会が、10月5日(土)、鴻巣市文化センター(クレアこうのす)で開かれます。
 「市民の日」記念ということで、全席指定で入場無料です。遅ればせながら一昨日、2枚チケットを入手しました。



❀ 「鴻巣市自治基本条例」の制定を契機として、市の歴史を振り返り、愛着と誇りをもち、さらには将来を思い描く日として、鴻巣市・吹上町・川里町の1市2町が合併した日を「市民の日」とする。
市民の日 毎年10月1日

 ❀ 鴻巣市文化センター(クレアこうのす) メールマガジン
No.1平成25年9月21日
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文化センターを運営している公益財団法人鴻巣市施設管理公社が
お届けするメールマガジンです。
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もうすぐ公演日!

鴻巣市が設立した弦楽合奏団、
アンサンブル鴻巣ヴィルトゥオーゾの定期公演が、2週間後に迫りました。
2大弦楽合奏曲、モーツァルトの「アイネクライネ~」とチャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」の
プログラムと、N響首席トランペット奏者、菊本和昭氏をゲストに迎えての、
華麗な協奏曲2作品もお楽しみいただけます。

今年は「市民の日」記念のため、入場無料です!(入場チケットは必要です)
この機会ぜひお聴き逃しないよう!

※公演日は混雑が予想されるため、予め入場チケットをお求めいただくことをお勧めいたします。

≪アンサンブル鴻巣ヴィルトゥオーゾ公演の情報≫

 【アンサンブル鴻巣ヴィルトゥオーゾ第17回定期演奏会】
 2013年10月5日(土) 14:00開演(13:30開場)
 鴻巣市文化センター(クレアこうのす) 大ホール
 全席指定:入場無料
 ※未就学児入場不可
 http://clea-konosu.com/business/20131005.html

 ※クレアこうのすホームページ、クレアこうのすチケットセンター窓口もしくはお電話
 にてお求めください。

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 ※変更後、確認のメールが届きます。

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鴻巣市文化センター【クレアこうのす】
365-0032
埼玉県鴻巣市中央29番1号
048-540-0540
http://clea-konosu.com
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秋の詩 心平

2013/ 09/ 26
                 
 「宮沢賢治」を世に出したのが草野心平です。
 賢治を世に知らしめるための心平の心血を注いだ努力の積み重ねにより、こんにちの「宮沢賢治」が誰からも愛されるひととなっています。
 心平は「中原中也」とともに「歴程」を発刊。詩壇に大きな足跡をしるしています。
 わが母校の校歌は、草野心平の作詞です。
 群馬県立中央中等教育学校の校歌として、今も受け継がれています。



草野心平 秋の夜の会話

さむいね。
ああさむいね。
虫がないてるね。
ああ虫がないてるね。
もうすぐ土の中だね。
土の中はいやだね。
痩(や)せたね。
どこがこんなに切ないんだろうね。
腹だろうかね。
腹とったら死ぬだろうね。
死にたかあないね。
さむいね。
ああ虫がないてるね。



草野心平 秋

左右満潮の川にはさまれ。
突堤のはては鉛の海。
枯れ葦(あし)にとまって百舌鳥(もず)。
ハガネの声は空気をつんざき。
その亀裂(きれつ)にそそぎこむ秋。

秋のはるか。

白い永遠。




日本詩人全集 24 金子光晴・草野心平 新潮社刊・所収




                 
        

秋の詩 犀星

2013/ 09/ 26
                 
 室生犀星、草野心平など詩人たちが前橋の萩原朔太郎を訪れています。
 滞在日数も、月、年とまちまちです。
 犀星は長逗留ほどの在で、二度目の上州行では赤城山の麓の温泉で養生をしていました。
 生活の糧を得て生活もしたのが心平でしたが、その後、郷里の福島に戻り、そして再び上京します。



室生犀星 月草

秋はしづかに手をあげ
秋はしづかに歩みくる
かれんなる月草の藍(あい)をうち分け
つめたきものをふりそそぐ
われは青草に座(すわ)りて
かなたに白き君を見る



室生犀星 暮日

夕となれば悲しといへる人に
いくたり今日あひけむ。



日本詩人全集 15 室生犀星 新潮社刊:所収




                 
        

秋の詩 元吉

2013/ 09/ 26
                 
 高橋元吉は、兄の死により家業を継ぎました。前橋の煥乎堂です。
 郷里では、萩原朔太郎、吉野秀雄、萩原恭次郎等と交遊を深めています。



高橋元吉 秋

秋が来た
空を研(と)ぎ雲を光らせて
侵み入るやうにながれてきた
すべてのものゝ外皮が
冴えわたって透(す)きとほる
魂と魂とがぢかにふれあふ
みな一様に地平の涯に瞳(ひとみ)をこらす
きみはきかないか
万物が声をひそめて祈ってゐるのを

 どこかに非常にいゝ国があるのを感じてゐるのだ!



日本詩人全集 明治・大正詩集 新潮社刊・所収






                 
        

秋の詩 暮鳥

2013/ 09/ 26
                 
 榛名山麓の水沢観音の境内に、暮鳥の蜩の詩碑がたっています。
 榛名湖、伊香保温泉にお越しの際に、水沢観音に立ち寄ってください。そして「水沢うどん」食べてみてください。
 どこのお店がお奨めですかって・・・ ・・・ ・・・



山村暮鳥 ふるさと

淙々(そうそう)として
天(あま)の川がながれてゐる
すっかり秋だ
とほく
とほく
豆粒のやうなふるさとだのう




山村暮鳥 ある時

また蜩(ひぐらし)のなく頃となった
かな かな
かな かな
どこかに
いい国があるんだ


日本詩人全集 13 木下杢太郎・山村暮鳥・日夏耿之介 新潮社刊・所収



                 
        

秋の詩 朔太郎

2013/ 09/ 26
                 
 萩原朔太郎、山村暮鳥、高橋元吉など、群馬生まれの詩人は数多いです。
 ここで詩風の違いを論ずるつもりは毛頭ありませんが、三者三様の「秋」を拾い上げてみました。



萩原朔太郎 利根の松原

日曜日の昼
わが愉快なる諧謔(かいぎゃく)は草にあふれたり。
芽はまだ萌(も)えざれども
少年の情緒は赤く木の間を焚(や)き
友等みな異性のあたたかき腕をおもへるなり。
ああこの追憶の古きにきて
ひとり蒼天の高きに眺め入らんとす
いづこぞ憂愁ににたるものきて
ひそかにわれの背中を触れゆく日かな。
いま風景は秋晩(おそ)くすでに枯れたり
われは焼石を口にあてて
しきりにこの熱する 唾(つばき)のごときものをのまんとす。



日本詩人全集 14 萩原朔太郎 新潮社刊・所収



                 
        

彫刻プロムナード 19

2013/ 09/ 26
                 
地平 -25-

地平 作品①

地平 作品②

地平 説明

地平 題
 佐治正大 茨城県




森 -24-

森 作品①

森 題
 内田みどり 東京都





風景 -23-

風景 作品①

風景 作品②

風景 説明

風景 題
 寺田栄 千葉県




                 
        

彫刻プロムナード 18

2013/ 09/ 25
                 
swing 「オバケ」 -28-  

swing 「オバケ」作品

swing「オバケ」題

swing「オバケ」説明
 岡村義弘 東京都




WIND -27- 

WIND 作品①

WIND 作品②

WIND 題

WIND 説明
 谷川浩 埼玉県




大寒小寒 -26-

大寒小寒 作品①

大寒小寒 作品②

大寒小寒 作品③

大寒小寒 題
三木勝 神奈川県




                 
        

2013/ 09/ 23
                 
 気に入った写真が撮れていません。
 かなり以前、三重の虹をみました。
 それよりももっともっと以前、私の背丈よりちょっと低い位置で、前、後、左右にたくさんの小綿の雲が泳いでいました。
 歩く速さを緩めると、彼らや彼女らは、私たちを追いこし、わたしがちょっと早く歩くと、お父さん雲やお母さん雲、そして子供たちの雲が、私を包みながら後方に下がっていきます。
 雲たちの間を遊泳している私たちです。
 また、その時が来るだろうと思います。
 


2013年9月18日


雲① 20130918


雲② 20130918



                 
        

秋の詩 達治

2013/ 09/ 22
                 
「朝菜集」冒頭に、「師よ 萩原朔太郎」とその詩に謳っています。

 幽愁(いうしう)の鬱塊(うつくわい)
 懐疑と厭世(えんせい)との 思索と彷徨(はうくわう)との
 あなたのあの懐(なつ)かしい人格は
 なま温かい溶岩(ラヴア)のやうな
 不思議な音楽そのままの不朽の凝晶体――
・・・
・・・
 あなたはまた時として孤独者の突拍子もない思ひつきと諧謔(かいぎゃく)にみち溢(あふ)れて
 ――酔っ払って
・・・
・・・
 黒いリボンに飾られた 先夜はあなたの写真の前で
 しばらく涙が流れたが
 思ふにあなたの人生は 夜天をつたふ星のやうに
 単純に 率直に
 高く 遥かに
 燦爛(さんらん)として
 われらの頭上を飛び過ぎた
 師よ
 誰があなたの孤独を嘆くか


 三好達治が、朔太郎を終生師と仰いだことは、この詩によってもうかがい知ることが出来ます。
 
 朔太郎、朔太郎に近しい室生犀星、そして達治をして、ときに「漂白の詩人」という人もあるようですが、漂う先の見つめるものは三者三様であり、時代の後を追うものとしての三好達治の漂白性は、何分かのアイロニーが込められているにせよ、その先に何かを見出しているところにその違いがあるように思えます。



三好達治 秋風に

われはうたふ
越路(こしぢ)のはての艸(くさ)の戸に
またこの秋の虫のこゑ
波の音
落日
かくてわれ
秋風に
ただ一つ
わが身の影を
うながすよ



 三好達治 雪

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。



日本詩人全集 21 三好達治 新潮社刊・所収







                 
        

秋の詩 のり子

2013/ 09/ 22
                 
 今更申すまでもない、茨木のり子。
 いつの間にか鬼門に入ってそこそこの年月が経っているのですね。
 彼女の詩風にして、「秋」はみつかるのかなとも思いましたが、ありました。
 「もっと強く」の詩の中に「秋」があることを今まで見過ごしていました。


茨木のりこ もっと強く

もっと強く願っていいのだ
わたしたちは明石の鯛がたべたいと

もっと強く願っていいのだ
わたしたちは幾種類ものジャムが
いつも食卓にあるようにと

もっと強く願っていいのだ
わたしたちは朝日の射すあかるい台所が
ほしいと

すりきれた靴はあっさりとすて
キュッと鳴る新しい靴の感触を
もっとしばしば味いたいと

秋 旅に出たひとがあれば
ウインクで送ってやればいいのだ

なぜだろう
萎縮することが生活なのだと
おもいこんでしまった村と町
家々のひさしは上目づかいのまぶた

おーい 小さな時計屋さん
猫背をのばし あなたは叫んでいいのだ
今年もついに土用の鰻に会わなかったと

おーい 小さな釣り道具屋さん
あなたは叫んでいいのだ
俺はまだ伊勢の海もみていないと

女がほしければ奪うのもいいのだ
男がほしければ奪うのもいいのだ

ああ わたしたちが
もっともっと貪婪(どんらん)にならないかぎり
なにごとも始りはしないのだ

日本詩人全集 34 昭和詩集(二) 新潮社刊・所収




茨木のり子 急がなくては

急がなくてはなりません
静かに
急がなくてはなりません
感情を整えて
あなたのもとへ
急がなくてはなりません
あなたのかたわらで眠ること
ふたたび目覚めない眠りを眠ること
それがわたしたちの成就です
辿る目的地のある ありがたさ
ゆっくりと
急いでいます

「わたくしたちの成就」 茨木のりこ著 童話屋刊・所収





                 
        

秋の詩 美意子

2013/ 09/ 22
                 
馬淵美意子 萩

 しどろなのは 夜あけの雨が
 あんまりつらかったからなの

また 秋かぜによじれ 散りしく
花に はなをこぼす

みじろぐ 露がいっぱい 銀箔の
空に 匂って降る

はなござの むらさきを ふかめ




馬淵実意子 鈴虫

しとどに濡(ぬ)れ

おそい 月しろ

こほろぎどものしぶうさなか
たえ だえ

ひたむきな 鈴

笹むらのつゆの底に澄み



日本詩人全集 33 昭和詩集(一) 新潮社刊・所収



                 
        

秋の詩 中也

2013/ 09/ 21
                 
宮沢賢治と中原中也

 このところの詩人に関する出版物としては、賢治と中也に関する書物が一番に多いとのことです。
 宮沢賢治の詩は、私の小さいころから慣れ親しんでいて、違和感はありませんでしたが、いつのまにか、中原中也の詩が人気になっていたということに不思議な感覚を持ちました。
 書籍の類でなく、いろいろな媒体を通してすぐ手元に手繰り寄せることが出来るという今の時代と合わせ、中也という時代を超えた個性が、今の人を惹きつけるのかもしれません。

※追補:
((「2013年(平成25年)9月22日(日曜日) 讀賣新聞 〈社会面〉
 「賢治没後80年」 ファン1000人集う
 宮澤賢治〈1896~1933)の命日の21日、故郷の岩手県花巻市で「賢治祭」が開かれた。今年は没後80年にあたり、例年より多い約1000人のファンが全国から訪れた。
 賢治祭は、賢治が私塾を開いた同市桜町に立つ「雨ニモマケズ」詩碑前で開催。
・・・
・・・))


 中原中也は詩人です。
 小林秀雄、大岡昇平、河上徹太郎、飯島耕一、大岡信、谷川俊太郎、中村稔など、枚挙にいとまがないほど彼をとり上げた著作が出ていますので、本当のところはずっと以前から、中也の詩は多くの人々の記憶に刻まれたいたというところが実際なのかもしれません。
 


中也の短歌

 中原中也の詩をみると、「秋」をうたったものが、他の詩人に比べてとても多いです。
 丸山薫のように、「春」を詩したのが殊のほか多いように、「夏の詩」、「冬の詩」を表した詩人の名前なまえが浮かんできます。
 これも、「秋の詩」という作品の数々を並べてみて、「おりふし」に詩人をみたところの感想です。

 同様にして、中也の「秋」の作品をみてみました。
 短歌はあまり多くの作品を遺していませんが、「秋」を詠んだものが多かったです。

大山の腰を飛びゆく二羽の鳥秋白うして我淋しかり

湧(わ)く如き淋しみ覚ゆ秋の日を山に登りて口笛吹けば

枯草に寝て思ふまゝ息をせり秋空高く山紅(あか)かりき

紅の落葉すざむき秋風に我が足元をカサカサとゆく

晩秋の乳色空に響き入るおゝ口笛よ我の歌なる

ヒンヒンと啼(な)く馬のその声に晩秋の日も暮れてゆくかな

刈られし田に遊べる子等の号(さけ)び声淋しく聞こゆ秋深みかも




中也の詩

「帰郷」「汚れちまった悲しみに……」「曇天」「サーカス」「一つのメルヘン」「湖上」などが、中也の詩としてよく取り上げられます。
 独特のいいまわし、彼ならではのリフレィン、言葉が言葉を紡いでいく作業は、詩人の自己表現を如実に表しています。

 彼の詩は、諸井三郎、内海誓一郎等によって歌にもなっています。中也の詞、諸井三郎の歌曲は、以前、NHKの全国高等学校合唱コンクールにも時折選曲されていました。
(※諸井三郎歌曲:「朝の歌」「臨終」「空しき秋」。※内海誓一郎歌曲:「帰郷」「失せし希望」。)

 「中也論」、私としては、詩人ではない、小林秀雄、大岡昇平、河上徹太郎の三人の文章が、より身近に感じます。
 

中原中也 曇った秋

 1

或る日君は僕を見て嗤(わら)ふだらう、
あんまり蒼(あを)い顔してゐるとて、
十一月の風に吹かれてゐる、無花果(いちじく)の葉かなんかのやうだ
棄てられた犬のやうだとて。

まことにそれはそのやうであり、
犬よりもみじめであるかも知れぬのであり
僕自身時折はそのやうに思って
僕自身を悲しんだことかも知れない

それなのに君はまた思ひだすだらう
僕のゐない時、僕のもう地上にゐない日に、
あいつあの時あの道のあの箇所で
蒼い顔して、無花果の葉のやうに風に吹かれて、――冷たい午後だった――

しょんぼりとして、犬のやうに捨てられてゐたと。

 2

猫(ねこ)が鳴いていた、みんなが寝静まると、
隣の空地で、そこの暗がりで、
まことに緊密でゆったりと細い声で、
ゆったりと細い声で闇(やみ)の中で鳴いてゐた。

あのやうにゆったりと今宵一夜(こよいひとよ)を
鳴いて明(あか)さうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は生存してゐるのであらう

あのやうに悲しげに憧(あこが)れに充(み)ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……

猫は空地の雑草の蔭で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐた――

 3

君のそのパイプの、
汚(よご)れ方だの燋(こ)げ方だの、
僕はいやほどよく知ってるが、
気味の悪い程鮮明に、僕はそいつを知ってゐるのだが……

 今宵ランプはポトホト燻(かが)り、
 君と僕との影は床(ゆか)に
 或ひは壁にぼんやり落ち
 遠い電車の音は聞こえる

君のそのパイプの、
汚れ方だの燻げ方だの、
僕は実によく知ってるが、
それが永劫(えいごふ)の時間の中では、どういふことになるのかねえ?……

 今宵私の命はかゞり
 君と僕との命はかゞり
 僕等の命も煙草のやうに
 どんどん燃えてゆくとしきや思へない

まことに印象の鮮明といふこと
我等の記憶、謂(い)はば我々の生命の足跡が
あんまりまざまざとしてゐるといふことは
いったいどういふことなのであらうか

 今宵ランプはポトホト燻(かが)り
 君と僕との影は床に
 或ひは壁にぼんやりと落ち、
 遠い電車の音は聞える

どうにも方途がつかない時は
諦(あきら)めることが男ゝ(をを)しいことになる
ところで方途が絶対につかないと
思はれることは、まづ皆無

 そこで命はポトホトかゞり
 君と僕との命はかゞり
 僕等の命も煙草のやうに
 どんどん燃えるとしきや思へない

 ※

コホロギガ、ナイテ、ヰマス
シウシン、ラッパガ、ナッテ、ヰマス
デンシャハ、マダマダ、ウゴイテ、ヰマス
クサキモ、ネムル、ウシミツドキデス
イイエ、マダデス、ウシミツドキハ
コレカラ、ニジカン、タッテカラデス
ソレデハ、ボーヤハ、マダオキテヰテイイノデスカ
イイエ、ボーヤハ、ハヤクネルノデス
ネテカラ、ソレカラ、オキテモイイデスカ
アサガキタナラ、オキテイイノデス
アサハ、ドーシテ、コサセルノデスカ
アサハ、アサノホ-デ、ヤッテキマス 
ドコカラ、ドーシテ、ヤッテクルノデスカ
オカホヲ、アラッテ、デテクルノデス
ソレハ、アシタノ、コトデスカ
ソレガ、アシタノ、アサノ、コトデス
イマハ、コホロギ、ナイテ、ヰマスネ
ソレカラ、ラッパモ、ナッテ、ヰマスネ
デンシャハ、マダマダ、ウゴイテ、ヰマス
ウシミツドキデハ、マダナイデスネ
 ヲハリ


日本詩人全集 22 中原中也 新潮社刊・所収
 (短歌七題・詩「曇った秋」)


2007年12月30日(日)、午後10時から NHK教育テレビ ETV特集 中原中也生誕100周年
「大東京の真中で一人 ~詩人、中原中也を歩く」~
 作家の町田康が導き手として訪ね歩きます。詩人の佐々木幹郎、ノンフィクション作家の柳田邦男、宗教学者の山折哲雄、そして歌人の福島泰樹という、詩という枠におさまらないジャンルを超えた錚々たる皆さんの登場です。
 とても印象深く味わい濃いひと時となりました。
 その番組では取り上げていない詩でしたが、町田康のナレーションと重なるようにして、中也の「別離」の「1」の「あなたはそんなにパラソルを振る」の一行がすーっと思い起こされてきました。

さよなら、さよなら!
 いろいろお世話になりました
 いろいろお世話になりました

さよなら、さよなら!
 こんなに良いお天気の日に
 お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛(つら)い
 こんなに良いお天気の日に

さよなら、さよなら!
 僕、午睡(ひるね)の夢から覚(さ)めてみると
 みなさん家を空(あ)けておいでだつた
 あの時を思ひ出します

さよなら、さよなら!
 そして明日(あした)の今頃は
 長の年月見馴(みな)れてる
 故郷の土をば見てゐるのです

さよなら、さよなら!
 あなたはそんなにパラソルを振る
 僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです
 あなたはそんなにパラソルを振る

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!


日本詩人全集 22 中原中也 新潮社刊:所収




 
 
                 
        

秋の詩 道造

2013/ 09/ 20
                 
立原道造 Ⅱ やがて秋……

やがて 秋が 来るだらう
夕ぐれが親しげに僕らにはなしかけ
樹木が老いた人たちの身ぶりのやうに
あらはなかげをくらく夜の方に投げ

すべてが不確(ふたし)かにゆらいでいる
かへってしづかなあさい吐息(といき)のやうに……
(昨日でないばかりに それは明日)と
僕らのおもひは ささやきかはすであらう

――秋が かうして かへって来た
さうして 秋がまた たたずむ と
ゆるしを乞(こ)ふ人のやうに……

やがて忘れなかったことのかたみに
しかし かたみなく 過ぎて行くであらう
秋は……ふたたびある夕ぐれに――


日本詩人全集 28 伊藤静雄・立原道造・丸山薫  新潮社刊・所収



                 
        

秋の詩 静雄

2013/ 09/ 20
                 
伊藤静雄 百千の

百千(ひゃくせん)の草葉もみぢし
野の勁(つよ)き琴は 鳴り出づ
哀(かな)しみの
熟(う)れゆくさまは
酸(す)き木の実
甘くかもされて 照るに似(に)たらん

われ秋の太陽に謝す



伊藤静雄 夏の終り

夜来の颱風(たいふう)にひとりはぐれた白い雲が
気のとほくなるほど澄みに澄んだ
かぐはしい大気の空をながれてゆく
太陽の燃えかがやく野の景観に
それがおほきく落す静かな翳(かげ)は
……さよなら……さやうなら……
……さよなら……さやうなら……
いちいちさう頷く眼差のやうに
一筋ひかる街道をよこぎり
あざやかな暗緑の水田(みづた)の面(おもて)を移り
ちひさく動く行人をおひ越して
しづかにしづかに村落の屋根屋根や
樹上にかげり
……さよなら……さやうなら……
……さよなら……さやうなら……
ずっとこの会釈をつづけながら
やがて優しくわが視野から遠ざかる


日本詩人全集 28 伊藤静雄・立原道造・丸山薫 新潮社刊・所収


                 
        

秋の詩 薫

2013/ 09/ 20
                 
丸山薫 秋を航(ゆ)く

朝―――
涼風の中で顔を剃(そ)っていると
鏡の奥を
貝殻型した島が流れてゆく
 二つ 三つ と
噴咽をたなびかせて

サロンへ出る
みんな上衣を着込んだのに
ひとりだけ開衿シャツの船員がいる
――ふいに秋だね
――あさってあたりもう冬だろう
話の間にクシャミしている

空も雲もはるかに 歌っているようだ
歌に合わせて だが今日も
さんご海は
ゆれに
ゆれる


日本詩人全集 28 伊藤静雄・立原道造・丸山薫 新潮社刊・所収


                 
        

仲秋の名月

2013/ 09/ 19
                 
2013年9月19日

 仲秋は、三秋の中の月です。
 ススキ。
 月見団子。 
 ウサギの餅つき。
 ほかにどんな言葉が思い浮かびますか・・・

 仲秋の名月 20130919撮影

 仲秋や漁火は月より遠くして ・・・ 山口誓子

 仲秋の大きてのひら子馬追ふ ・・・ 斎藤砂上

 仲秋を花園のものみな高し ・・・ 山口青邨




赤城の山も今宵限り・・・

 赤城山から顔を出した十四夜のお月様 (2012年12月27日撮影)
十四夜の月 赤城山20121227



                 
        

秋の詩 ベルレーヌ

2013/ 09/ 18
                 
ポール・ベルレーヌ 秋の歌

 秋の風の
 ヴィオロンの
 節長き すすり泣きに
 もの憂き かなしみに
 わがこころ 傷つくる

 時の鐘
 鳴りも出ずれば
 せつなくも胸せまり
 思いぞ出ずる
 来し方に 涙が湧く

 落葉ならね
 身をはやる
 われも
 かなた こなた
 吹きまくれ
 逆風よ

世界詩人全集 8 ポール・ベルレーヌ 新潮社刊・所収




ポール・ベルレーヌ 落葉(らくえふ)

 秋の日の
 ヴィオロンの

 ためいきの
 身にしみて
 ひたぶるに
 うら悲し。

 鐘の音に
 胸ふさぎ
 色かへて
 涙ぐむ
 過ぎし日の
 おもひでや。

 げにわれは
 うらぶれて
 ここかしこ
 さだめなく
 とび散らふ
 落ち葉かな。





 
                 
        

秋の詩 リルケ

2013/ 09/ 18
                 
ライナー・マリア・リルケ 秋

 木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように
 大空の遠い園生(そのふ)が枯れたように
 木の葉は否定の身ぶりで落ちる

 そして夜々には 重たい地球が
 あらゆる星の群れから寂寥のなかへ落ちる

 われわれはみんな落ちる この手も落ちる
 ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ

 けれども ただひとり この落下を
 限りなくやさしく その両手に支えている者がある

世界詩人全集 13 リルケ 新潮社刊・所収

                 
        

秋の詩 ・・・ 重吉

2013/ 09/ 17
                 
八木重吉 秋

 秋が くると いふのか
 なにものとも しれぬけれど
 すこしづつ そして わずかにいろづいてゆく
 わたしのこころが
 それよりも もっとひろいもののなかへ くづれてゆくのか


八木重吉 素朴な琴 

 この明るさのなかへ
 ひとつの素朴な琴をおけば
 秋の美しさに耐えかね
 琴はしずかに鳴りだすだろう


・日本詩人全集 18 中勘介・八木重吉・田中冬二 新潮社刊・所収


                 
        

秋の詩 ・・・ ヴァレリー

2013/ 09/ 16
                 
ポール・ヴァレリー 風立ちぬ、いざ生きめやも

Le vent se lève, il faut tenter de vivre.

/l(ə) vɑ̃ s(ə) lɛv, il fo tɑ̃te d(ə) vivr/

「ル ヴァン ス レヴ、 イル フォー タンテ ドゥ ヴィーヴル」


・世界詩人全集 10 ポール・ヴァレリー 新潮社刊・所収・・・の翻訳をのせようとしましたが、堀辰雄の中編小説「風立ちぬ」の・・・風立ちぬ、いざ生きめやも・・・の冒頭だけを載せることにしました。
 ご存じのとおり、宮崎駿監督の長編アニメ最後の作品のタイトルでもあります。
 「秋来ぬと目にはさやかにみえねども風の音にぞ驚かれぬる」という歌が自然に浮かび出てきました。
 「風」と「秋」は切っても切れない言葉のように感じます。
 (今が秋なので、そういっているのです。春の時は春の風、夏の時は夏の風、冬の時は冬の風。・・・春の嵐、冬の烈風、真夏の宵のそよ風。季節が風情を表します。

・「海辺の墓地」のどこにも秋という言葉も入っていないし、「秋」を感じる言葉も入っていません。むしろ、「夏」を思い起こす言葉の放列です。
 ですが、堀辰雄の「風立ちぬ」も、宮崎駿の「風立ちぬ」も、「夏の終り」の後の「秋」が浮かんでくるのです。
・堀辰雄の「菜穂子」読みましたか。
 かって、三島由紀夫が堀辰雄の小説について述べています。「彼が彼である所以と・・・」。


・門司邦雄(もんじくにお)による、ポール・ヴァレリー「海辺の墓地」全訳を載せます。
 最終段の始めの行の「Le vent se lève, il faut tenter de vivre.」は、「風が起る!… 生きてみなければならない!」と、訳しています。

白い鳩たちが歩く、この静かな屋根は、
松の木々や墓石の間で、脈打っている。
正しい者、「真昼」が、そこに火で作り出す
海を、海よ、常に寄せては返すものよ!
おお、思索の後の報いよ
神々の静けさへの長き凝視よ!

目に見えない泡の数知れないダイヤモンドを焼き尽くす
鋭い光の何という澄んだ仕事か、そして、
何という平和が抱かれるように思えることか!
底知れない海の上に太陽がたたずむ時、
永遠から生まれる純粋な作品、
「時」はきらめき、「夢」は知となる。

不動の宝よ、ミネルヴァのつつましい神殿よ、
静けさの集まりと、目に見える堆積よ、
そびえ立つ水よ、炎のヴェールの下の
多くの眠りを、君の中に守る「目」よ
おお、私の沈黙!… 魂の中にそびえる建物よ、
いや、千の瓦の黄金の棟、「屋根」よ!

ただひとつの溜息がまとめる「時」の神殿よ、
私の海への凝視に、ただ包まれた、
この純粋な地点に、私は登り、親しむ。
神々への私の至高の捧げ物のとして、
静かなまたたきが、あの高みの上に
この上ない蔑みを撒き散らす。

果実が悦びに溶けてゆくように、
その形が消えてゆく口の中で
不在を歓喜に代えるように、
私はここで、私の未来の煙を吸い込む、
そして、焼き尽くされた魂に、空は歌う
ざわめく海辺の変わりゆく姿を。

晴れた空よ、真の空よ、変わりゆく私を見よ!
多くの驕りの後に、力に満ちながらも
多くの不可思議な怠惰の後に、
私はこの輝く空間に身を任せる、
死者たちの家々の上を私の影が過ぎて行く
そのかすかな動きを私に馴染ませながら。

夏至の松明に魂をさらされて、
私は君を支持する、非情な武器を持つ
光の、賞賛すべき正義を!
君の始まりの場所に、君を純粋なまま返そう:
君自身を見つめよ!… だが、光を返すことは
暗い影の半分を想わせる。

おお、私だけのために、私だけで、私自身の中に、
心の側の、詩の源で、
虚無と純粋な出来事の間で、
私は内面の大いなる木霊を待っている、
苦く、暗く、響く貯水槽が、
常に未来の空洞を魂の中で鳴り響かせるのを!

君は知っているか、葉むらの偽りの囚われ人よ、
この痩せた格子を蝕む入り江よ、
私の閉じた目の上の、まばゆい秘密よ、
どんな体が、私を怠惰の果てに引きずるのか、
どんな額が、その体をこの骨の大地に引き寄せるのかを?
そこでは、ある輝きが私の不在たちを考える。

閉じられ、聖別され、物質の無い火に満ちて、
光に捧げられた、この地上のかけら、
この地は、私に相応しい、炎で支配され、
金と、石と、暗い木々で作られ、
多くの影の上で、多くの大理石が揺れている、
ここでは、私の墓石たちの上で、忠実な海が眠っている!

きらめく犬よ、偶像崇拝者を追い払え!
羊飼いの微笑みを浮かべた隠者である、
私が、神秘の羊たち、私の静かな墓の白い群れに、
長いこと草を食ませている時に、
彼らから遠ざけろ、用心深い白い鳩たちを、
虚しい夢を、物見高い天使たちを!

ここに来れば、未来は怠惰だ。
澄んだ虫が渇きをかき鳴らす。
全ては焼かれ、壊され、大気の中で
私の知らない何か厳かな精となる…
不在に酔えば、生命は広大で、
苦悩は甘美で、精神は明るい。

隠された死者たちは、まさしくこの土の中にいて
この土が死者たちを再び暖め、彼らの神秘を乾かす。
あの高い「真昼」よ、動かない「真昼」よ
自らの中で自らを考え、自らに相応しい…
完全な頭脳と完璧な王冠よ、
私は君の中に秘められた変化だ。

君の恐怖を抑えられるものは、私しかいない!
私の後悔、私の懐疑、私の抑制は
君の巨大なダイヤモンドの傷なのだ…
だが、木々の根元のおぼろげな人々は、
大理石でひどく重い彼らの夜の中で
すでにゆっくりと君の側にまわっていった。

彼らは厚い不在の中に融けた、
赤い粘土は白い種族を飲み込んだ、
生命の恵みは花々の中に移った!
どこにあるのか、死者たちのなじみの言葉は、
個人の技は、独自の魂は?
かって涙が生じていた場所に、うじ虫が巣を作る。

くすぐられた娘たちの高い叫び声、
目、歯、濡れた目蓋、
火と戯れる魅力的な乳房、
受け入れた唇に光る血、
指が守る、最後の贈物、
全ては地下に行き、遊戯の中に戻る!

そして、偉大なる魂よ、人の目に波と金がここに作る
あの偽りの色をもはや持たない夢を
あなたは願うのですか?
あなたが霞みとなる時にも、あなたは歌うのですか?
行け! 全ては逃げ去る! 私の存在は浸みとおり、
神聖な苛立ちも、やはり死んでゆく!

黒と金で飾られた痩せた不死よ、
月桂冠を恐ろしく戴いた慰め人よ、
死から、母の乳房を作るものよ、
美しい嘘と敬虔な策略よ!
この虚ろな頭蓋と、この永遠の笑いを
誰が知らないか、誰が拒まないか!

土深い父たちよ、住む人の無い頭蓋たちよ、
たくさんのシャベルの重みの下で、
土となり、私たちの足音も聞き分けられず、
真に蝕むもの、反論の余地のないうじ虫は、
墓碑銘の下に眠るあなた方のためでは全くなく、
生命を食べて生き、私を去ることは無い!

おそらく、私自身への愛か、憎しみか?
その隠された歯は、すべての名前が
それに相応しいほどに、私に近い!
構うものか! そのうじ虫は、見、望み、夢見、触れる!
私の肉体を気に入り、寝床の上でまでも、
私はこの生き物に所属して生きている!

ゼノンよ! 冷酷なゼノンよ! エレアのゼノンよ!
君はこの翼のある矢で私を射た
唸り、飛び、飛ばない矢で!
矢の音は私を産み、矢は私を殺す!
ああ!太陽… 大股なのに動かないアキレスという
この魂にとって、何という亀の影なのか!

否! 否!… 立て! 続きゆく時代の中に!
打ち砕け、私の肉体よ、この物思う姿を!
吸え、私の胸よ、風の誕生を!
海が吐く爽やかな風が、
私に、魂を返す… おお、潮風の力よ!
波に向って走るのだ、生き生きとほとばしるために!

そうとも! 生まれながらに荒れ狂うさがの偉大な海よ、
豹の毛皮と、太陽の千また千の偶像の
孔を穿たれた古代の兵士のマントよ、
己の青い肉体に酔い、
沈黙に似たどよめきの中で
輝く君の尾を再び噛む、絶対のヒドラよ、

風が起る!… 生きてみなければならない!
広大な風が私の本を開き、また閉じる、
波は飛沫となり、岩々から勢いよくほとばしる!
飛べ、すっかり目をくらまされたページよ!
波よ、打ち破れ! 喜びあがる水で、打ち破れ
三角帆たちがついばんでいた、この静かな屋根を!

                     


                 
        

秋の詩 ・・・ みすゞ

2013/ 09/ 16
                 
金子みすゞ はつ秋

 涼しい夕風吹いてきた。
 田舎にゐればいまごろは
 海の夕やけ、遠くみて、
 黒牛ひいてかへるころ、


 水色お空をなきながら、
 畠の茄子は刈られたか、
 稲のお花も咲くころか。

 さびしい、さびしい、この町よ、
 家と、ほこりと、空ばかり。

・新版「金子みすゞ全集」JULA出版局刊・所収


                 
        

秋の詩 ・・・ディキンスン

2013/ 09/ 16
                 
エミリ・ディキンスン その名は秋

 その名は 秋
 その名は 地
 丘にのびる動脈
 道沿いに静脈
 小路に大きな血の玉
 風(スカーレット)が窪地を吹きあげ
 緋の雨をふらす
 と ああ 血染めの驟雨

ボネット
 帽子をいっぱい遥か下に撒きちらし
 赤い溜まりをあつめる
 やがて秋は薔薇のように渦巻いて
ヴァーミリオン
 朱色の車輪に乗って去っていく

 ・岩田典子「エミリ・ディキンスンを読む」思潮社刊・所収


                 
        

秋の詩 ・・・ ボードレール

2013/ 09/ 16
                 
シャルル・ボードレール 秋の歌

   Ⅰ

 やがて冷たく暗い季節がやってくる
 短かった夏の光よ さらば
 はや中庭の敷石の上では
 薪の燃えさしが音を立てて崩れ落ちる

 冬のあらゆるおぞましさが忍び入る
 憤怒、憎悪、恐怖、戦慄、そして苦悩
 太陽は極地の地獄に沈み
 わたしの心は赤レンガのように凍てついた

 薪の崩れる音が聞こえる
 首吊り台がきしむよりも鈍い音だ
 わたしの心は 仮借ない槌の一撃で
 砕け散る塔のようにはかない

 単調な薪の音を聞いていると
 どこかで棺に釘を打っているようだ
 誰のために? 夏は去り今は秋!
 この不思議な音は葬送の調べのようだ

    Ⅱ

 わたしはお前の瞳の青い光を愛す
 だが今では その美しさが耐え難い
 お前の愛も 閨も暖炉も何者も
 海上に輝く太陽には勝らない

 わたしを愛し 母ともなって欲しい
 わたしがたとえ忘恩の徒 小悪党であっても
 恋人であれ 妹であれ
 秋のひと時を慰めて欲しい

 もうすぐだ 墓穴が口をあけて待っている
 ああ!お前の膝に顔をうずめ
 炎熱の夏を惜しみつつ
 秋の終わりのかすかな光を浴びさせてくれ  

・世界詩人全集 7 ボードレール 新潮社刊・所収

                 
        

秋の詩 ・・・ 賢治

2013/ 09/ 16
                 
宮澤賢治 秋

江釣子森の脚から半里
荒さんで甘い乱積雲の風の底
稔った稲や赤い萓穂の波のなか
そこに鍋倉上組合の
けらを装った年よりたちが
けさあつまって待ってゐる

   
恐れた歳のとりいれ近く
わたりの鳥はつぎつぎ渡り
野ばらの藪のガラスの実から
風が刻んだりんだうの花
……里道は白く一すじわたる……
やがて幾重の林のはてに
赤い鳥居や昴(スバル)の塚や
おのおのの田の熟した稲に
異る百の因子を数へ
われわれは今日一日をめぐる

   
青じろいそばの花から
蜂が終りの蜜を運べば
まるめろの香とめぐるい風に
江釣子森の脚から半里
雨つぶ落ちる萓野の岸で
上鍋倉の年よりたちが
けさ集って待ってゐる


・日本詩人全集 20 宮澤賢治 新潮社刊・所収

                 
        

骨付きモモ 丸焼き 実演試食 無料

2013/ 09/ 15
                 
赤城山南面、渋川市北橘町上箱田800   ハム工房 ぐろーばる

 平成の大合併の前は、勢多郡北橘村でした。渋川市となってからは、北橘町を「ほっきつまち」と読みますが、北橘村のときの正式呼称は「きたたちばなむら」です。
 が、合併当時「ほっきつむら」と言っていた人の方が大半だったようです。
 「橘山(たちばなやま)」の北に位置していることから、「きたたちばなむら」と名付けられました。
 ちなみに、橘山の南に位置していた「南橘村(みなみたちばなむら)」は、かなり以前に前橋市に編入されています。
 橘山の由来については、機会があれば別のところで述べたいと思います。


空模様
 お外は雨です。
 時折雨音が強く耳に入ってきます。
 15日も「30th 感謝セール」は、雨が降っていても開催します。という、昨日のお話でした。
 
 14日の土曜日、「ぐろーばる」に行きました。
 「骨付きモモ 丸焼き 実演試食 」 のスナップ風景を写真におさめました。前回の買い出しの折りは、何気なく見過ごしましたが、今回はカメラ片手でしたので、あれこれも記念写真となりました。
 「子豚と一緒に記念撮影」というコーナーでは、親子連れが目につきました。撮った写真は無料で記念にお持ち帰りいただいています。とのスタッフの方のお言葉でした。


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・コロッケ50円、・アイスコーヒー200円. ・バニラソフトアイスクリーム200円.
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