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鴻巣市合併10周年記念

2015/ 09/ 28
                 
 鴻巣市民になって、間もなく29年になろうとしています。

 鴻巣市・吹上町・川里町が合併し、今年で10周年を迎えています。
 市の、9月1日現在の人口は119,192人、47,843世帯数となっています。

 鴻巣市合併10周年記念と銘打った行事が、市内各所で展開されています。
 一つひとつのイベントはそれぞれのページに詳細に紹介されていますので、このブログではどのようなものが企画されているのか、時系列にまとめて掲載してみることにしました。


 これから挙行・開催されるものとして、先ず「鴻巣市合併10周年記念式典」から。


◇鴻巣市合併10周年記念式典:平成27年10月1日(木)

鴻巣市・吹上町・川里町の1市2町が合併し、新たな歴史を歩み始めてから今年で10周年を迎えました。
 この節目の年にあたり、合併後のまちづくりの歩みを振り返り、今後のさらなる発展に向けた取組のきっかけとするため、記念式典を挙行します。

※日  時:平成27年10月1日(木) 13時30分開式(12時30分受付開始) 
     ※12時45分からオープニングミニコンサートを開催します。
※場  所:クレアこうのす 大ホール【メイン会場】、小ホール【サテライト会場】
※入  場:無料(どなたでも入場いただけます)
※主な内容:・弦楽合奏団アンサンブル鴻巣ヴィルトゥオーゾ団員によるピアノトリオのオープニングミニコンサート
  ・市政功績者表彰
  ・親子ふれあいぐるっとこうのす川柳コンクール優秀作品表彰
  ・市長報告「合併10周年を迎えて」
  ・健康づくり都市宣言
※そ の 他:クレアこうのす内のホワイエにて、親子ふれあいぐるっとこうのす川柳コンクール優秀作品及び鴻巣日本一パネルの展示を行います。
     展示期間は10月1日(木)から6日(火)です。


◇平成27年度市民文化祭:10月3日(土)~11月8日(日)

芸術の秋、文化の祭典“市民文化祭2015”が開催されます。
市民の方々の演技発表や芸術作品に触れ、心豊かに秋のひと時をお楽しみください。

※家族ふれあい映画劇:10月3日(土)・4日(日)こうのすシネマ
両日とも
①9:20~(開場9:10)
②11:20~(開場11:10)
③13:20~(開場13:10)
④15:20~(開場15:10)
 ・上映作品「怪盗グルーの月泥棒」全席指定 予約生涯学習課窓口又は電話で
544-1216
544-1215
〈入場無料〉駐車料金は、1時間無料.その後30分ごとに100円
※作品展 :10月23日(金)~25日(日)9:00~16:00(25日は15:30まで)
       鴻巣市立総合体育館(アリーナ)
   ・一般公募作品展 絵画書写真 芸文芸華道その他
   ・埼玉県美術展入選作品展 ・小さな手の大きな作品展 〈入場無料〉
※秋の茶会 :10月24日(土)~25日(日)10:00~15:00
 ・鴻巣市立総合体育館(アリーナ) 
 ・鴻巣茶道連盟による茶会※茶券大人300円 中学生以下200円
※囲碁大会 :10月25日(日) 9:00~受付 9:30~16:30対局
  ・吹上生涯学習センター (研修室1・2)
  ・日本棋院吹上支部運営による囲碁大会 (参加費1500円申込〆切10/9(金))
※芸能発表会 :11月3日(火・祝) 9:30~16:00(開場9:00)
  ・鴻巣市文化センター(クレアこうのす大ホール) 
  ・鴻巣市文化団体連合会加盟団体による演技発表(民謡・舞踊・大正琴 三曲・ダンス等)〈入場無料〉
※鴻響楽2015 :11月8日(日) 12:35~17:00(開場12:10)
   ・鴻巣市文化センター(クレアこうのす大ホール)
   ・市内で活動している洋楽サークルによる演奏会(吹奏楽・コーラス洋楽器演奏等   〈入場無料〉


◇花のオアシスフェア サルビアまつり 

鴻巣市が出荷量日本一を誇る花であるサルビアとマリーゴールド。この夏、市民ボランティアの皆さんの手で植え込みされた苗が
秋の訪れとともに園内一面に咲き誇ります。土日には様々な催しも行いますので、花のオアシスに是非お越しください。

※とき 10月17日(土)~25日(日)
※会場 花のオアシス 鴻巣市市民農園(寺谷736)隣
※イベント 10月18日(日)午前10時~午後3時 ※悪天候時は中止
 『ステージショー』
  ・鴻巣市メインキャラクター「ひなちゃん」と遊ぼう(ひなちゃんダンスとグリーティング)
  ・「アルテ。」ミニコンサート
  ・「シャイニングローズ」バルーンショー
  ・観光こうのす出前講座「おもしろ発見!鴻巣の観光」
 『鴻巣観光物産販売』
 『季節の花で押し花アート飾り』体験・作品制作
 『季節の花等直売』  
※クイズラリー
 10月17日(土)、18日(日)、24日(土)、25日(日)午前10時~午後3時
 受付 鴻巣市市民農園管理棟(各日とも先着100名様限定)
 費用 無料


◇鴻巣おおとりまつり:10月16日(金)・17日(土)・18日(日)
 ※18日は歩行者天国 正午から午後8時
 ※オープニングセレモニー 18日 正午~午後1時30分
 ※歩行者天国 鴻神社―本部前(パーキングこうのす前)
  ・フラワープレゼント 午後4時~午後6時
  ・お休みどころ 正午から午後5時
  ・街道パフォーマンス 午後1時30分~午後2時
  ・民謡踊り 午後3時15分~午後4時15分
  ・ひな市 午後0時30分~午後6時
  ◇昨年の鴻巣おおとりまつり:鴻神社出立
鴻巣おおとりまつり2014年10月撮影

 

◇中山道鴻巣宿 鴻巣御殿御参行列:11月14日(土)
  ~今から400年前、中山道鴻巣宿には「鴻巣御殿」があった!
  時代の繁栄と鴻巣の礎を築いた歴史人が今、蘇る!~
 ※鴻巣御殿御参行列会場:11時~14時鴻巣駅東口エルミパーク(出立)⇒中山道(勝願寺入口)*折返し⇒さいしん前信号交差点⇒鴻巣東小(鴻巣御殿会場)*約1.2km行程
 ※ 笠原直使主(かさはらのあたいおみ)、源経基(みなもとのつねもと)、渡辺綱(わたなべのつな)、伊奈忠次(いなただつぐ)、牧野康成(まきのやすしげ)、石田三成(いしだみつなり)、徳川家康(とくがわいえやす)、小松姫(こまつひめ)〈真田信之正室(さなだのぶゆきせいしつ)〉、真田信重(さなだのぶしげ)〈小松姫三男(こまつひめさんなん)〉


☆「かわさとフェスティバル」などのイベントは、次回以降のお披露目とさせて頂きます。




                 
        

 雅楽 萬歳楽 仁和楽

2015/ 09/ 25
                 
 舞楽
舞楽奉納①


 毎年秋分の日に開催される、小野照崎神社の秋季例大祭 雅楽の夕べ、今年は「万歳楽(まんざいらく)」、そして「仁和楽(にんならく)」の舞楽でした。
 来年の秋分の日は、9月22日とのこと、小野宮司が仕舞いの挨拶でお話しされていました。


 「萬歳楽」
②萬歳楽

 萬歳楽は、左方(唐楽)平調(ひょうぢょう)の舞曲で、平舞の代表的名作とされています。
作曲の由来は諸説ありますが、賢帝の治世に現れるとされる鳳凰が「賢王万歳」と囀り舞い飛ぶ姿を舞曲にしたとする『教訓抄』(天福元[1233]年成立の雅楽書。狛近真著)巻第一の伝承をはじめ、いずれも君主の治世を寿ぐ曲としており、おめでたい場での奏舞の例が多く見られます。




  お正月恒例の舞楽。
 伊勢神宮の2013年の舞楽は「仁和楽(にんならく)」でした。
 仁和楽とは、高麗楽壱越調に属する楽曲ですが、外来の曲ではなく日本製の楽曲です。
光孝天皇の勅令により百済の貞雄という人が、高麗楽の形式で作曲しました。その時の年号である「仁和」が、曲名の由来です。「仁和」という字に思い至ると「仁和寺」がつとに知られていますね。
 仁和楽は、日本で初めて作曲、作舞された、高麗楽形式の楽曲と伝えられています。
 曲姿は小曲・四拍子・拍子十・新楽で、四人舞、番舞は「承和楽」です。現在は襲装束の右肩袒、鳥甲で舞いますが、蛮絵装束を着て舞う団体のほうが多いようです。

③仁和楽

 ここ、小野照崎(おのてるさき)神社では殿のスペースの制約もあったようです。
 萬歳楽(まんざいらく)のあとを受けての、二人舞となっていました。

⑨小野照崎神社秋季例大祭
 小野照崎神社 秋季例大祭 2015年9月23日 午後6時から午後8時

⑩小野照崎神社秋季例大祭
 秋分の日の月

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《 「笛の音」を聞きながら、2014年1月20日、京都の一日を思い出しました。城南宮の湯立神楽です。 
 巫女が舞って、無病息災、願望成就を祈願します。

城南宮① ②城南宮

③城南宮 城南宮④

神楽殿の四方は廊下で配置されています。その一隅で、装束を身にまとった奏者が正座しています。》

・・・   ・・・   ・・・


「台東区役所HP」より、「小野雅楽会」の一文を掲載させて頂きます。

小野雅楽会
平成11年度指定

 雅楽は、古代より宮廷儀礼において演奏されてきた音楽です。古くは、奈良時代の天平勝宝4年(752)東大寺大仏開眼会で演奏が行われたという記録があり、8世紀半ばには宮廷の儀礼音楽として定着していました。
 一口に雅楽と言ってもさまざまな曲や舞がありますが、大きくは唐楽(とうがく)と高麗楽(こまがく)の二つに分けることができます。唐楽は、楽器演奏のみの場合(管絃という)と、演奏に舞がともなう場合(舞楽)の2種類があります。曲目では、蘭陵王(らりょうおう)・萬歳楽(まんざいらく)等が著名です。
 高麗楽は、すべて舞楽です。異相な面を着けて舞う、延喜楽(えんぎらく)・納曾利(なそり)等が知られています。
 また、使用する楽器は、唐楽と高麗楽では異なりますが、唐楽の場合、管楽器では笙・篳篥(ひちりき)・竜笛、弦楽器では箏・琵琶、打楽器では羯鼓(かっこ)・太鼓・鉦鼓(しょうこ)を演奏します。
 宮中における雅楽の演奏・演舞は、楽人(がくじん)と呼ばれる専門職が担当してきました。この楽人は、いくつかの家が代々世襲してきたもので、現在も宮内庁式部職楽部の楽師として続いています。
 小野雅楽会は、明治20年に小野照崎(おのてるさき)神社宮司小野亮道が、民間への雅楽の普及を目的に創設した雅楽演奏団体で、民間ではもっとも古い歴史があります。現在の会員数は、約90名。小野照崎神社内で行われる毎月3回の練習会では、宮内庁楽師OBら、もっとも正統的な雅楽の専門家の指導のもとで、各楽器や舞の技術修得に努めています。小野雅楽会は、創設当初よりこうした雅楽の専門家を指導者に招いており、民間の雅楽団体ではきわめて稀有な存在です。
 活動内容としては、各地神社の祭礼やホールでの演奏といった国内の活動はもとより、昭和47年にアメリカ公演、同54年にはヨーロッパ公演を行い、翌55年にはフランスレコードのグランプリを受賞するなど、海外でも高い評価を得ています。





                 
        

雅楽の楽器

2015/ 09/ 24
                 
 笛の音が秋の夜のしじまを開いて響きわたり始めます。舞楽が始まります。

 打楽器の音も聞こえてきます。小野照崎神社の舞楽で使う楽器は、何と何と何だったのかなと、家に帰ってからあれこれ思いが浮かんでは消えました。

うろ覚えではしようがありませんので、まずは「雅楽」に用いられる楽器には、どんなものがあるのかを、「宮内庁 雅楽 公式サイト」をのぞいてみることにしました。


《宮内庁「雅楽」公式サイト》

雅楽には,日本固有の古楽に基づく神楽・倭やまと舞・東游あずまあそび・久米くめ舞・五節舞ごせちのまいなどの国風くにぶりの歌舞のほかに,外来音楽を基として作られた大陸系の楽舞すなわち中国系の唐楽と朝鮮系の高麗楽,そして,これらの合奏曲の影響で平安時代に作られた催馬楽さいばらと朗詠の歌物とがあります。演奏形式は,器楽を演奏する管絃と舞を主とする舞楽と声楽を主とする歌謡とに分かれています。使用される楽器には,日本古来の神楽笛・和琴などのほかに,外来の笙しょう・篳篥ひちりき・笛などの管楽器と,箏そう・琵琶びわなどの絃楽器と,鞨鼓かっこ・太鼓たいこ・鉦鼓しょうこ・三の鼓つづみなどの打楽器があります。

「雅楽の楽器」
雅楽には「管絃」「舞楽」および「歌謡」の3つの演奏形態があります。管絃は、唐楽を奏する器楽合奏であり、いわゆる「三管両絃三鼓」の楽器編成で奏します。
「三管」とは笙、篳篥、横笛の3種の管楽器を、
「両絃」とは琵琶、箏の2種の絃楽器を、
「三鼓」とは羯鼓、太鼓、鉦鼓の3種の打楽器をいいます。
また雅楽には管絃には用いられない楽器もあります。

「三管」
◇笙(しょう)
◇篳篥(ひちりき)
◇横笛(よこぶえ)

「両絃」
◇琵琶(びわ)
◇箏(こと)

「三鼓」
◇鞨鼓(かっこ)
◇太鼓(たいこ)
◇鉦鼓(しょうこ)

「その他」
◇三ノ鼓(さんのつつみ)
◇笏拍子(しゃくびょうし)
◇和琴(わごん)

 ・・・   ・・・   ・・・


「笙(しょう)」

・名称と構造
笙(しょう)笙(しょう)古くは「笙笛(しょうのふえ)」と呼ばれました。直径1.1ミリ前後の17本の細長い竹の管を、吹口のついた頭に円周上に並べて銀製の帯で留めた、独特の形をしています。伝説上の鳥である鳳凰が翼を休めている姿を模したといわれることから、「凰笙(ほうしょう)」とも呼ばれています。

笙(しょう)①.


・奏法と音色
笙(しょう)17本の竹管のうち、15本には響銅(さはり)という合金でつくった簧(した)(リード)がついており、竹管の下にある小孔を押さえることで、吹いても吸っても音が出ます。右手は親指と人差し指、左手は小指を除いた4 本の指、あわせて6本の指で小孔を押さえます。この特徴を生かして、和音を奏でる楽器として用いられます。この奏法を「合竹(あいたけ)」といいます。朗詠、催馬楽などのときは「一竹(いっちく)」(単音)で演奏します。その他の奏法に、手移(てうつり)、具(ぐす)、打(うつ)、叩(たたく)、移(うつる)、気替(きがえ)、残乍(のこりながら)、次第(しだい)などがあります。

②笙の奏法と音色

演奏の前と後には、必ず楽器を温めます。これは呼気による水蒸気が楽器の中に溜まらないようにするためで、舞台上で奏者が炭火(火鉢)の上で、全体が均一に温まるように手の中で楽器をくるくる回しながら温めます。昔は炭をおこした火鉢で温めていましたが、現在は炭火を用いることのできない会場での演奏会などでは電熱器が用いられることもあります。

音色は「天の声」を表しているともされ、全体を包み込むような、広がりを感じさせる音色が特徴です。笙の音はまた、合奏の音律の要となるもので、琵琶や箏が調絃をする際には、笙が基準音となります。

③笙の分解写真

・笙の分解写真笙の分解写真
笙の分解写真です。17本の竹管を頭(かしら)にはめこみ、帯で留めると出来上がります。頭に付いている吹口が6時方向にくるとすると、写真1番右の千という名の竹管が3時方向となり、以下1番左の比までを、時計回りに配列しています。



「篳篥(ひちりき)」

・名称と構造
篳篥(ひちりき)篳篥(ひちりき)「觱篥」「悲篥」とも書き、また、別名と「風管」「頭管」「茄管(がかん)」ともいいます。竹製に桜皮を巻き、表面に七孔、裏面に二孔のある管に、蘆でつくった舌(ダブルリード)を差し込んで吹きます。上部はやや楕円形に作られ、下部に向かって細くなっています。これはリードを管の上部に差し込んだときに、先端をよい具合に開かせるための工夫です。また、舌は蘆舌(ろぜつ)ともいい、蘆の一端を焼きごてでひしぎ、ダブルリード状にしたもので、もう一端はリング状になっています。そこに和紙を巻き、演奏前にお茶で湿らせることによって、楽器との密着を強めます。舌が開きすぎないように、藤で作った世目(せめ)をはめて吹きます。

④篳篥


・奏法と音色
篳篥(ひちりき)左手の親指で裏面の上部の孔を押さえ、左手の人差し指、中指、薬指で表面の孔を上から順に押さえます。右手の親指で裏面の下の孔を押さえ、右手の人差し指、中指、薬指、小指で表面の孔を順に押さえます。正面を向き、両頬に空気をためて膨らませて吹きます。

⑤篳篥奏法と音色

篳篥は本体が18.5センチ、舌が約6センチ弱という独特のバランスのため、管本体の大きさから想像されるよりはるかに豊かな音量が得られます。音域は約1オクターブと狭いが、吹き方を加減することで、同じ指遣いでも音程を変えることができます。この奏法を「塩梅(えんばい)」といいます。その他の奏法に、ノ(べつ)、由(ゆる)、スル、張(はる)、減(めらす)、押(おす)、下篳篥(したひちりき)などがあります。

・合奏では主旋律を担います。
管箱に収められた状態の篳篥管箱に収められた状態の篳篥

⑥篳篥収納

篳篥が管箱と呼ばれる容器に収められた状態です。管箱には銅製の白木の箱や、檜扇を閉じたような形の箱に漆を塗り、さらには蒔絵を施したものまでありますが、写真は蒔絵を施した立派なものです。



「横笛(よこぶえ)」

・名称と構造
横笛(よこぶえ)横笛(よこぶえ)横笛には、横笛(おうてき)、高麗笛(こまぶえ)、神楽笛(かぐらぶえ)の三種があります。横笛は主笛(おもぶえ)、龍笛(りゅうてき)とも、または単に笛ともいいます。管絃に用いられるのは、このうち龍笛のみです。

⑦龍笛 三種

龍笛は主として唐楽を演奏する楽器で、全長約40センチ、直径が尾端で1.2センチです。表皮を剥ぎ取った竹に、桜皮(かば)や籐を細く裂いて紐状にしたものを巻きつけ、漆で固めています。指で押さえる孔は七孔です。

⑧龍笛の奏法

・龍笛の奏法
横笛(よこぶえ)歌口に近い三孔を左手の人差し指、中指、薬指で、残り四孔を右手の人差し指、中指、薬指、小指で押さえます。左手は菅の向こう側から、右手は管の向こう側から、右手は管の手前側から持ち、下唇で歌口を半分ほどふさぎ、管の内側・外側の両方に息が出るように吹き込みます。篳篥とは異なり、上半身は正面、下半身は右斜めになるように構えて吹きます。奏法には動(うごく)、由(ゆる)、叩(たたく)、減(めらす)、折(おる)、懸吹(かけぶき)、責(せめ)、和(ふくら)などがあります。

主旋律を担う篳篥に対し、幅の広い音域を生かして主旋律を彩る働きをします。ほとんどの曲は、龍笛の独奏で始まるため、合奏全体のテンポを決める重要な役割を担っているのです。

名手として、村上天皇、堀河天皇、貞保親王の名が挙げられます。

・高麗笛と神楽笛
高麗笛は、高麗楽や東遊に用いられます。神楽笛と同じく六孔で、3種の横笛の中で最も短く、最も高い音が出ます。神楽笛は和琴とも神楽に用いられる日本古来の笛です。指で押さえる孔は六孔で、三種の横笛の中で約45センチと最も長く、したがって筒音も最も低いのです。3種の横笛の中で最も高貴な笛とされています。龍笛のように力強い息ではなく、「半息」といって柔らかく奏します。



「琵琶(びわ)」

・名称と構造
琵琶(びわ)琵琶(びわ)「比巴」「枇杷」とも書き、俗琵琶に対し「雅楽琵琶」「楽琵琶」ともいいます。また、三尺五寸であることから「三五」ともいいます。4本の絃と4個の柱(じゅ)を持ち、絃を響かせる胴、音の高さを決める柱をつける鹿頸(しかくび)、絃を調絃する転手のある半手(はんじゅ)の三部分から成ります。頸はほぼ直角に曲がっています。

木製であるが、1種類の木で作られているのではなく、部分により紫檀、桑、沢栗(さわぐり)、桜などが用いられています。撥(ばち)は柘植、柱は檜。撥が当たる撥面には革が張られています。

・奏法
琵琶(びわ)水平に構え、撥で弾きます。低い音の出る太い絃から高い音のでる細い絃に向かって複数の絃を鳴らすアルペジオ奏法が基本で、下から半円を描くようにゆっくりと撥を上げ、一気に引きおろして弾く掻撥(かくばち)、二絃ずつ鳴らす割撥(わりばち)、高い絃から低い絃に向かって弾く返撥(かえしばち)、柱を押さえて隣の絃を同じ音にして弾く掻洗(かきすかす)などの奏法のほかに、叩(たたく)、弛(はずす)などがあります。

・弾いているときと調絃するとき以外は、覆手(ふくじゅ)の中にあけられた陰月(いんげつ)というスペースに撥をしまっておきます。調絃の際は撥を覆手からとって脇に置いておき、調絃がすむと、撥を覆手の内側に戻します。この行為が、他の奏者にとって、琵琶の調絃がすんだという合図になります。


「箏(こと)」

・名称と構造
箏(こと)箏(こと)雅楽に用いられる箏であることから、「俗箏」に対して、「楽箏」と称されることもあります。また、「仁智(じんち)」ともいいます。

縦に長い形をしていますが、その形は龍の臥せた姿に見立てられ、両端が龍額と龍尾と名付けられています。絃は13絃で、向こうから手前に順に一二三四五六七八九十斗為布(といきん)と呼びます。各絃と胴の間に「柱(じ)」を挟み込んで調絃します。絃は黄色く着色した絹糸です。桐製の胴の中は空洞になっており、底面の両端近くに「龍呴」(りゅうく)(音穴(いんけつ))と呼ばれる二つの共鳴穴があいています。寸法は一定していませんが、京都御所で用いられていた官物の箏「遠雁」は全長は約189センチ、横幅24~25センチです。近世の箏はこの寸法を模して作られることが多いです。

・奏法
箏(こと)右手の親指・人差し指・中指に竹の爪をはめて演奏します。爪は細く裂いた煤竹(すすたけ)に、鹿などの動物の革を巻いて作ります。

右に龍額、左に龍尾となるように置き、楽座(胡坐)して弾きます。爪をはめていない左手は柱の左側の絃の上に置き、爪をはめた右手は人差し指、中指、親指の順で弾きます。奏法は大別して二種類に分かれ、軽快な感じの「早掻(はやがき)」と、ゆったりした感じの「閑掻(しずがき)」があり、曲調によって使い分けています。

・演奏中、弾くことを休止しているとき、右手は「鶏足(けいそく)」という形を取ります。これは人差し指と中指の先を親指につけて輪を作り、薬指と小指は絃に対して垂直に延ばしたもので、箏を弾く上で重要な作法となっています。


「鞨鼓(かっこ)」

・名称と構造
鞨鼓(かっこ)鞨鼓(かっこ)「羯鼓」と書く場合もありますが、雅楽では「鞨鼓」の字を用います。ごくわずか中央部分が膨らんだ円筒形の胴の両側に、馬革を張って胡粉を塗った鼓面を置き、その鼓面同士を革紐で締め上げています。胴は樫、桜などの硬い木で作られており、長さは約30センチ、直径15センチです。胴には牡丹の花が描かれることが多いです。鼓面は直径約24センチですが、叩ける部分は直径約7~8センチほど。演奏者は位置の都合上、鼓面を直接見られません。熟練を要する楽器です。

・奏法
鞨鼓(かっこ)鞨鼓を演奏することを「掻く(かく)」といいます。細長い2本の桴を左右に持ち、横から円を描くように掻きます。鞨鼓の基本的奏法8種類あり、「鞨鼓八声」として奈良時代の光仁天皇の時代に定められていたが「来(らい)」という、次第に速くなるトレモロ奏法が主な奏法で、片手で行う「片来(かたらい)」と、両手で行う「諸来(もろらい)」があります。また、「正」という奏法もあり、これら3つを組み合わせてさまざまに演奏します。

・合奏の際において果たす役割は重大で、全体の流れを司っています。管絃においては、鞨鼓奏者が台にさしてある桴を構えると、曲を始める合図となり、舞楽の終わりも、鞨鼓がそれまでとは違う拍子を提示することで演奏が終結へと向かいます。楽部の演奏では、楽師が着座して演奏を始める前と、演奏終了後の2回、鞨鼓奏者のみが礼をします。長老が担当する指揮者的な役割を担う楽器です。



「太鼓(たいこ)」

・名称と構造
太鼓(たいこ)太鼓(たいこ)正式な舞楽に用いられる巨大な「大太鼓(だだいこ)」と、管絃や小規模な舞楽に用いられる「釣太鼓(つりだいこ)」、野外の道行の際に用いられる「荷太鼓(になだいこ)」があります。釣太鼓は「楽太鼓」とも呼びます。

大太鼓は太鼓を囲むように巨大な火焔形の装飾があるため、「火焔太鼓」とも呼ばれます。火炎の上方中央からは1本の棹が伸びており、舞台に向かって左側(下手)の大太鼓には太陽を表す装飾が、向かって右側(上手)の大太鼓には月を表す装飾があります。直径約127センチ、厚さ約100センチの胴の両側に直径約191センチの鉄輪を置いて革を張り、その一対の革同士を紐で締め上げています。架台から棹の先の装飾までの高さは約6メートルです。

釣太鼓は、直径約50センチ、厚さ約15~20センチの胴の両面に革を張り、4つの足のついた円形の枠に吊るしています。枠の両側には金属製の輪がついており、演奏しないときは、桴をここにかけておきます。

・奏法
太鼓(たいこ)大太鼓、釣太鼓ともに桴を両手に持って打ちます。左の桴を「図(ずん)」、右の桴を「百(どう)」といい、左桴を先に、次に右桴を打つ合桴が基本の奏法です。左の桴は右の桴よりも少し弱めに打ちます。大太鼓は立って、釣太鼓は座して打ちます。管絃の合奏の際には舞台最前の中央に座します。


「大太鼓(だだいこ)」

大太鼓(だだいこ)舞楽に用いられる太鼓で、舞台の左右両端に一対で並べられます。左側は龍、太陽、金色、右側は鳳凰、月、銀色でデザインされ、前者は陽・奇数、後者は陰・偶数を象徴します。舞楽では左舞と、右舞が交互に舞われますが、左右の大太鼓はおのおのの舞が象徴する世界を図像として表現しています。
直径は2メートル前後もあります。


「鉦鼓(しょうこ)」

・名称と構造
鉦鼓(しょうこ)鉦鼓(しょうこ)金属製の打楽器です。舞楽に用いる鉦鼓を大鉦鼓(だいしょうこ)、管絃に用いる小型の鉦鼓を釣鉦鼓(つりしょうこ)、携帯用のものを荷鉦鼓(にないしょうこ)と呼びます。一般的に鉦鼓といえば、釣鉦鼓のことです。釣鉦鼓は、木製の枠に三方から紐で吊るした鉦(かね)(皿状の金属板)の凹面を2本の桴で打ちます。青銅製で、鉦の直径は約15センチです。対して大太鼓と荷鉦鼓は真鍮製が多いです。大鉦鼓の直径は『楽家録』によると約36センチ(楽部のものは24センチ)、荷鉦鼓は『楽家録』によれば約24センチ(楽部のものは21センチ)です。大鉦鼓には、鉦を囲むように大きな火焔形の装飾があります。釣鉦鼓にも枠の上部中央に火焔を表す装飾があります。鉦鼓の使用が確認されるのは平安時代になってからで、奈良時代の文献には見当たりません。

・奏法
大太鼓、釣鉦鼓とも桴の下端を両手で持つが、両手は離さず、親指の付け根あたりでつけておきます。鉦鼓は「打つ」とはいわず、「摺る(する)」といい、演奏する際はゆっくりと持ち上げた桴を鉦の中央に落とし、そのまま摺るように鉦の下端まで滑らせて止めます。両手で摺る場合は、必ず左桴を一瞬早く摺ります。大鉦鼓は立って、釣鉦鼓は座して演奏します。

・合奏において鉦鼓は太鼓や鞨鼓の音色を、その金属特有の高い音色で装飾する役割があります。そのため、太鼓に付随して打たれることが多く、太鼓にわずかに遅れて打ちます。



「三ノ鼓(さんのつづみ)」

・名称と構造
三ノ鼓(さんのつづみ)三ノ鼓(さんのつづみ)三ノ鼓は壱ノ鼓から三ノ鼓まである腰鼓(首から紐で吊り下げ腰の高さに鼓面がくる太鼓)の一種です。杵のようにくびれた胴を持つ、枠つきの締め太鼓です。これらは推古天皇の御代に伝えられたとされますが、そのうち演奏に使用されるのは三ノ鼓だけとなり、演奏法も腰に下げず下に置くように変わりました。古くは「三鼓」と書きましたが、鞨鼓、太鼓、鉦鼓の3つを指す「三鼓」との混同を避けるために、最近では「ノ」を入れて「三ノ鼓」と書くことが多いです。『楽家録』によれば、革の径は42.4センチ、胴長45.5センチ、胴の口径21.8センチほどであります。

・奈良時代には唐楽に用いられ、奏法も右は桴、左手は素手で打つものでありましたが、平安中期に高麗楽、伎楽にも用いられるようになり、鎌倉時代にはほぼ高麗楽のみの楽器となりました。現代は高麗楽と右方の『陪臚』『還城楽』『抜頭』、および右方舞終了後の『長慶子』(退出音声として)に用いられています。

・奏法
左手は調緒(しらべお)(鼓面を結んでいる紐)を按じるのみで右手の桴で打ちます。



「笏拍子(しゃくびょうし)」

・名称と構造
笏拍子(しゃくびょうし)笏拍子(しゃくびょうし)和琴とともに日本古来の楽器とされており、束帯装束の際に手に持つ「笏」を2つに割った形をしています。通常、長さ約35~36センチ、幅は上部が3.5センチ,下部が2.5センチです。黄楊製が多いですが、桜や梅、櫟や枇杷などで作られることもあります。神楽、東遊、大歌、久米歌などの儀式音楽や催馬楽などで歌いながら打ちます。朗詠には用いられません。

・奏法
笏拍子(しゃくびょうし)左手は切り口を手前に向け、右手は切り口を左にして、幅の狭いほうを手に持ちます。下部は両手をつけたまま、上部のみを開いて打ち合わせます。

・和琴とともに日本古来の楽器のひとつとされており、手に持つ笏をイメージして作られたといいます。



「和琴(わごん)」

・名称と構造
 和琴(わごん)和琴(わごん)わが国固有の儀式に用いる絃楽器で、倭琴と書く場合もあるほか、大和琴、東琴、6つの緒など多くの別称を持ちます。

細長い形をしていますが、頭部から尾にかけて広がっています。箏と同じく桐でできており、尾部には5か所の細い切れ込みがあり、絹の縒紐(よりひも)でできた「葦津緒(あしづお)」(絃を巻く緒)が装飾を兼ねてからげてあります。裏板には頭部に「音穴(おんけつ)」、中央部に「下樋(したび)」という2つの共鳴穴があります。絃は六絃で、手前から一二三四五六と呼びます。絃は絹糸でできており、絃と胴の間にはさみこんで調絃の役割を担う柱(ことじ)には、二股の楓の枝を皮付きのまま用います。寸法は、官物の「河霧」の場合、全長は約194センチほどで頭部が約16センチ,尾部が約24センチ、尾部の切れ込みは4.5センチです。

・奏法
和琴(わごん)箏とは異なり、爪を使用せず、その代わりに琴軋(ことざき)という、長さ約8センチほどの鼈甲製のピックを右手に持って弾きます。六絃から一絃に向かうアルペジオを『順掻(じゅんがき)』、その逆を『逆掻(ぎゃくがき)』といいます。順掻・逆掻ともに弾いた後、左手指で余韻を消し、特定の音の余韻を響かせるのが和琴の特徴的な弾き方です。

順掻で第三絃を残して音を止める「三(ざん)」、逆掻で第四絃を残して音を止める「四(じ)」の他、左手の指で二三四五の順で弾きながら指を折っていき、小指のみ伸ばして六から一まで弾く『折(おる)』、右手の琴軋で向こうへ一二三四と弾いていき、左手の薬指と親指で五と二の絃を同時に摘み上げ、次に右手の琴軋で四の絃を跳ね上げるように弾く『摘(つむ)』奏法が基本です。

・和琴は日本固有の楽器であったものが奈良期に外来した箏類の影響をこうむって変化し、現在伝わる形に落ち着いたといわれます。全長は約194センチ、横幅は頭部から尾にかけて広がっていき、頭部で約16センチ、尾で約24センチです。絃は絹製です。




                 
        

2015年9月23日

2015/ 09/ 23
                 

 田舎に、お墓参りに行ってきました。

 墓前に佇んでいたところに、兄夫婦がやってきました。
 タイミングというのは、不思議なものですね。


 家に戻って、一息ついてから東京に出かけました。


 きょうの目的地は、日比谷線入谷駅近くの、小野照崎(おのてるさき)神社ですが、入谷の鬼子母神(きしもじん)にはまだ行ったことがなかったので、立ち寄ってみることにしました。


 入谷の鬼子母神で名高い真源寺は、下谷七福神のうち、福禄寿を祀っているお寺です。

 「下谷七福神」
・元三島神社 - 寿老人
・入谷鬼子母神 - 福禄寿
・英信寺 - 大黒天
・法昌寺 - 毘沙門天
・弁天院 - 弁財天
・飛不動尊正宝院 - 恵比寿
・寿永寺 - 布袋



 「秋季例大祭」は午後6時から始まるのですが、1時間以上も前に着いてしまいました。100席ちょっとの椅子が用意されていました。
 

 小野照崎神社の秋季例大祭 神賑
   九月二十三日

 「足利学校」 六時~七時
  著名文化人をお招きし、日々の生活の中で、見落としがちな日本の古からの伝統や文化を知り、日本を見つめ直す講演会

 講演者 木田孝朋先生
  ・演題「戦後七十年と三島由紀夫」
 〈プロフィール〉
 現神社本庁 財政部長
 國學院大學にて神職資格明階を取得され、神社本庁に奉職。要職を歴任され、今年、終戦70年にあって表題の論文を発表。
 神社界を司る神社本庁の立場から、絶えず神社や伝統文化、そして日本を考え続けてきた講師からの日本を考える講演会。


「雅楽の夕べ」 七時~八時
 中秋の夜の下、本殿前にて行われる悠久の「舞学」を、時の過ぎ行くままにお楽しみください。

 公演 小野雅楽会
  ・舞楽  「萬歳楽」 「仁和楽」 
 〈プロフィール〉
 約千四百年の歴史をもつ雅楽の生命力を絶やすことなく継承、伝承、振興することを目的として、明治二十年に発会。宮内庁式部職以外の民間雅楽演奏団体として最も古い研究し歴史と伝統をもつ。
 研究誌「雅楽会」「雅楽事典」の発行、国内外の公演、CDの発売など雅楽の普及に努めている。昭和五十四年フランスレコードグランプリ受賞。平成十二年、東京都台東区無形文化財に指定。
 

  舞楽が始まるあたりから、立ったまま観賞する人がどんどん増えてきました。


 木田先生が用意した『神道文化 第二十七号』(三十部ほど用意、無料)を、帰りがけに頂くことができました。


 帰りの電車の中で、花見桂子三輪里稲荷神社宮司の『身命奉仕 ~境内に響くアリア~』と、木田孝朋神社本庁参事の『三島由紀夫の作品における「神道」の話』を読みました。



                 
        

 さきたま緑道 秋の花

2015/ 09/ 22
                 
  鴻巣川幅うどんのノボリがはためいているお店を、このところ二軒続けてお邪魔しています。
 その帰り道、久しぶりに「さきたま緑道」に寄ってみました。

②さきたま緑道20150920


 JR高崎線北鴻巣駅近くの鴻巣市「近隣公園」から武蔵水路に沿って、行田市「さきたま古墳公園」までのおよそ4.5km、幅員25mの遊歩道と自転車道のある「さきたま緑道(昭和58年に一部開通し、平成元年11月に全線開通)」には、 彫刻50体(平成元年開催の「第4回国民文化祭さいたま'89」公募入選作品)がいたるところに展示されています。


 地元サークルの皆さんの手造りの花壇のあちこちで、秋の花が出迎えていました。

①20150920さきたま緑道

③

⑫

⑤

⑥



「さきたま緑道」が、「元荒川」を横切ります。
⑧

「緑道さかい橋」まであたりが、ひところの散歩の片道到達点でした。
⑨

鴨が羽を休めています。
⑩

このあたりでは、赤とんぼはまだみかけません。(背景の緑は「サトイモの葉」です)
⑪

                 
        

松永安左エ門・小林一三・高橋是清

2015/ 09/ 21
                 
NHK放送90年ドラマ 経世済民の男  ~NHKオンライン~

 こいつら大胆不敵

 日本が近代的な国民国家を目指した明治元年から、間もなく150年。
 明治・大正・昭和の激動の時代、国民生活は大きく変化し、「経済大国」と呼ばれるまでになった。
 かっての「経済大国」日本はどのように生み出され、そして危機を乗り越え、成長して行ったのか。
 現在の日本を「創った」といえる3人の経済人。
 高橋是清・小林一三・松永安左エ門。
 その生涯を描くため、3放送局で放送90年ドラマを制作します。


人呼んで「日本のケインズ」
 高橋是清
 主演・オダギリジョー
8月22日(土)・29日(土)
総合午後9時から
〈東京制作〉


阪急電鉄・宝塚歌劇の創始者
 小林一三
 主演・阿部サダヲ
9月5日(土)・12日(土)
総合午後9時から
 〈大阪放送局制作〉


高度成長を支えた電力の鬼
 鬼と呼ばれた~松永安左エ門~
 主演・吉田綱太郎
9月19日(土)
総合午後9時から
 〈名古屋放送局制作〉



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鬼と呼ばれた男 松永安左エ門

番組のみどころ

 放送90年にふさわしい豪華キャストを迎えて
 名古屋から全国にお送りするスペシャルドラマ!!

 戦後日本の復興のために、七十歳を過ぎてなお不屈の精神で逆境に挑んだ、松永安左エ門の「一世一代のケンカ」を描くと共に、現代の高齢化社会に生きる人々に「晩節のあり方」を問いかけます。

 戦後日本の高度経済成長の礎となる、電気事業の分割民営化を成し遂げ「電力の鬼」と呼ばれた男、松永安左エ門。
 福沢諭吉の門下生として"独立自尊"と"民"の精神を受け継いだ松永は、焦土と化した日本にあってその未来を見つめ、復興と成長を目指し、命を賭して逆境に身を投じる決意をする。
 今、鬼と呼ばれた男、松永安左エ門の闘いが始まる――。


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小林一三

小林一三の生涯

 明治6年(1873)1月3日山梨県韮崎市生まれ。慶應義塾卒業後、三井銀行に勤務。銀行の元上司で北浜銀行を設立した岩下清周に誘われ、新設する証券会社の支配人になるために明治40年(1907)大阪に赴任するが、恐慌に見舞われ証券会社の話はなくなり、妻子を抱えて無職となってします。
 その頃、同じく景気悪化で頓挫しかかっていた箕面有馬電気軌道を、沿線の住宅開発とセットで行うという独創的なアイデアで見事実現に導く。その後も鉄道事業を、大阪~神戸間を結ぶ大動脈として発展させ、世界初のターミナルデパートを開業し、少女のみの「宝塚少女歌劇」や演劇映画の「東宝」を設立するなど、大衆のニーズをいち早くつかんで次々と事業を成功させていく。
 その手腕が買われ、東京電燈に招かれ経営を立て直し、昭和15年(1940)には第二次近衛内閣の商工大臣に任命される。多方面にわたる活躍で近代日本の実業家に大きな影響を与えた。享年84.

[前編のあらすじ]
 明治27年(1819)。 甲州の裕福な家の生まれである小林一三(阿部サダヲ)は、三井銀行・大阪支店で趣味の小説を書きながらのんびり働いていた。ところが、新しい支配人として岩下清周(奥田瑛二)が着任してから生活が一変。独断で融資を決めるなど破天荒な岩下に振り回され仕事漬けの日々に陥いるも、同時に銀行の仕事の面白さを知る。ところがその矢先、独断専行が目立つ岩下は辞任に追い込まれ、一三も転勤に・・・。
 その後北浜銀行を設立した岩下に「新会社の社長にならないか」と誘われ、三井銀行を辞め大阪に飛び戻るが、翌日から株式市場が暴落。一三は岩下から北浜銀行が関わっていた行楽電車「箕有電車」事業の清算業務を任されることに。景気のあおりを受けた箕有電車を哀れに思った一三は、妻・コウ(瀧本美織)のひとことで画期的なアイデアを思いつき、弱小電鉄の再生に向け動き出す・・・。

[後編のあらすじ]
 無事に箕有電車を開業した一三だったが、客足は伸びない。家族で出かけられる場所をつくるため、一三は女子だけのオペラを上演することを思いつき、宝塚少女歌劇団を設立する。そんな時、箕有電鉄の大株主である北浜銀行の頭取・岩下が疑獄事件に巻き込まれ失脚。北浜銀行は事実上の倒産に追い込まれてしまう。一三は借金をして北浜銀行所有の箕有電車株を全て買い取り、名実ともに自分の会社にする。さらに苦しい状況も承知の上で路線を伸ばし、大阪から神戸までの大動脈・阪神急行電鉄を創業。駅に隣接する百貨店を創業するなど画期的なアイデアで事業を拡大していくが、日本は戦争の時代を迎えようとしていた・・・。


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高橋是清

[前編のあらすじ]
 高橋是清(オダギリジョー)がアメリカ留学から帰国すると、日本は明治維新、時代が大きく変わっていた。初代文部大臣・森有礼(谷原章介)の書生となり、得意の英語を活かし大学南校三等教授手伝いとなるが、芸者遊びに熱中し辞職。そのまま芸妓の桝吉(壇蜜)に養われる。借金返済のため、九州の唐津に英語教師として18歳で単身赴任。しかし、東京に戻った時、桝吉の姿は消えていた。その後、東京英語学校や文部省の通訳など役職に恵まれた是清だが、好奇心からさまざまな事業や投資に手を出し失敗を繰り返す。しかし、その経験が後の是清を培っていく。森有礼の薦めで官職に就いた是清は、33歳の時、特許局の初代局長となる。ところが、その直後、前田正名(藤本隆宏)に請われ日本の未来のためと職を辞し、ペルーの銀山経営に向かうのだが・・・。

[後編のあらすじ]
 ペルーの失敗の責任をとって、職も財産も失った是清だが、日銀新庁舎の工事責任者として採用される。さまざまな無駄を指摘し、工期短縮を実現すると、その手腕を認められ、日銀に正式に採用される。明治37年(1904)、49歳の是清は、日銀副総裁。 日露戦争の戦費調達のためロンドンに派遣される。失敗すれば日本の敗戦が決定的に。是清は米国の富豪、ジェイブ・シフと出会い、見事難局を乗り切ってみせる。その後、政治家に転身。7度の大蔵大臣、総理大臣を務める。田中義一内閣の時、昭和金融恐慌処理。犬養毅内閣では、世界恐慌による混乱する日本経済に大ナタを振るい、世界最速でデフレから脱却させる。しかし、財政を預かる是清と軍費拡大を要求する軍部との間に大きな軋轢が生じてくる・・・。




                 
        

父の書斎 1 小林一三の封書

2015/ 09/ 21
                 
 

 父の書斎といっても、書斎として独立した部屋があるわけではありません。
 むしろ、父の本棚と題したほうがピッタリくるのかもしれません。
 その本棚ですが、六つの場所に十か所設けられていました。買い求めた本棚は一つです。うち二つは家を建てる設計段階の時から設置されていました。

 父はエンジニアでしたが、マイホームの設計は自前でした。設計図は無論のこと、絵図も描き、マッチの軸や爪楊枝、和紙などを用いて縮尺した我が家を予め作って、大工の棟梁と事前に念入りに打ち合わせしてから、新築工事に入りました。
 大工の棟梁は、〇〇さんといって、親方から独立して初めての「俺が建てた家」となったということもあり、お互いが息ピッタリの間柄となりました。
 当時としては珍しい、太陽光温水装置も屋根一面に設けました。

 寝室として使われる八畳間に隣接する、南側に面している明かり取りの間は、四畳の広さですが、ここの東側の三つの面に、自ら大工した本棚を設けました。

 居間は六畳間です。ここも南側に板の間を設け、そこにがっしりした本棚と合わせ、自分で手造りした本棚を置きました。

 母が長野の松本に住んでいた時、安曇野の森島千冴子先生に、機織りと草木染の手ほどきを受けました。群馬の家に戻ってから、父は、母のために機織り小屋を用意しました。この部屋は二部屋あり、一つは機織り小屋、一つは書庫として使われました。勿論、〇〇さんに頼んだ建物です。
 その書庫の南面と北面に本棚を設けました。機織り小屋にも本棚を設置しました。何れも父の手造りです。

 平屋建てのこの建物は、その後何度か増築など手を加えています。
 ○○さん、如何お過ごしですか。



 NHKテレビ、9月19日(土)夜9時からの放送90年記念ドラマ経世済民の男⑤「電力で戦後日本の復興を! 鬼と呼ばれた男・松永安左ェ門」を、見ることができませんでした。外出前、ビデオをセットしようと思っていたのですが、ついつい失念していました。再放送もある(おそらく深夜)はずですので、その時はビデオセット忘れずにしようと思います。

 私の手元に、「電力の鬼 松永安左ヱ門」というほどよく体裁の整った本が遺っています。私が古本屋街で手にしたものと思い込んでいましたが、学生の頃帰郷した折に、父の本棚の一隅にあったものを取り出して、そのまま返さなかったというのが本当のところかもしれないなと、今は思っています。
 なんとなれば、父の本棚には、木川田一隆(※)を著わした「木川田理念」という本も揃えてあったことを覚えているからです。

《(※)木川田一隆:福島県伊達市.1899-8-23~1977-3-4.「企業の社会的責任」を唱導した.》


 「電力の鬼 松永安左ヱ門」の本を探そうと、2階の八畳間に置かれてある段ボール箱をかたはしから開けて探そうかと思ってもみたのですが、如何せん、どの箱に入っているのか見当もつきません。

 何気なく、プラスチックケースの引き出しをのぞいたところ、大阪府池田町 小林一三 と封筒の裏面に書かれた文字が目に留まりました。畔田明(くろだあきら.長野県出身.生没年確認中.元衆議院議員.乗鞍岳の遭難で九死に一生を得た.)宛となっています。

小林一三封書裏面①

小林一三封書表面②

小林一三封書 文面前段③

小林一三封書 文面後段④



                 
        

ノウシントウ

2015/ 09/ 20
                 
 「小さな旅 長野県菅平 ラグビー合宿の聖地で」
 NHKテレビ、毎週日曜日、朝8時からの25分番組。
 洗濯がすんで、居間で憩のひと時。
 
 菅平・峰の原高原は、MUCCHANとの一コマ一コマの思い出の地、などと思いながら・・・。

 ラグビー練習場が画面から飛び出してきました。
 高校生が脳震盪で倒れています。 看護師さんが介抱しています。


 高校生のとき、ラグビーの練習中、脳震盪をおこし、私はしばらく意識を失っていたそうです。
 Aのタックルをうけてそのまま転倒。体がエビのようにしなって、そのまるまってしまう力は凄かったそうです。三人がかりで私をおさえつけてようやっと折曲がるのを防いだそうです。
 私がポッカリ目を見開いたとたんに、無意識にかかっていた脚の力が一気に抜けたそうです。
 A、Bたちののホッとした顔が私の前にありました。
 (話の筋に関係ありませんが、この二人は、後にOB会会長をそれぞれ歴任しています。)

 周りを見回してみると、校舎の窓から、たくさんの顔顔顔がこちらをみやっていることに、気がつくことにもなりました。

 脳震盪をおこしたなどという自覚は、全くなかったのですが、保健室に行ってしばらく休んでこいと、C先生がいいますので、生まれて初めて、保健室のベッドにもぐりこむ機会を得ました。
 (質実剛健であるべきはずの男が、保健室のベッドに入るなどというのは、まことにもって不本意だとは思ったのですが…)

そういえば、効き足でないほうを使って、サッカーボールを思いっきり蹴った、・・・と思ったところ、なんでだか知らん、地球という丸いボールに指先がモロにぶつかり、親指の爪を全て剥がしてしまったことがありました。これも、高校の授業での練習中の出来事でした。

※ C先生は、走り幅跳びのオリンピック候補選手でしたが、大怪我をして出場の機会が絶たれた方です。先生をモデルとしたテレビドラマも見ました。ドラマとしても欠かせない、ずっと付き添っていた女性の存在がありました。実生活での奥様に、一度はお会いしたかったです。
 ご健在のことと存じます。




                 
        

小野照崎神社 「足利学校・雅楽の夕べ」

2015/ 09/ 19
                 
 

源経基館跡と伝えらる遺跡に行ってきました。

⑪伝源経基館跡2015年9月
 遺跡:伝源経基館跡


③20150919
 曼珠沙華


 荒川の堤まで足をのばしてみました。

モンキチョウ20150919
 モンキチョウ

アゲハチョウ20150919
 アゲハチョウ

シラサギ20150919
 シラサギ


 秋の澄みきった空気を通して、笛の音がかすかに聴こえてきました。

↓↑↓ 笛の音に誘われて、何故に小野照崎神社に辿り着いたかという説明は省略ということに…↑↓↑

 その笛の音に誘われて辿り着いたのが、東京都台東区下谷の小野照崎神社(おのてるさきじんじゃ)でした。




《小野照崎神社(H27.09.18)公式サイトよりお届けします》
「足利学校・雅楽の夕べ」9月23日 午後6時~8時

当社が上野照崎の地より、現鎮座地に遷った9月19日を祝う秋季例祭の神賑として、23日の秋分の日に、神前特設舞台にて「足利学校・雅楽の夕べ」を催します。
 秋分の日は、「祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ」ことを趣旨としています。今年の「足利学校」は、神社本庁 財政部長 木田孝朋先生をお迎えして、「戦後70年を機に、私たちの祖先や国を考える」をテーマとした節目の講演となります。
 また、心地の良い秋の風を感じながら、雅楽の奉納演奏を納める「雅楽の夕べ」も同時に催されます。
 全席無料での公開行事となっておりますので、お誘いあわせの上、ご家族でお運び頂ければ幸いです。


9月23日  午後6時 「足利学校」
             演題「戦後70年と三島由紀夫」
       午後7時 「雅楽の夕べ」
             舞楽「萬歳楽」「仁和楽」


                 
        

先ごろ、信州に行ってきました。リンゴいくつか

2015/ 09/ 17
                 
 「紅玉」が目につきました。一般的には、10月に入ってから収穫するりんごです。食するにはまだちょっと早いサイズだとは思いましたが、小振りで可愛らしいので、ついつい手に取ってしまいました。

 新しい品種の、「トキ」、そして「シナノドルチェ」。
 食べたことありますか。
 「トキ」は、2004年に品種登録された青森県で生まれた黄色りんごです。
 「シナノドルチェ」は、長野県生まれで、2005年に品種登録されました。

①リンゴ3種
・左:紅玉.・中:トキ.・右:シナノドルチェ.


②トキ
トキ:
 青森県を代表する黄色りんご。 さわやかな甘みと香りが特長。 2004年に品種登録 された、皮は浅黄色、実は淡い黄色の新しい品種。酸味は弱く、コクのあるさわやかな 甘みとシャキシャキとした食感が好評です。


③シナノドルチェ
シナノドルチェ:
  長野県生まれの新しい品種。 香りがよく果汁もたっぷり。 2005年に品種 登録された長野生まれの品種で、当時の長野県知事・田中康夫氏が名付け親とされ ます。甘味と酸味のバランスがよく、果汁の量の多いことも特長。


④紅玉
紅玉:
 果実は200g程の小ぶりのリンゴで、表皮が名前の通り真っ赤に色付きます。果肉は緻密でしまりがあり、煮込んでも煮崩れしにくい肉質をしています。 甘味は十分にありますが、それ以上に酸味がしっかりとしていて香りも活き活きとしています。
 この香りと酸味が持ち味で、近年の甘さ重視のリンゴに比べ、ヨーロッパやアメリカなどで昔から作られてきたタルトタタンやアップルパイを作るには適しています。
 

 「染谷りんご園」《群馬県沼田市久屋原町69-1.℡0278-23-0047)のHPから、「紅玉」のページを引用してみましょう。
 《明治時代以降にアメリカから多くのりんごが導入される中でアメリカ原産の”ジョナサン”という小ぶりで真っ赤なりんごが渡ってきました。そして昭和に入って日本で新たに選抜育成されたものが”紅玉”と命名され、日本での歴史をスタートしました。
 日本でも次々と品種改良がなされ現在では当時の品種はほとんど栽培されていません。その中にあって紅玉は独特の酸味の利いた食味、色、そして手料理用としては今だに右に出る品種が無く、その個性は根強い人気を誇っています。
 生産者から見た紅玉はとても樹に元気があり病気にも強いのが特徴ですが、樹1本当たりの収量は若干少なめです。食味は酸味が強いことが得取り上げられますが、完熟を迎えた紅玉は他の品種よりも糖度が高いのです。その濃厚さは食べ比べてみるとハッキリわかります。すっぽりと手に収まるその中に秘めたパワーを感じる・・・そんなりんごです。

「紅玉」  
・全糖(%): 8.74
・リンゴ酸(%): 0.72
・ペクチン(%) :0.476
・カリウム(ppm): 1526

「つがる」
・全糖(%):  10.88
・リンゴ酸(%): 0.13
・ペクチン(%) : 0.244
・カリウム(ppm): 1378

「ふじ」
・全糖(%):  9.27
・リンゴ酸(%): 0.28
・ペクチン(%) 0.459
・カリウム(ppm): 1015

【参考】平成14年度 青森県工業系試験研究機関報告書
※年度により多少のばらつきがあります。 》


                 
        

馬力屋の川幅鴨汁うどん

2015/ 09/ 16
                 
 前回一人のときは、「蕎麦屋の馬力屋」の評判のもと、ソバを食べに行きました。
 そのとき、お品書きをみたら、「川幅鴨汁うどん」も載っていました。


 今回は二人で、くだんの「川幅鴨汁うどん」を食べに行きました。
 麺も汁もカモも口に合いました。
 好物のナスが入っているとのことでしたので、野菜天ぷらも頼みました。
 
 
①馬力屋川幅鴨汁うどん

②つけ汁

④野菜天ぷら



 馬力屋
 埼玉県鴻巣市滝馬室948-1
 電話 048-542-9055
 営業時間 11:15~14:30
        17:30~22:00
 定休日  木曜日の夜の部 
※川幅鴨汁うどん 900円
※野菜天ぷら(三品:ナス、シイタケ、インゲン) 380円
 

 鴻巣名物の「川幅うどん」を食べたのは、今回の馬力屋で6軒目となりました。
 まだ行っていないところ4軒には、今年中には行きたいなと思っています。
 ひととおり食べ終わってから、それぞれのお店の麺や汁の特徴などをまとめて、箇条書きに表してみたいなとも思ってます。
 
 そういえば、馬力屋は、「鴻巣コウノトリ商品券」は、取り扱っていないお店でした。他のところはどうだったでしょうか。




《鴻巣川幅うどんお品書きのあるお店》
・吉見屋食堂:048-541-5324
  (栄町3-27.火曜休み.・昼休憩有)
・小松や:.048-596-3564
  (箕田4040-3.月曜休み.・平日昼休憩有)
・福ちゃん:.048-541-1538
  (本町8-10-9.火曜休み.・11:00~20:00)
・てらや:048-578-4021
  (寺谷146-1.無休.・11:00~17:00)
・久良一:048-542-5542
  (人形4-1-36.木曜休み.・昼休憩有)
・花久の里:.048-569-3811
  (関新田343.火曜休み.・11:00~14:00〈~15:00〉)
・天神大むら:.048-542-8028
  (天神1-10-41.火曜休み.・昼休憩有)
・長木屋:.048-541-0371
  (本町5-5-2.木曜休み.・昼休憩有)
・小山屋食堂:.048-541-0064
  (本町5-9-2.日・祝・第2土曜休み.・昼休憩有)
・馬力屋:・048-542-9055
  (滝馬室948-2.木曜の夜の部お休み.・昼休憩有)


                 
        

2015/ 09/ 14
                 
 
 阿川佐和子のこのひとに会いたい 第1080回(週刊文春9月10日号)。
  片づけコンサルタント 近藤麻理恵

 イントロの見出しが、《先日、米『TIME』誌で「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた片づけコンサルタントの近藤麻理恵さん。残すモノを選ぶ際の「ときめき」メソッド開発秘話から、具体的な片づけ術の指南までしていただきました。》でした。
 ちょっと読んでみます。

《近藤:メッセージをくれたのは「片づけの神様」って私の中では呼んでいます。(笑)。その言葉を聴くまではモノを見るときに必ずそのモノのダメなところを探していたんです。古いんじゃないかとか汚いんじゃないかとか。
阿川:捨てる理由を探していた。
近藤:ええ。でも片づけをするときに大事なのは捨てるものを探すんじゃない、残すものを選べばいいんだとその瞬間に気付いたんです。
阿川:へぇー、そこから「ときめき」につながるんですね。》

《近藤:片づけ指南したのは、社長さんのデスク周りだけだったんですが、基本的には家と同じです。書籍を全部出していただくことから始まって……。
阿川:そこは同じなのね。会社の場合、書類もたくさんありますよね?
近藤:そこも、ときめきで選んでもらうんです。社長さんの場合、自分のやりたいことをビジネスにしているので、本に対しても書類に対しても、ときめきで選べることが多いですね。ただ、ときめきがわからないという方の場合は……。
阿川: そういう場合は?
近藤:「それを持ってて儲かりますか?」と聞いたことはあります(笑)
阿川:アハハハ。それはわかりやすい。 ・・・   ・・・   》

《近藤:・・・のような思い出の品は後回しにしてください。私の片づけ法には順番があって、まずは洋服から始める。
阿川:次は?
近藤:本、書類、小物、思い出系のモノの順ですね。
阿川:思い出系が後なのはどうして?
近藤:ときめきで選びにくいからです。片づけるものが難しいものはどんどん後回しにして、片づけやすいものから一気にやることが重要です。》

《近藤:こっそり捨てるというのがポイントです。そして捨てるときに必ずそのモノに対して「ありがとう」と言う。言葉だけではなくて、それがどういう場面でこれまで自分をときめかせてくれたのかをじっくり味わってから捨ててください。
阿川:一度もときめかなかったモノもあるんですけれど。
近藤:「私、こういうのにはあんまりときめかないというのを教えてくれて、ありがとうございました」という風に感謝すればいいんです。》



 先日、雨の中、東京に行きました。
 家を出て数分後、まもなく駅というときに、横殴りの風が吹き抜け、あっというまに傘の骨をひっくり返して通り過ぎて行きました。
 その日一日は、だましだましこの傘を使いながら帰途につきました。

 きょう、月曜日。家の中にある傘がどれくらいあるのか、ずらっと並べてみました。
 全部で26本でした。ときめかないものがとりあえず10本ありましたので、燃えないごみの指定袋に詰めこんで、先ほど指定の場所に運びました。
 残り16本のうち、折り畳み傘は8本です。またしばらくしてから、ときめかなくなったものを半分くらい見つけようと思います。100円から8,000円程の傘の値段のものですが、日本人の傘好きというのを、身を以て実感しているところでもあります。


 

 週刊文春9月3日号の「阿川佐和子のこのひとに会いたい」は、2011年1月13日号の、作家阿川弘之との「父娘対談」の再録でした。
 8月3日に94歳の天寿を全うした阿川弘之氏。
 日本を愛する硬骨漢そのもののお一人でした。
 こころよりご冥福をお祈り申し上げます。



                 
        

皇后美智子さま 

2015/ 09/ 13
                 
    秋蚕

真夜(まよ)こめて秋蚕(あきご)は繭(まゆ)をつくるらしかすかなる音のきこゆる

時折(ときおり)に糸吐(は)かずをり薄き繭の中なる蚕(かひこ)疲れしならむ

籠(こも)る蚕(こ)のなほも光に焦(こ)がるるごと終(つひ)の糸かけぬたたずまひあり

音(おと)ややにかすかになりて繭の中のしじまは深く闇のまさらむ

夏の日に音たて桑を食み(は)みゐし蚕(こ)ら繭ごもり季節しづかに移る

      昭和四十一年

 「繭(まゆ)」をつくり始めてから完成して静寂に入ってゆくまでのお蚕の動きを、「秋蚕」題の五種一連で詠みあげた連作の御歌・・・

「皇后美智子(こうごうみちこ)さま」 
全御歌(ぜんみうた)   
釈  秦 澄美枝 
 発行2014年10月20日  
  発行所株式会社新潮社






1998  つり橋はぼくのハープ

 皇后陛下美智子様に献上した作品
 1988年制作
 
影絵④

 この作品は、献上後、ぼく自身のもっとも気に入っている作品でもあり、記念のため、構図や色調を出来るだけ忠実に再現して作った作品だ。ただサイズだけ区別するために、少し大きく制作している。 藤城清治







                 
        

このところ雨です

2015/ 09/ 10
                 
 


 昨日は東京です。

 イングリット・フジコ・ヘミングのソロピアノリサイタルが、銀座ヤマハホールで開かれました。
 ピアノはベンゼンドルファーでした。前回のときと同じピアノを使ったようです。
 (ヤマハホールに常設しているグランドピアノは、いつも通りだとすると、「CFX」だと思います。ついでに関連のないことを続けて述べますと、ベーゼンドルファーは5万台ほどが世に出ましたが、ヤマハピアノはその100倍以上が市場に出回っています。ちなみにスタインウエイはヤマハの十分の一ほどとなっています。)


 このところの雨、鬱とうしいですね。
 
 「藤城清治影絵展 幸せをよぶ光」が、10月15日(木)まで銀座教文館で開催されています。
 テレビの画面で見るのとは大違い。当たり前と言えば当たり前なんですが、圧倒されました。
 栃木にはまだ行っていないのですが、秋そばが食べられるころに伺いたいなと、あらためて思いました。



 「藤城清治影絵展 幸せをよぶ光」
銀座教文館 9F ウエンライトホール
         4F エインカレム
 東京都中央区銀座4丁目5-1
  ℡ (03)3561-0003
 ◇お問い合わせ 藤城清治事務所
  ℡ (03)3718-3261

①藤城清治影絵展


⑪愛猫ラビィ
 愛猫ラビイ (これは「影絵」ではありません。念のため・・・)


                 
        

二百二十日  2015年

2015/ 09/ 09
                 

 立春から数えて210日目を二百十日といいます。
 今年は、9月1日でした。
 二百二十日はそれから十日目ですから、9月11日となります。

 この時期はとかく天気が荒れ、ちょうどイネの開花期と重なる頃ですから、厄日としています。
 明暦2年(1655年)の伊勢歴に「歴注」として、「二百十日」、「二百二十日」、「厄日」が載っているということです。


 先ほどNHKテレビを見ていましたら、勤めていた会社がある地域で「家屋床下浸水」のテロップが出ていました。工場にも影響があったのかどうか気にかかります。

 
                 
        

田んぼアート 世界一の面積で世界記録に認定 NHK NEWS WEB

2015/ 09/ 08
                 


 《平成27年の行田市の「田んぼアート」の題は、
 ~未来へつなぐ 古の軌跡~
 9月8日の再トライで、見事ギネス世界記録に認定されました。》

行田田んぼアート平成27年


田んぼアート 世界一の面積で世界記録に認定
 (NHK NEWS WEB 9月8日 16時49分)


埼玉県行田市の田んぼに、緑色の濃淡が異なる稲穂で絵を描いた田んぼアートが完成し、2.7ヘクタールの面積は世界一の広さだとしてギネス世界記録に認定されました。

埼玉県北部の行田市では、地元の観光名所にしようと、7年前から市や地元の農家などがさまざまな色の稲で絵を描く田んぼアートに取り組んでいます。
ことしは2.7ヘクタール余りの水田に7種類の稲を植え、宇宙に飛び出す男の子と女の子や、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」などを描きました。
8日はギネス世界記録の公式認定員が水田を訪れ、田んぼの広さや稲の育ち具合などを2時間余りかけて審査し、その結果、世界一の広さだとしてギネス世界記録に認定されました。
行田市などが田んぼアートのギネス世界記録を目指したのは、おととしに続いて2度目で、ことしは6月と7月の2度の大雨で稲が水没するなどして生育が心配されましたが、行田市や農家などが別の苗に植え替えたり、肥料を与えたりして2回目の挑戦で認定にこぎ着けたということです。
田植えを行った地元の女性は「田植えで腰を痛めた人もいましたが、苦労が報われてとてもうれしいです。世界一の田んぼアートを多くの人に見てもらいたいです」と話していました。この田んぼアートは来月中旬まで楽しめます。


                 
        

デートの風景 阿刀田高 小説工房12カ月

2015/ 09/ 08
                 


 阿刀田高も、私と同様、中原中也の詩との出会いは、高校生のころのようです。

 「小説工房12カ月」の「Ⅱ小説工房の秘密」中に、「デートの風景」と題して、中原中也の詩「湖上」を載せています。


    湖上
         中原中也

  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮かべて出掛けませう。
  波はヒタヒタ打つでせう、
  風も少しはあるでせう。

  沖に出たらば暗いでせう、
  櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は、
  昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
  あなたの言葉の杜切(とき)れ間を。

  月は聴き耳立てるでせう、
  すこしは降りても來るでせう、
  われら接唇(くちづけ)する時に
  月は頭上にあるでせう。

  あなたはなほも、語るでせう、
  よしないことや拗言(すねごと)や、
  洩らさず私は聴くでせう、
  ――けれど漕ぐ手はやめないで。

  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮かべて出掛けませう、
  波はヒタヒタうつでせう、
  風も少しはあるでせう。
               (〈在りし日の歌〉)


 高校生のころに出会った詩だ。私の高校は東京・杉並区にあって井の頭公園が近い。上級生はガールフレンドを誘って公園の池でボートを漕ぐんだ、とか。
 現実問題として、この公園で夜中にボートを出すのはむつかしかったろうけれど、イマジネーションは、そんな制約を超えて飛翔してしまう。
 このときの印象がよほど強かったせいかどうか、以来今日に至るまで私は女性とのあいびきというと、水上にボートを浮かべる情景を思い描いてしまう。
 実際には……一度もない。六十余年の人生、という思い返してみても、そういう体験はない。
 なのに、一番と言ってよいほどまっ先に思い浮かべるデートのシーンが、水の上、ボートの中、二人向かいあって男が漕ぎ、女が脚を畳んでいる……。
 ―なぜかなあ―
 やっぱり中原中也の詩のせいらしい。青春の血の蠢き始めたころ、この〈湖上〉を読んで妄想をたくましくしたせいらしい。
 「今どき、ボートって珍しいんじゃない」
 「どこに行けばあるだろう?」
 「夏は暑いし、虫なんかが出るし、冬は寒いわよ」
 「言える」
 「第一、みんなが見てるわ」
 「たいしたこと、できんしな、ボートの中じゃ」
 「なに考えてんの。厭ねえ」
 ボート上のデートについては、こんな会話が想定されるだろう。
 その通り、中也の詩のようにはうまくは運びそうもない。
 しかし、断然よいのである。この詩が、この詩に描かれている風景が、雰囲気が……。
 ポッカリと月が出て、気候もほどよい。夜が更けるにつれ月は男女のよしない会話に聞き耳を立てる。二人を包むのは、月あかりの薄闇と、わずかな水音だけ、やがて口づけを交わすときに至れば、月は頭上にあって、遠い光が今宵の歓楽を祝ってくれている。
 女はすねているらしい。
 少し甘えながら男をなじっている。男のほうは思いのほか冷静だ。六・四の割合で、女の方が強く男に惚れている……。
 とはいえ、よほどうまい偶然が重ならないと、こういう情景はありえない。
 どこの湖なんだ。沖という以上、相当に大きい。井の頭公園の池に沖はありえない。琵琶湖だって、
 ―沖って言うかなあ―
 遠くまで漕ぎ出すと、対岸に着きかねない。
 月も半月以上、満月に近くないと困る。風は少し吹いているけれど、波がわずかに立つくらい。ほかにボートは出てないのかなあ。口づけなんかしていると、
 「この野郎、イチャイチャして」
 なんて、ほかのボートにぶつけられたり、しないだろうか。
 自家用のボート、自家用の湖、自家用の月、つてわけにはいくまい。
 この〈湖上〉は〈在りし日の歌〉中の一作で、次には〈冬の夜〉が載っている。
 だから、ついでに読んでしまう。〈冬の夜〉の冒頭は、
  
  みなさん今夜は静かです
  薬鑵(やかん)の音がしてゐます
  僕は女を想ってる
  僕には女がないのです

 つまり、”女がない”のに”女を想ってる”のだ。〈湖上〉もまた同じシチュエーションだろう。私が高校生のころに憧(あこが)れ、今
 一生、こういうことなどないなあ―
 と思うのも当然のこと。現実にはありえない美しいイマジネーションの世界に属することであるらしい。



 
                 
        

季節の変わり目、トリムネ肉料理で疲労回復

2015/ 09/ 07
                 


 このところ随分と雨が降っています。
 夏が終わったと思った先には、世間様的には21日からの4連休が待っています。
 様々な秋となる今日この頃を迎えていますが、如何お過ごしですか。

 味覚の秋というと、ついつい果物などが目に浮かびますが、このところの季節の変わり目、元気になる食材をお届けしたいと思います。
 インド料理の定番の一つ、「チキンチッカ」は、レシピにトリのモモ肉と書いてありますが、私は「トリ肉」を使う時は、いつも「トリムネ」にしています。
 昨日、たまたま次の記事が検索していたら出てきたので、ご紹介致します。
 多めに作って冷凍保存という手もあるようですので、調理のレパートリーを広げて、秋の食材と合わせて、食卓を飾ろうと思います。


「鶏むね肉」の疲労回復効果に注目、渡り鳥支える高濃度栄養素
 ~読売新聞(ヨミドクター) 9月6日(日)11時30分配信~

 「鶏むね肉」が最近、疲労回復に効果があると注目されている。渡り鳥が何日も休むことなく飛び続けるのをヒントに、研究が行われてきた。渡り鳥の羽を動かすむね肉に、高濃度の「イミダペプチド」という栄養素があることがわかった。
 「2週間以上、継続的にイミダペプチドを摂取すると、疲労感が改善されてきます」。実験の中心となった東京都目黒区の阿部医院院長で、東京内科医会副会長の清水恵一郎さんは説明する。
 イミダペプチドは二つのアミノ酸(生命を支えている大切な栄養素)が結合した物質だ。これを摂取すると血液中で二つのアミノ酸に分解するが、脳や肉体の疲労してさびついた細胞に達すると、再びイミダペプチドに合成され、疲労部分を回復してくれる。
 イミダペプチドは生き物ごとに、消耗が激しく疲れがたまりやすい部位に含まれている。回遊魚のマグロ、カツオは泳ぎ続けるために大事な尾びれの付け根。人間は一番使っている脳だ。
 清水さんら内科医が2009年に行った実験では、疲労を感じている人がイミダペプチドを配合した飲料を8週間飲んだ。飲まなかったグループと比べると、明らかに疲労感が軽減されていた。(グラフ参照)
 「鶏むね肉は比較的安く、低カロリーで高たんぱく質のヘルシー食品。1日100グラム、最低でも2週間食べ続けてみてください」
 清水さんのお薦めは、イミダペプチドが水に溶けやすい性質を利用したスープ。多めに作って、冷凍保存しておくことも可能だ。「梅干しや、黒酢、レモンなどクエン酸を含むものと組み合わせた鶏むね肉料理もいいですよ」(斉藤勝久)
.

                 
        

秋涼 新涼  

2015/ 09/ 04
                 

 9月に入っています。
 きょうは、9月4日、「くしの日」でもあり、「クラシックの日」でもあります。
 何れも語呂合わせで、9(く、ク)と、4(し、シ)からとっています。

  9月1日から7日までは、全国美容週間となっています。
 
 9月4日は、音楽家の無料報酬によるコンサート等が開かれるとのことだそうです。「クラシックの日」は、多くの人にクラシック音楽に親しんでもらおうという意図で、日本音楽マネージャー協会が1990年に制定しました。

 秋、様々です。芸術の秋、味覚の秋、スポーツの秋、行楽の秋。
 どんな秋ですか、あなたのは・・・


 新涼や旅のプランのメール打つ  笠井美和子




                 
        

日本人が一番食べる野菜は“だいこん”

2015/ 09/ 03
                 




 我が家では、このところ大根とはご無沙汰しています。

 キャベツ、トマト、ナス、ピーマン、 キュウリといったところが、ベスト5でしょうか。
 勿論、タマネギ、ジャガイモ、ニンジンなどの根菜類は折に触れて食材として使っています。



《TBS系(JNN) 9月1日(火)17時7分配信

 日本人が一番食べる野菜は何か。厚生労働省が初めて野菜の摂取量のランキングを公表しました。

 厚労省が全国の1歳以上の男女3万2000人あまりを対象に2012年に行った調査をもとに分析したところ、ジュースや加工品を除き、日本人が最も食べている野菜はだいこんでした。

 次いで、2位がたまねぎ、3位はキャベツでした。ちなみににんじんは5位、トマトは7位、ピーマンは14位でした。

 厚労省によりますと、大人の平均的な野菜の摂取量は1日当たり282グラムですが、350グラムとることが望ましいということです。

 厚労省は今月、食生活改善普及運動を実施していて、普段よりプラス一皿、野菜を多くとるよう呼びかけています。》


                 
        

めぞん一刻 高橋留美子  ビッグコミックスピリッツ創刊号から

2015/ 09/ 01
                 
 ビッグコミックスピリッツ(小学館)は、1980年10月(11月号)に創刊(※)されました。
 それから1987年の全161話まで、高橋留美子の『めぞん一刻』が連載されています。
 (※当初月刊、途中月2回に、その後毎週発行)
 
 
 そういえば、勤め人の端くれとして、『日経産業新聞』を創刊した時から購読したことを思い出しました。日経新聞に大きく「愈々『日経産業新聞』昭和48年(1973年)10月1日創刊」という広告が載ったので、勤めていた会社に定期購読をして欲しいと頼み込んだのですが、願いかなわず、自費で読むこととなった、産業・企業情報紙です(月曜から金曜までの日刊)。
 本社にいたときは、一刻、日経新聞、読売新聞、朝日新聞、そして、この日経産業新聞を自宅で定期購読をしていました。


ということなどはさておきまして、
『めぞん一刻』は、欠番もなく15巻全てが揃っています。段ボール箱に入れたままとなっていますが、先ほど、ウィキペディアで、「高橋留美子」、「めぞん一刻」を検索しましたら、懐かしさがこみあげてきました。



《めぞん一刻:
・ジャンル:ラブコメ・青年漫画
・作者:高橋留美子
・出版社:小学館
・掲載誌:ビッグコミックスピリッツ
・発表期間:1980年11月号(創刊号) - 1987年19号(ママ)
・巻数:15冊(単行本・新装版)、10冊(ワイド版)、10冊(文庫版)、6冊(コンビニ版)
・話数:全161話


概要[編集]

「時計坂」という町にある「一刻館」という名の古いアパートの住人・五代裕作と、管理人としてやって来た若い未亡人・音無響子を中心としたラブストーリー。人よりも苦労を背負い込んでしまう世渡り下手な青年・五代裕作と、生来の鈍感さと亡き夫へ操を立てるがゆえの真面目さを合わせ持つ美貌の管理人・音無響子の織り成す恋愛模様について、周囲を取り巻く常識はずれの面々が住むおんぼろアパート「一刻館」を舞台に、高橋独自のリズミカルでコミカルな展開で小気味良く描かれる。1980年代の恋愛漫画の金字塔として名高い作品である。

「ビッグコミックスピリッツ」(小学館)誌上において、創刊号である1980年11月号から1987年の19号にかけて全161話が連載された。連載は雑誌の発行ペースに従い月刊から月2回へ、さらに86年4月14日号から週刊へと変わった。また月刊時代は9回中8回で巻頭カラーを飾る看板連載であった。

作者は「週刊少年サンデー」で「うる星やつら」を連載し、小学館の青年向けと少年向けの各漫画雑誌の看板作家の一人であった。しかし作者は、双方とも自分の20代の作品だとして同時期に完結させている。

単行本は全15巻。2007年4月27日に新装版として再発売される。1992年から1993年にかけて、A5判のワイド版としても発売され、1997年には文庫版が出ている。1986年にはアニメ化と実写映画化がされ、1988年にはアニメ映画も作成されている。また、2007、2008年にはテレビ朝日系列でテレビドラマが2本製作、放映された。

物語

非常に古い木造アパート「一刻館」に新しい管理人、音無響子がやってきた[1]。5号室に住む浪人生の五代裕作は可憐な彼女に恋をする[2]。うら若い未亡人の管理人と年下の下宿人、ふたりの淡い恋愛模様を中心に、個性的な人々が集う一刻館の賑やかな日常を描く。

響子は夫の惣一郎を1年前に亡くし、未だ気持ちの整理がつかないでいた[3]。一刻館の大家である義父が彼女にこの仕事を薦めたのは、少しでも寂しさが紛れればという心遣いだった[4]。一刻館の住み込み管理人として働き始めた響子は、多忙な毎日を過ごす[5]。裕作の想いは知りながらも、いつも素知らぬ態度ではぐらかす[6]。それでありながら彼がガールフレンドと親しげにしているのを見聞きするとつい、やきもちを焼いてしまう[7]。他の住人たちは冷やかし半分、裕作の部屋に押しかけては彼の恋路の一喜一憂を酒の肴に連日宴会騒ぎをして楽しそうだ[8]。そしてもう一人、響子はテニススクールで知り合ったコーチの三鷹瞬からも熱心なアプローチを受けるが、一向に答えは出そうにない[9]。

歳月を重ねる中で彼らはそれぞれの岐路に立つ。大学を卒業し、就職浪人を経験した裕作は周囲の人達に助けられながら保育士を目指す[10]。犬が大の苦手だった三鷹は犬好きの見合い相手にベタ惚れされ、ひょんな勘違いが元で彼女にプロポーズするに至る[11]。しばらく続いた裕作―響子―三鷹の三角関係だが、徐々に響子は自らの裕作への想いに素直に向き合おうとする。ところが、それでもすれ違いの関係は続き、裕作とのもどかしい距離を縮めて楽になりたいと考えた響子は自ら彼に体を委ねる決意まで見せるが、裕作が響子の亡き夫を意識してしまったために不調に終わる。しかしながら、すでに二人ともお互いの気持ちが確かであると自覚する段階へと達していた。一刻館で二人きりとなったその晩、ついに結ばれて共に朝を迎えた裕作に対して、ようやく響子は本当はずっと好きだったことを告白するのであった[12]。

裕作との結婚を控え、響子は惣一郎の遺品を義父へ返すことにしたが、それは響子なりのけじめと裕作の気持ちを配慮してのことであった。遺品返却を報告するために響子は惣一郎の墓前へ赴くが、そこには偶然にも裕作がいた。惣一郎の墓前で裕作は、出会った時に既に響子は心に深く惣一郎を刻んでおり、そんな響子を自分が好きになった、だからそれゆえに、響子の惣一郎への想いをも全て含めてずっと響子を愛していくことを誓う。その裕作の言葉を気付かれぬ場所で耳にしていた響子は、裕作と出会えたことを亡き惣一郎は喜んでくれると確信する。改めて裕作の前に立った響子には、裕作と新しい人生を歩んでいくことに迷いは無かった。惣一郎の遺品について裕作は無理に返さなくて良いと言ってくれたのだが、響子は「いいの。……これでいいの。」と毅然と言い、惣一郎の墓前で改めて裕作との出会いに感謝するのであった[13]。

結婚後も裕作と響子は一刻館で暮らしている。翌年の春には長女、春香も生まれた。しばらくは共働きで、管理人の仕事も続けるつもりでいる。裕作は早々に新居を探すつもりでいたが、引っ越し代も馬鹿にならないというのが響子の言い分である。何よりここは、ふたりが初めて出会った場所なのだ[14]。

作品解説

時代背景・場所

 時代は連載と同じく進行し、西暦1980年代の初期から後期にかけて。連載当初はアメリカ経済の行き詰まりによる輸出の停滞など不況の真最中であり、不景気というセリフが何度か出るなど描かれる世相にも浮ついた雰囲気は全くない。

 舞台は架空の時計坂という街であるが、描かれる風景は西武池袋線の東久留米駅の北口の一帯がモデルではないかと指摘されている。連載当初、作者が東久留米市に居住していた。
 例えば「時計坂駅」は東久留米駅の各所がモデルとなっており、同駅の特徴が見て取れる[15][16][17]。連載当時の東久留米駅は現在の北口駅舎しかなく、原作中にみられる時計坂の描写の多くは、東久留米駅北口から徒歩数分圏内の町並みをモデルに作画されていることが愛好家らの研究[18]により発見されている。
 2009年8月1日の12時から17時までの5時間だけ、駅舎改築での取り壊しを前に地元商店街のイベントと連動して東久留米駅北口駅舎の駅名表示を時計坂駅に変更していた(その後2010年に駅舎は建替え)。
 しかし、物語が完結してからすでに20年以上経っているため、現在の町並みからその面影はわずかに確認できる程度である。なお、作者は当作品の連載中に、同じ西武線沿線の練馬区に転居しており、それと時を一にして東久留米の町並みが描かれることはほとんどなくなり、物語の初期と後期とで描写の違いが見られるようになる[19]。中期頃の原作に郵便物で「東京都練馬…音無響子様」(61話)と描写されるシーンが登場する。
  なお、「めぞん一刻」という名前のアパートは都内に実在するが、近年大手ディベロッパーにより新築物件に命名されたアパート名であり、当作品の連載経緯とは直接関係はない。

物語は、それまで作者が得意としていたSF色を一切排し、主人公の五代と管理人の二人の視点でアパートを舞台に繰り広げられる人情ドラマであり、転居するまで他の住人の影響を強く受けざるを得ないアパートの日常を描くという内容だった。
 その後、恋愛物語へと方向性を修正し作者が得意とするシチュエーションコメディとなり、すれ違いと誤解の繰り返しが各話の基本構造となっている。
 当時はすでに固定電話が普及していたが、五代は経済的余裕がなく電話を引けず、当初は管理人室の電話で取り次ぎを依頼し、すぐに共用(ピンク電話)が備えられた。なお6号室、2号室にも電話が引かれているが、その電話が使用される場面は1回しかなかった。
 裕作と、そのガールフレンドのこずえと響子の三角関係においてこずえから五代宛てにかかってくる電話をめぐって起こるトラブルを楽しむ悪癖を持つ住人らが取り継ぐなど、携帯電話が広く普及した現在ではまず考えられないシチュエーションから生ずる数々のすれ違いと誤解、住人たちの干渉などは、物語のための大きな舞台装置となっている[21]。


登場人物の特徴[編集]

 登場人物はそれぞれが際立った個性を持ち合わせている。「非常識のかたまり」とも言える一刻館の住人をはじめとして、アクの強いキャラクターたちが織り成す奇妙でおかしな行動の数々も、物語の重要な要素である。
 住人の苗字には、居住する部屋番号と同じ数字が入っている。ヒロインの響子の姓は零を意味する「無」を含んでおり、旧姓は千草である。住人以外の主要登場人物の三鷹瞬、七尾こずえ、八神いぶき、九条明日菜にも苗字に数字が入っている。
 際立った個性をもつ典型的なキャラクターを使い、回話ごとにキャラクターを軸に物語を展開させる手法はコメディの正統にあり、主要登場人物のキャラクターの系譜は他の高橋作品にもしばしば登場している。


作品のきっかけ[編集]

 高橋が大学時代に住んでいた中野のアパートの向かいにあった下宿屋の住人がトランシーバーでやり取りし合っているなどといった様子が面白そうだったことから、下宿屋の人間模様(喜劇)を描いてみたいというのがこの作品のきっかけであり、当初は恋愛作品の予定ではなかったという。
 初期には浪人の五代を一刻館の住人がからかうストーリーが多かったが次第に恋愛中心のストーリーになっていった。この下宿は1980年の春に取り壊され、連載を決めたときにはすでに建物はなかった[22]。


登場人物

一刻館の住人

 五代 裕作(ごだい ゆうさく)声 - 二又一成、CRめぞん一刻版 - 櫻井孝宏一刻館5号室の住人。
 善良で心優しいが優柔不断、トラブルに巻き込まれやすい典型的なラブコメの主人公である。 概歴5月4日生まれ。血液型はA型。作品中では明記されていないが、出身は作者の故郷である新潟県あたりを想定していると思われる。両親は健在で故郷で定食屋を営んでいる。 高校卒業後、浪人生として上京し、一刻館に入居する。当初は一刻館の非常識な他の住民に馴染めず頻繁に転居を決意しては断念する日々だったが、管理人として就任してきた音無響子に一目惚れし住み続けるようになった。1年間の浪人生活を経て三流私立大学に合格。大学では教育学部に在籍し、響子の母校である高校で国語科の教育実習を行ったが教職に就く意思はなく、就職活動は全て一般企業であった。大学を卒業するが、就職内定していた企業が倒産してしまったために就職浪人することになる。
 「しいの実保育園」でアルバイトを始め、その経験から保父(現在で言う保育士)を目指すようになる。なお、アニメでは就職浪人していないために大学4年目から1年ほどタイムラグが生じている。人員削減で保育園のアルバイトを解雇された後は、キャバレーにて宣伝部部員(呼び込み)や福利厚生部長(ホステス達の子供の世話係)として働く。2年近く専門学校に通って保育士免許を取得した後、欠員がでた「しいの実保育園」に保育士として正式に採用され、響子に求婚、結婚し翌春に長女・春香をもうける。
 人物・エピソード善良であるが意思が弱く流されやすい性格のため、要らぬ苦労を背負い込み、トラブルに巻き込まれることが多い。金魚すくいが得意で小さいころは「お祭り裕ちゃん」と呼ばれていた。高校時代はラグビー部に所属。五代の住む5号室は部屋の荷物が一番少ないという理由で一刻館の住人たちが集まる宴会場にされることが多く、試験勉強中などは、度々住人に邪魔されたりからかわれたりしていた。
 朱美と四谷曰く、五代は「一刻館の玩具」。手先が器用で、大学1年秋に成り行き上所属した人形劇サークル(入部当初を除き全くサークルには顔を出さなかった)では人形を、キャバレーではホステスの子供達のために積み木等の玩具を作ったりもした。物語当初は喫煙する描写があるが、途中から無くなる。アニメ版では響子のために禁煙したと発言している。妄想癖があり、響子のことを考えるたびに妄想してはしばしば壁や電柱などに頭から突っ込んでいく。響子に対しては「管理人さん」と呼んだり「響子さん」と呼んだりしていたが、響子と結ばれてからは「管理人さん」とは呼ばなくなり、最終話で挙式後は「響子」と呼ぶようになった。
 作者は五代がいつまでも童貞でいるのは「正しくない」という考えを持っていて、五代が独りで北海道旅行に行くエピソードで旅先で出会った大口小夏を初体験の相手にしようとしていたが、編集部から五代君は純潔を貫かなければならないと猛反対され、断念したらしい[23]。
 その後、五代の初体験は、坂本のおごりでソープランドに連れて行かれた話で曖昧に描かれたが、実際に体験したのかは不明。響子が五代に対して好きであることをなかなかはっきり言わなかったために五代は響子の愛情を確信できず、終盤に響子とベッドインしながらも前夫の惣一郎が気になって失敗してしまうが、後結ばれる。しかし、響子の心奥深くに残っている「惣一郎」に対し素直に「正直言って妬ましい」と惣一郎の墓前で心中を吐露するが、それすらも「響子の一部」として捉え丸ごと受け止める決意をする。
 同姓ということから、鹿児島県薩摩川内市の酒造メーカー「山元酒造」が製造する焼酎「さつま五代」(由来は所在地の「五代町」から)の広告に絵が使用されていたことがある。

 音無 響子(おとなし きょうこ)声 - 島本須美、CRめぞん一刻版 - 雪野五月本作のヒロイン。血液型はA型。
 若くて美人、スタイル抜群。本作の舞台となるアパート「一刻館」に住み込みの管理人として赴任する。その美貌に五代は一目で虜になり、常に気になるマドンナ的な存在となる。後に未亡人であること、五代より2歳年上であることが分かる。通称「管理人さん」。キャラクターのモデルは女優の夏目雅子[24]。また、原作者の高橋留美子は自身の性格に一番近いキャラクターとして音無響子を挙げている。音が無いのに響く子というのはサイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」と同じ構造の矛盾語法であり、本人の矛盾した行動を象徴している。 概歴女子高である私立桜ヶ丘高校(アニメ53話より)の出身で、テニス部に所属していた。講師として赴任してきた音無惣一郎と出会い、高校卒業後、両親の猛反対を押し切って惣一郎と結婚する。しかし、結婚して半年足らずの翌年春に惣一郎は亡くなってしまう。
 失意のどん底にあった響子だが、惣一郎の父・音無老人の取り計らいでアパート「一刻館」に住み込みの管理人としてやってくる。野良犬だったペットの犬も当初は「シロ」の名で呼ばれていたが、夫の死後「惣一郎さん」という名前で接している。音無老人や母親は響子に再婚を勧めて(実父は再婚に反対)いたが、響子は気持ちの整理が付けられず、音無の姓を名乗り続けていた。「非常識のかたまり」の一刻館の住民や周囲の人々との触れあいや生活は、少しずつ響子に笑顔を取り戻させ、失意と喪失感に覆われていた心を和らげていった。五代については一刻館に赴任した当初から少々出来の悪い弟の面倒を見るように世話を焼いていた。
 そんなある晩、五代が酔った勢いで響子を好きだと叫んだことから五代の自分への想いを初めて知り、異性として意識し始める。テニスクラブのコーチ・三鷹瞬からもアプローチを受け両者の間で揺れ動きながらも、五代の心根の優しさや厚意に絆され、次第に心惹かれて行く。しかし響子は、五代への恋慕の情は亡き夫への想いを「嘘になってしまいそうで…」と自問自答し、自分の気持ちに戸惑いを感じていた。そのため五代の気持ちを受け入れることにも躊躇していた。ある出来事から三鷹は他の女性と婚約し、五代とも決定的な破局寸前にまで至る騒動が立て続けに起こった。それらの誤解が解けた時、自分の気持ちに素直に向き合い結ばれるに至る。五代の就職後、プロポーズを受け、再婚を決意し、準備を進めるも惣一郎の思い出の品を前に悩む姿もあった。
 そんな姿を五代も見ており、その心に棲んでいる惣一郎の存在も否定せず受け入れてくれた五代に「あなたに会えて本当に良かった」と感謝していた。結婚後、翌春に長女・春香を出産する。人物・エピソード「音無」は結婚後の苗字で、旧姓は「千草(ちぐさ)」。幼少時は父親が転勤族であったため各地を転々としていた。普段は穏やかでいつも微笑みを絶やさない。基本的に明るく快活で優しい性格の反面、非常にヤキモチ焼きで世間知らずであり、思い込みも激しい。また、親譲りの鈍感な面もあり、三鷹の犬恐怖症に最後まで気付かなかったり、五代の「響子さんの作ったみそ汁が飲みたい」という遠回しの求婚を文字通りに解し、味噌汁を用意するなど、天然ぶりを発揮することもしばしば。自分が五代や三鷹に求められている存在だと自覚している。しかし、両者に対してはっきりした態度を取らず「ぬるま湯」の状態の逃避をするも、五代や三鷹が他の女性と仲良くしているのを見聞きしただけで、真意を確認せぬまま自分の中で勝手な解釈をし、独りよがりに不機嫌になり、キツく当たっていた。特に五代に対しては、女友達から日に何度も電話があるだけで嫉妬し、それに応対している五代の言動を目にするのも耐えられず、それまで管理人室で取り次いでいた黒電話とは別に「アパートの住人用」との名目でピンク電話を設置してしまったほどである。こずえとのデートに出かける際は「ネクタイを直してあげる」と称して首を絞めたり、いぶきと腕を組んで仲よさそうに学校へ向かう姿を見送る際には笑顔のまま掃除用の竹ぼうきをへし折るなどもした。しかし、雰囲気が高まると自ら五代にキスしようとするような思わせぶりな仕草を見せたり(実際にハプニングも含めて数回キスしているが、響子の側からのキスの方が多い)、また五代の帰宅時間だけは曜日ごとに把握して庭先で出迎えるなど、五代に好意を持っていた。ただ、前述のような理由から直接「好き」と言葉ではなかなか言えなかった。
 結局一刻館の管理人室で五代と結ばれた時に初めて「ずっと前から好きだった」ことを告白したが、作中で響子が五代に対して愛情を直接言葉で表現したのはこの一度きりだった。前夫の惣一郎を亡くしたことは(特に物語の序盤では)響子の心の奥底で深い傷になっており、五代のプロポーズを受け入れる時も「1日でいいから自分より長生きして…。一人ではもう生きていけそうにないから」とその胸のうちを吐露し、五代も決して響子を一人にしないことを約束した。自動車運転免許を取得している。海水浴に出かけた際、三鷹が体調不良から運転できなくなった際には帰路の運転をかってでたが、教習所卒業以来運転をしたことがないペーパードライバーであり、ハンドルを握ると性格がいつにも増して強気になる上に、緊張から周囲に気を配る余裕が無くなる。同乗していた三鷹と五代が顔面蒼白で引きつるほど荒々しい運転をした。また、一刻館の雨漏りを直すために屋根に上がって応急処置の大工仕事をしたり、停電したときには「簡単な電気工事なら多少の心得がある」と修理をするなど、意外な一面を垣間見せている。
 「ヒヨコのエプロン(胸に“PIYO PIYO”の文字と、ヒヨコのイラスト入り。ベースカラーは主にピンクか黄色 )」と、「竹箒」が、響子のトレードマークであり、代名詞的存在となっている。五代が一刻館から出入りするときは特に、深夜・早朝にかかわらず玄関前を掃除していることが多い。竹ぼうきで掃く音で響子の機嫌の善し悪しがうかがい知れることも少なくない(上述のようにいぶきと五代が腕を組みながら学校へ行った際には竹ぼうきをへし折ったことすらある)。
 五代にセクハラ(例:屋根から落ちそうになって五代に救われた時に胸を触られた、スカートをめくられた)を受けた時などに本気で怒り、平手打ちを食らわせたことも数多い(第2話など)。第8話にて初めて五代に食らわせた。(一刻館前にて五代が響子が好きだと絶叫したため。)また劇場版完結編にて一の瀬花枝から結婚祝に手製のエプロンをもらうシーンがあり、こちらは「ニワトリのエプロン(胸に“KOKE KOKE”の文字と、ニワトリのイラスト入り)」となっている。同じ小学館の漫画『鉄子の旅』で、「横見の妄想」シーンにゲストで登場。これは作者の菊池直恵に高橋が協力して、特別に描き下ろしたものである。PIYOPIYOエプロンに関係がある作品・キャラ作者の代表作「うる星やつら」の諸星あたるの母もPIYOPIYOエプロンを着用している場面がある(うる星やつらのテレビ版アニメ・第78話において、紫色のPIYOPIYOエプロンを確認できる)。
PIYOPIYOエプロンは椎名高志などから、オマージュの小道具として広く使われている。「銀河英雄伝説」のフレデリカ・グリーンヒルもPIYOPIYOエプロンを愛用している(OVA及び第60話「魔術師捕わる」やエンディングでのカットで確認できる)。
 「機動警察パトレイバー」の山崎ひろみは炊事シーンでエプロンではなく割烹着にPIYOPIYOひよこをつけているのを確認できる(テレビアニメ第26話など。高橋作品のアニメ版キャラクターデザインも幾たびか手掛けた高田明美らの遊び心によるもの)。
 作者の代表作「境界のRINNE」のヒロイン・真宮桜も、想像の中でピンクのPIYOPIYOエプロンを着用するというオマージュが施されている(テレビアニメ第12話より)。

その他、(高橋作品に限らず)多くの作品にPIYOPIYOエプロンが登場する。

一の瀬 花枝(いちのせ はなえ)声 - 青木和代一刻館1号室の住人。

 一の瀬氏(いちのせ し)声 - 矢田稔一の瀬花枝の夫。

 一の瀬 賢太郎(いちのせ けんたろう)声 - 坂本千夏一の瀬夫婦の一人息子で小学生。

 二階堂 望(にかいどう のぞみ)声 - 堀川亮(テレビ版アニメには登場せず。劇場版には登場)一刻館2号室の住人。

三越 善三郎(みつこし ぜんざぶろう)声 - 堀勝之祐(テレビ版アニメのオリジナルキャラクター)アニメ版50・51話で一時的に一刻館3号室の住人となる。

四谷(よつや)声 - 千葉繁職業不明、年齢不詳、趣味はのぞき。これが四谷のすべてである。一刻館4号室の住人で、五代の隣人。下の名前は不明[25]。


 六本木 朱美(ろっぽんぎ あけみ)声 - 三田ゆう子一刻館6号室の住人。同じ町内にある一刻館の面々のいきつけスナック「茶々丸」に勤務している。



 惣一郎(犬♂)(そういちろう)声 - 千葉繁響子の愛犬。年齢不明。響子の亡夫・惣一郎が帰宅途中に買った焼き鳥に釣られてついて来て、そのまま音無家に居ついてしまった野良犬で、風采の上がらない雑種の白犬(賢太郎曰く「白くてじじむさい犬」)。


 三鷹 瞬(みたか しゅん)声 - 神谷明東京都出身(原作では否定せず、アニメでは肯定していた)。響子や一の瀬ら、近隣の住人が多く通うテニスクラブのコーチ。主婦の参加が多いクラスを主に受け持っており、他に女子大にも出向いてコーチをしている。響子より5歳ほど年上(「あぶない夜」より)。白い歯が爽やかに輝く笑顔が自信と余裕を表している。また両親、妹(写真のみの登場、物語中盤で結婚)、叔父も笑顔と共に歯が輝く。容姿端麗、スポーツ万能(ただしアイススケートは当初全く滑れなかった)。一流大学卒(一の瀬ら主婦たちの情報)。家賃20万程度の高級マンションに独り暮らし、実家も資産家。料理の腕前は恋敵の五代もうまいと認めざるを得ないほど。性格は明るく快活で闊達。社交的で気遣いも細やか、女性にもてるという典型的なライバルキャラ。自身が資産家の御曹司であること自慢などはしないが、「お金では愛は買えないが、お金があった方が愛は潤う」とお金があることに対して響子に吐露していた。女性に対しては特に紳士的で、自然に手を握ったり肩を抱いたりと手馴れており、キザな所作も様になる。響子へのアプローチも実に堂々としていて自信に溢れている。あからさまに響子を特別扱いする時もあるが、老若男女問わず誰に対しても紳士的な対応ができる。響子の過去(夫との死別による失意など)も承知しており、全てを包み込む意思を示している。響子に対してはほとんど「音無さん」と姓で呼んでいた。原作では愛車が日産・シルビアだが、アニメではトヨタ自動車がスポンサーになった際にトヨタ・ソアラに変更された。非の打ちどころがない強力な五代の恋敵であるが、響子は三鷹の強引なまでのアプローチに対して穏便にかわそうとすることが多い。しかし、それに負けじとさらに押してくる三鷹を響子も断り切れず、二人で出掛けることも度々あった。響子をスマートにエスコートし大切に扱う誠実さ、時に強引にも見える行動力で自分をただの異性の友人ではなく、何れは恋人として認めさせる自信が三鷹にはあった。ただ、(本人曰く)唯一の弱点であり障害とも言えるのが、幼児体験から来る極度の「犬恐怖症」。周囲には隠しているが、犬種問わず鳴き声を聞いただけで鳥肌、近付かれるだけで顔色が悪くなり、ひきつけを起こし卒倒寸前になるほど。しかしなぜか犬に好かれる傾向があり、擦り寄られることが多い。響子の愛犬・惣一郎もやけに三鷹を気に入っており、顔を嘗め回すほど懐いている。その姿を見た響子は三鷹の犬恐怖症に気付かずにいた(同様に明日菜の愛犬にも懐かれたことから、明日菜にも“三鷹は犬好き”と誤解される)。物語後半で犬恐怖症のためにひどい誤解を受けた三鷹は、ついに意を決し自ら犬を飼っての特訓をして恐怖症を克服するが、皮肉なことに自分の愛犬の行動から生じた誤解が元で響子への想いを諦めざるを得ない結果になった。後にその誤解が解けたため、響子に再びアプローチをするのかと五代は警戒していたが、潔く諦め、五代の恋を応援した。その後も五代や響子との交流は続き、二人を祝福し、励ます言葉をかけるなど成熟した紳士の態度を一貫している。

 七尾 こずえ(ななお こずえ)声 - 冨永み〜な五代のガールフレンド。独特の無邪気さや積極性でエピソードのきっかけを作ることが多い。人の話を最後まできちんと聞かない、思い込みが激しいなど響子と少し共通する部分があるが、不思議ちゃんの要素が加味されるので響子の性格と被らない。


 八神 いぶき(やがみ いぶき)声 - 渕崎有里子53話より登場。血液型はAB型。五代が響子の母校へ教育実習に行った際、受け持ったクラスの委員長で当時高校2年生。

 五代 春香(ごだい はるか)最終話に登場。五代と響子の間に生まれた愛娘。桜の季節に誕生。

音無響子の縁者
音無 惣一郎(おとなし そういちろう)声 - 田中秀幸響子の亡夫。

 音無惣一郎の父声 - 槐柳二名は不明。

 (音無)郁子(いくこ)声 - 荘真由美惣一郎の姪。明るく元気な性格で、響子を「おばさま」と慕い、五代を「おにいちゃん」と慕っている。

 郁子の母声 - 峰あつ子惣一郎の実姉あるいは義姉。

千草 律子(ちぐさ りつこ)声 - 松島みのり響子の実母で、夫ともに都内のマンションに在住。家の中では夫より発言力があり、主導権を握っている。

 響子の父声 - 富田耕生響子の実父で名は不明。一人娘の響子を溺愛しており、サングラスにマスク姿で一刻館前に張り込んだり尾行したりして、変質者と間違われることが何度かあった。

 上荻先生声 - 沢田敏子八神の担任で響子の恩師。原作では姓名不詳。五代裕作の縁者

五代 ゆかり(ごだい ゆかり)声 - 京田尚子五代の父方の祖母。働く両親の代わりに五代を育てた。矍鑠(かくしゃく)としており、上京時にはディスコにも繰り出すほど。一刻館の住人たちの酒盛りのペースについていけるほど酒に強く、泳ぎも得意(自称「若いころは浜の女王」だが、裕作曰く「スルメ」)。毎年自分で梅酒を造っている。三鷹に負けじと歯が光る。新潟弁を話す。一人称は「オレ」たまに「ワシ」という場合もある。アニメ版では一刻館にたびたび遊びに来ていた。五代との結婚が決まって実家を訪れた響子に、自分が若い頃に夫からもらった指輪を託した。また、劇場版アニメ(完結編)では、響子宛に五代を託す旨の手紙を送った。

 五代の家族祖母・ゆかりのほか、定食屋(屋号は「定食五代」)を営んでいる両親がいる。後に姉とその夫・正一が脱サラし、店を手伝っている。姉夫婦の娘の名前は、みっちゃん。

 五代 晶(ごだい あきら)裕作の従妹。幼少の頃は色黒でボーイッシュ。

その他
マスター声 - 若本紀昭スナック「茶々丸」のマスター。茶々丸の2階が住まい。作中の数少ない常識人だが、草野球の賭け試合ではかなり必死だった。家出中で苦労している五代が一刻館に戻れるよう、響子の誤解を解くなど、大変親切な面を持つ。既婚者だったが、最終話で長年の別居の末離婚したことを朱美に伝え、彼女と結婚する。

 九条 明日菜(くじょう あすな)声 - 鶴ひろみ原作101話、アニメ57話から登場。

 坂本(さかもと)声 - 古川登志夫五代の悪友で下の名前は不明。同じ予備校から同じ大学に進学した同期。

 飯岡声 - 富山敬五代のアルバイト先のキャバレーバニーのマネージャー。原作では名前がなかったが、アニメ版で「飯岡」という名前が付いた。

 黒木 小夜子(くろき さよこ)声 - 島津冴子(テレビ版)、

 榊原良子(劇場版)五代の大学の同級生。人形劇クラブに五代を誘う。卒業後「しいの実保育園」に勤務。

 早乙女声 - 大竹宏五代が大学時代に所属した人形劇クラブの部長で、通称ブチョー。。

マッケンロー(犬♂)三鷹が犬恐怖症克服のために飼い始めたポメラニアン。雄。

サラダ(犬♀)明日菜の愛犬のうちの1匹で、ポメラニアン。三鷹の飼い犬のマッケンローと出会って一目惚れしてついて行く。

一刻館

 東京近郊の時計坂という町にある木造2階建ての建物で、本作の主な舞台。この建物には時計塔があり、そこから一刻館という名前がつけられた。建物としては大変古く、床板がよく壊れ白アリが住み着いたりしていた。なお、アニメ版では築70年となっている。何回も壊れかける危機を迎えたが最終話まで壊れることなく持ちこたえた。

原作第4話で一度だけ時計台の鐘が鳴った。またアニメ3話で昭和15年3月13日に記された壁書きや戦時中の古い写真、当時の物品などが描写されており、戦時中の空襲を免れたとの設定の建物である。

一刻館での主な行事として、一刻館メンバーによる宴会がある。主な宴会場所は5号室の五代の部屋である。入居祝いの場合はその入居者の部屋で、水道修繕祝いの場合は水道前の廊下など様々なお祝い事にかこつけると、そのお祝いに関する場所でやることも多い。毎年のクリスマスでも、スナック茶々丸で一刻館メンバーなどで行われている。

全6室の他、管理人室(八畳)、トイレ×2、時計小屋があり、1階は六畳+四畳半、2階は六畳一間である。ただし、アニメ版では1階専有部分は六畳一間のみである。浴室設備はない。屋根の時計台は壊れているため、常に10時25分を指しているが、まれに別の時間を指していることもある。なお、アニメ版では構造がやや違い、時計台の文字盤がローマ数字だったり、玄関の石段の数や形が違う、消火器などが設置されている。

原作では建物全体が長方形に描写されているにもかかわらず、1階・2階の間取りが大きく異なることや、管理人室にむかう通路の長さと管理人室の大きさとの不均衡など設定上でのアンバランスさが見られる[27]。アニメでは2階の通路を不自然なほど広くとることや建物全体のリバランスなど(管理人室は母屋からはみ出した構造になっている)で対処している。

入居者についての詳細は#登場人物を参照。各部屋の入居者は以下の通りで、名前に数字が入っている。なお、管理人室は0号室とみなす。
管理人室:音無響子→空室?(引退騒動)→響子→空室?(家出)→響子→五代、響子、春香
1号室:一の瀬一家
2号室:空室→二階堂望→空室(アニメでは空室)
3号室:空室(アニメでは途中で三越善三郎が入居)
4号室:四谷
5号室:五代裕作→空室(家出)→五代→空室(管理人室に移る)
6号室:六本木朱美→空室



コミック副題一覧

ビッグコミックスピリッツ創刊号より連載。第10話の1981年6月よりスピリッツの月2刊化、第124話の1986年4月からは週刊となっている。副題は、唄の題名やことわざや名セリフなど何かをもじったものや、そのまま採用したものが多い。