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明秋神社境内の銀杏

2018/ 10/ 02
                 

 台風一過の朝、虹を見ることができるかなと思って、荒川堤に。

 糠田橋の足元付近の神社の前を通りかかりましたら、地元の人でしょうか、銀杏を拾っていました。たくさん落ちていました。

 1-1銀杏




 明秋(めいしゅう)神社

 1-4明秋神社


 ・ご祭神:天照皇大神(あまてらすおおみかみ)・豊受大御神(とようけおおみかみ)
 ・鎮座地:埼玉県吉見町明秋510
 ・ご神紋:

 ・御由緒(「埼玉の神社 埼玉県神社庁」)
 当地は荒川右岸の低湿地に位置し、東は荒川を境に鴻巣市と接する。
『風土記稿』に「須戸野谷新田」と見えるのが当地のことで、その開墾経緯については「東照宮御鹿狩ありし地にて、其時鴻巣駅より荒川へ船橋を渡せし故、この地を鴻巣駅の伝馬役地に賜はりしより、今に至まで鴻巣宿の持なり。
後に原野を開墾して陸田とす」と記されている。
また、当社は村の鎮守で「神明社」と載り、「相伝ふ此地もと東照宮の御休なりし故、後人当社を建立せしと云」と記されている。
恐らく鴻巣宿の持添新田として当地が開かれた後、移住してきた人々によって耕地の安泰が祈られ奉斎されたものであろう。
その年代は享保十二年の検地以降のことと考えられる。
その後、文化年間(1804-18)から幕末までの間に、当社は村の西方の字吉見橋から中央の現在地に移された模様で、『郡村誌』に「昔時荒川の洪水の難を免れん為に伊勢両宮を遷座せしよし、古老の口碑に伝ふ」との記事がある。
須戸野谷新田は、明治に入っても住民には所有地がなく、戸籍編成に差支えが生じたため、明治五年に鴻巣宿から分離独立し、同七年九月に明治の「明」と季節の「秋」を採って明秋村と改称した。大正元年には境内の稲荷社を本社に合祀し、社名を明秋神社と改めた。