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水シリーズ・元荒川の堰 赤レンガを訪ねて 笠原堰記念之碑

2019/ 10/ 10
                 
 
赤煉瓦尋ねた先の堰の跡案内(あない)導き心打つ道

 1-1笠原堰跡赤煉瓦


 
 花一輪堰の名残にひっそりと 

 1-10花一輪



 ある方に、笠原堰 (ゲート5門の堰、使用煉瓦数は4万9千個)の跡地をお聞きしましたところ、元荒川に接している現地まで案内していただきました。
 その節は大変ありがとうございました。
 この場をおかりしましてお礼申し上げます。

1-2笠原堰之跡記念碑


 笠原の堰は、農業用水取水のため、承応3年(1654年)に造られたといわれています。
 明治期に入ると形式が木造の堰枠になったことにより、木造故に腐朽が進むのが早く、明治8年(1875年)、同23年(1890年)と補修が繰り返されています。
 赤煉瓦造りとなったのは、明治35年(1902年)ですが、昭和7年(1932年)には、元荒川の改修事業によって、小竹堰とともに笠原堰は、上流の宮地堰(現「安養寺堰」)に合口されることになり、撤去されました。

 1-5元荒川 -
  (「元荒川」)


 今、彼の地には、笠原堰の記念碑(供養塔)と、当時の赤煉瓦など幾つかの建造物断片が遺されています。

 1-4笠原堰之跡遺構水切り


 
(「笠原堰之跡」記念碑:鴻巣市笠原1508-1付近)