FC2ブログ
        

遊民シリーズ 大笹街道 上州から信州へ 国定忠治

2019/ 10/ 16
                 
 逃れ行く大笹の道忠治跡


 1-1峰の原高原
  (「峰の原高原を眼下に眺む」)


 峰の原高原で、忠治の逃避行を標す石塔を見たのは、いつだったでしょうか。
 当時の記憶を呼び覚まそうとはするのですが、高原のどのあたりだったか覚束ないのが口惜しく思います。
 菅平、峰の原を通る大笹街道は一気に須坂まで下って行きますが、その下る手前の高原の道筋に国定忠治の足跡を標す石柱がありました。
 石柱の高さはとても小さくて、せいぜい60~70cmほどだったかと思います。
 道筋には、江戸時代大笹街道で遭難した人を供養する小さな石仏が幾つか点在していました。


 1-2菅平高原
  (「菅平高原」)



 先日の台風19号の影響を受けて、菅平から須坂(仙仁温泉)までの間の国道406号線は交通止めとなっています。
 「現状復旧のめどが立っていません。」と、2019年10月12日の長野県須坂建設事務所の「通行止め状況」に記載されていました。


 1-3菅平高原
  (「菅平高原」)


 須坂市上町の寿泉院の山門手前右側にある地蔵は国定忠治の像といわれています。
 嘉永3年(1850年)に造られていますが、元々は野沢温泉にあり、中風除け忠治地蔵として親しまれていたそうです。須坂市の公式サイトによると、昭和25年(1950年)、訳あって寿泉院に安置された。・・・国定忠治は、大笹街道の抜け道を通ったことでも知られている。と、彼の足跡を記しています。


〈※注:嘉永3年12月21日、国定忠治は上州吾妻郡大戸で処刑されましたが、その三日後に「忠治地蔵」が建てられています。〉