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中秋の月 蘇武  

2020/ 08/ 31
                 

 中秋の月何処かと蘇武問うや中島敦李陵に語る


 月と雲20200826


中秋月
暮雲収盡溢清寒
銀漢無聲轉玉盤
此生此夜不長好
明月明年何處看

中秋の月
暮雲 収め尽くして清寒溢れ
銀漢 声無く 玉盤を転ず
此の生 此の夜 長くは好からず
明月 明年 何れ(いずれ)の処にて看ん


                 
        

♯みんなの国勢調査 100年目の節目 インターネット回答が便利

2020/ 08/ 30
                 

 延期なしオリンピックと違います世帯すべてに国勢調査


 みんなの国勢調査2020


 国勢調査の基準日は、10月1日(日)です。
 9月14日(月)から国勢調査員が各家庭を訪問して、調査書類をお渡しします。
 インターネットで回答する場合、調査書類を受け取ったその日に回答できます。全16問〈2区分で質問〉で約10分程度で回答できる内容となっています。
 市役所や支所でも、インターネット回答ブースを設置するようですので、パソコンやスマートフォンを持っていない人でもインターネット回答ができます。

 私の住んでいる市の人口は118,156人、50,675世帯となっていて〈2020年8月1日現在〉、約550人の国勢調査員が各家庭を訪問して調査にあたります。

 国勢調査員2020

 調査員は、氏名が記入された顔写真付きの「国勢調査員証」を携帯していますので、身元を確認することができます。


                 
        

補修再版 習俗歳時記 六十二 木犀の花 

2020/ 08/ 29
                 

 幾重にも波打つ香り満庭に金銀染める木犀の花


 としごとの家のならはし


『習俗歳時記 ――赤城山西南麓農家の年中行事――』は、昭和16年9月5日発行となっています。

 習俗歳時記 初版本

「一、 火打箱」から、「五十八、大祓」、「補遺」まで含めて100ページの歳時記です。
それから34年後の『補修再版 習俗歳時記』は、昭和50年10月1日発行となっていて、「一 いろり」から、「七七 井戸」、「あとがき」まで含めて240ページの歳時記となっています。

 冬支度 薪の山

 著者は「はじめに」の中で次のように記しています。
 〈・・・実を言えば年中行事もかつかつに昔の跡をたどっているので、もはや明日にも消え去るかも知れないのである。そこで今日の姿をここに書き止めて記念の意も含ませて置く。懐かしいのは日本の家族制度である。家族制度には幾多の弊害があるが私の家も、私の外戚の多くもこれを長く美しく保持して来たのである。
 今、日本国は制度としての家族制度を失った。私は今習俗としての家族制度に殉じようとしている。私の一生は「古屋」(ふるや)の守(もり)である。〉

 著者生家

  『補修再版 ・・・』は、初版本に加筆修正、抹消など手を加えていますが、「六二 木犀の花」や、「七〇 乞食のこと」など、終戦後のことも書き加えられています。
 〈・・・ナポレオンという乞食がありました。或秋のさつま芋のとれた時来てその中二本だけもらってゆきました。なぜもっともらわないのかと尋ねました、「俺は日本中にあずけてあって必要なだけもらってゆくのだ」と答えました。このナポレオンは大の旅行家で関東以北を重い荷を背負って歩き廻っているのでした。私の家ではきまった飯と汁のお椀があってそれで食事をしてゆきました。私の娘が東京のある女子大の寮に居た時その話をしましたら山形のお友達が「私の家へもその人は来る」と言ったので大いに驚きました。この人は九州の出身でナポレオンマニアが嵩じて遂には気が変になり乞食にまでなったということです。この人は終戦後よく家に来ました。〉



 雲20200828-1-

   憶良らは今やまからん 子泣くらん

   その子の母も吾を待つらんぞ
       

 六二 木犀の花    2014/ 09/ 11
                 

 木犀の花の咲く頃になると家中にその香りが満ち満ちます。そしてその花の下を出征して行った弟の事を思い出します。

 戦争は周期的のものではないのですけれど、昔はよく十年に一度位の割に大きな戦争があると言われていました。実際明治から大正の頃はそんな説がほんとうかと思われるように十年位の間隔に戦争がありました。

 弟の出て征ったのは今度の戦争でそれも二回出征しました。弟は補充兵でしたから年とって呼ばれました。家の三本の木犀が一度に咲いて秋は九月と十月の交(こう)でその香りは正に満庭香しという感がありました。隠居の庭に生えている木は大きく伸びて、枝は塀を越し外の通りの上に乗り出していました。その花の下を弟は出かけて行ったので特に記憶に残っているのでしょう。

 箱田の家

 第一回の出征の時は初年兵から訓練を受けて途中から小石川の工科学校に入り、そこを卒業しました。そして台湾軍に入りました。台湾軍に入って海を渡る時、弟は父宛に一通の手紙を送ってまいりました。驚いた事にそれは結婚の希望の手紙でした。こののっぴきならぬ時に届けられた切札の様な手紙に父も驚きながら降参して四国まで私をやって、その弟の希望する女性(ひと)をもらって来る話をさせました。私が阿波の徳島の先方の家へ着きその話をしますと、先様はその女(ひと)がその家の相続人であったにもかかわらず、その方は養子を迎えて本人はくれて下さる話になりました。

 20200828雲-5―.

 そして娵女(よめじょ)は私の家へ、婿なしの嫁入りをし、暫く私の家に居ましたが、そのうち台湾から弟が呼びますので、単身敵船の縦横する海を渡って弟の許へゆきました。そして台湾で二度目の結婚式を挙げました。
 嫁の親代わりには兵器部少将閣下、仲人は兵器部少佐殿御夫妻、場所は台湾神宮広前でありました。

 台湾軍の兵器部で、弟は平穏無事に過しました。ただ小さな事がありました。弟は将校の端くれでしたから、下に兵卒の人が居たわけです。その人達を弟は「何々さん」とさんを付けて呼ぶ癖があったという事です。これは軍隊の慣例にも反する事ですし、士気にも反する事ですので上級の将校さんからきびしく叱られたそうですが、いつか弟のさんづけは又始まってしまって、その中に台湾軍兵器部全部がさんづけをするようになったと言うことです。

 弟は台湾へ行く時父から日本刀をもらって軍刀として持ってゆきました。この刀は父の毎夜寝る時枕元に置く守り刀でした。陸奥大掾三善長道作の直刀に近い直刃(すぐば)の比較的短い刀でした。軍刀には短いのですが、弟は「乃公がこの刀を使う時は最後の時だけだから、平常は軽い方が良いのだ。」と云って、短いのを喜んで持って行きました。台湾では勿論この軍刀を使う事はなかったでしょう。然し大陸へ行ってはどうだったでしょう。戦争は平坦ではなかったようです。洞庭湖のもっと先まで進んで敵機の直撃などにもさらされた事があるようでした。

  太平洋戦争の緒戦の終ったときでしょう。最もその時は緒戦が終ったときなどは意識しなかったのですから、戦果が徐々とあがっていると思って居ました。そのような時ひょこり台湾の戦線から弟が帰って来ました。戦地の兵器の事を陸軍省だか参謀本部だかに連絡しにきたのだと言いました。今思えば空手で戦争している実状だったと思います。弟は用事を終えて、一晩だけ生家に泊まって戦線へ戻りました。戦地の事は一言も語りませんでした。これも今思えば千言万言故国の危急を告げたかったでありましょうに。

 戦争が終えてからしばらくの後に、弟は他の多くの彼国派遣の日本軍と共に無事帰ることが出来ました。然しこれもすぐ帰れたわけではありません。永い抑留の生活がありました。消息は途絶えて不明でもありました。

 20200828雲-3―

 どうしようもない焦燥と生きているという希望との入り交じった長い長い無音の末、突然一葉のはがきが舞い込みました。
 「憶良らは今やまからん 子泣くらん
  その子の母も吾をまつらんぞ」
 弟です。たったそれだけの文字が書かれておりました。彼の帰還の第一声は万葉歌の一首をもって書かれていました。

 それから幾日かして無事家庭に帰りました。父と喜びの盃を交わす夜もまいりました。盃の中身を口に含みながら弟は云いました。
 「日本酒はうまいなあ」と。
 彼の妻子も同じ席に並んでいたのはいうまでもありません。

 さて今年も木犀の匂う頃となりました。木犀は戦争を思い出させますが戦争が周期的なものだという事は迷信の一種だと思わざるを得ません。

 戦いの名残り 鍔.

 後の日になって私の家に弟が残して行った軍刀の元の拵え(こしらえ)だけが遺っているのに気がつきました。そこでこの中、鍔だけを弟に贈りました。この鍔は糸透かし(いとすかし)という細い透かしの入った鉄の鍔でしたがそれが戦争の唯一の記念になりました。

 


                 
        

暑気払い ホタテとカリフラワーのカレー

2020/ 08/ 28
                 

 久しぶり暑気払いですカレーですホタテ初めてカリフラワーも


 1-20200819辰巳芳子4-3 写真


 何年振りかでカレーを作りました。
 カレーは認知症の予防効果もあるというブロ友さんの記事を見て、にわかに思い立ちスーパーマーケットに直行しました。
 具材のメインを鶏肉にしようか、それとも豚肉か牛肉か、はてまたマトンかと、お肉コーナーを行ったり来たりしましたが、そういえば何十年もシーフードカレーを作っていなかったなあ・・・などとも思い、結果、初めての食材ホタテに落ち着きました。
 家人が好きなカリフラワーを引き立て役にし、その他の具材は、2時間干したきのこ2種類〈干すとキノコの香りが立つことと合わせ栄養価が高まるので〉と、定番野菜3種類を使いました。
 フライパンにエキストラバージンオリーブオイルを入れ、ニンニクとショウガを炒めるところからスタートしました。

 隠し味には、「味のもと」ヴルーテを使ってみました(*^_^*)


 2辰巳芳子 いのちを養う 四季のスープ 表紙

 3ヴルーテ20200819辰巳芳子1-2 たまねぎの

 4辰巳芳子3-1.

 5辰巳芳子2-1

 6辰巳芳子2-3

 8-20200819辰巳芳子4-1 写真.

 7辰巳芳子3-3

 9辰巳芳子 2


                 
        

サガレンと八月 宮沢賢治 生誕124年

2020/ 08/ 27
                 

 8月に生まれし人に風が問う何の用なの貝殻の孔


 1134-3‐雲20200816-3-


 『サガレンと八月』は未定稿です。最終行を受けてその後の言葉を紡ぐことはありませんでした。
 宮沢賢治の生涯はとても短い〈1896年(明治29年8月27日‐1933年(昭和8年)9月21日.享年37歳)ものでしたが、たくさんの作品を遺しています。
こんにち、私たちが賢治の諸作品を間近にみることができるのも、草野新平の並々ならぬ尽力によってのものであるということは、よく知られているところです。
 2020年の8月27日は生誕124年。9月21日に没後87年を迎えます。

 1134-1雲20200816-1-


 大正11年(1922年)11月27日、宮沢賢治の妹トシが亡くなりました。
 翌年の大正12年(1923年)7月、賢治はサハリン〈当時の呼称は「樺太=サガレン」〉に旅しました。
 この旅程でなした『オホーツク挽歌』、『宗谷挽歌』などの挽歌三部作ともいえる作品に、賢治の心象風景をみてとることができます。
 その「挽歌」の一節に、
〈・・・/けれどももしとし子が夜過ぎて/どこからか私を呼んだなら/・・・/われわれが信じわれわれの行かうとするみちがもしまちがひであったなら/究竟の幸福にいたらないなら/いままっすぐにやって来て/私にそれを知らせて呉れ。/みんなのほんたうの幸福を求めてなら/・・・〉
 という妹トシの描写の箇所があります。
 また、『オホーツク挽歌』に合わせ『サガレンと八月』とを読み進めていくと、 妹トシへの鎮魂歌として、そしてまた自身への生き様の証として、両者が対をなした作品になっていたであろう・・・と腑に落ちる導きとなりますが、『サガレンと八月』が未定稿となっている今において、夏目漱石の未完の小説『明暗』と同様、 私たちは終着駅をもっていないのです。
 ですが、賢治のピリオドを打っている諸作品一つひとつを丹念に読み解いていくと、相対する登場者それぞれに、賢治の影が落とされていることに気がつきます。
 『サガレンと八月』もまた、未定稿とはいえ、同様な二律的な結末を辿っていくということを想定しながら、私は賢治の宗教性を感じとりました。




  サガレンと八月  

「何の用でここへ来たの、何かしらべに来たの、何かしらべに来たの。」
 西の山地から吹(ふ)いて来たまだ少しつめたい風が私の見すぼらしい黄いろの上着(うわぎ)をぱたぱたかすめながら何べんも通って行きました。
「おれは内地の農林(のうりん)学校の助手(じょしゅ)だよ、だから標本(ひょうほん)を集(あつ)めに来たんだい。」私はだんだん雲の消(き)えて青ぞらの出て来る空を見ながら、威張(いば)ってそう云(い)いましたらもうその風は海の青い暗(くら)い波(なみ)の上に行っていていまの返事(へんじ)も聞かないようあとからあとから別(べつ)の風が来て勝手(かって)に叫(さけ)んで行きました。
「何の用でここへ来たの、何かしらべに来たの、しらべに来たの、何かしらべに来たの。」もう相手(あいて)にならないと思いながら私はだまって海の方を見ていましたら風は親切(しんせつ)にまた叫ぶのでした。
「何してるの、何を考えてるの、何か見ているの、何かしらべに来たの。」私はそこでとうとうまた言ってしまいました。
「そんなにどんどん行っちまわないでせっかくひとへ物(もの)を訊(き)いたらしばらく返事(へんじ)を待(ま)っていたらいいじゃないか。」けれどもそれもまた風がみんな一語ずつ切れ切れに持(も)って行ってしまいました。もうほんとうにだめなやつだ、はなしにもなんにもなったもんじゃない、と私がぷいっと歩き出そうとしたときでした。向(むこ)うの海が孔雀石(くじゃくいし)いろと暗(くら)い藍(あい)いろと縞(しま)になっているその堺(さかい)のあたりでどうもすきとおった風どもが波のために少しゆれながらぐるっと集(あつま)って私からとって行ったきれぎれの語(ことば)を丁度(ちょうど)ぼろぼろになった地図を組み合せる時のように息(いき)をこらしてじっと見つめながらいろいろにはぎ合せているのをちらっと私は見ました。
 また私はそこから風どもが送(おく)ってよこした安心(あんしん)のような気持(きもち)も感(かん)じて受(う)け取(と)りました。そしたら丁度あしもとの砂(すな)に小さな白い貝殻(かいがら)に円(まる)い小さな孔(あな)があいて落(お)ちているのを見ました。つめたがいにやられたのだな朝からこんないい標本(ひょうほん)がとれるならひるすぎは十字狐(じゅうじぎつね)だってとれるにちがいないと私は思いながらそれを拾(ひろ)って雑嚢(ざつのう)に入れたのでした。そしたら俄(にわ)かに波(なみ)の音が強くなってそれは斯(こ)う云(い)ったように聞こえました。「貝殻(かいがら)なんぞ何にするんだ。そんな小さな貝殻なんど何にするんだ、何にするんだ。」
「おれは学校の助手(じょしゅ)だからさ。」私はついまたつりこまれてどなりました。するとすぐ私の足もとから引いて行った潮水(しおみず)はまた巻(ま)き返(かえ)して波になってさっとしぶきをあげながらまた叫(さけ)びました。「何にするんだ、何にするんだ、貝殻(かいがら)なんぞ何にするんだ。」私はむっとしてしまいました。
「あんまり訳(わけ)がわからないな、ものと云(い)うものはそんなに何でもかでも何かにしなけぁいけないもんじゃないんだよ。そんなことおれよりおまえたちがもっとよくわかってそうなもんじゃないか。」
 すると波(なみ)はすこしたじろいだようにからっぽな音をたててからぶつぶつ呟(つぶや)くように答えました。「おれはまた、おまえたちならきっと何かにしなけぁ済(す)まないものと思ってたんだ。」
 私はどきっとして顔を赤くしてあたりを見まわしました。
 ほんとうにその返事(へんじ)は謙遜(けんそん)な申(もう)し訳(わ)けのような調子(ちょうし)でしたけれども私はまるで立っても居(い)てもいられないように思いました。
 そしてそれっきり浪(なみ)はもう別(べつ)のことばで何べんも巻(ま)いて来ては砂(すな)をたててさびしく濁(にご)り、砂を滑(なめ)らかな鏡(かがみ)のようにして引いて行っては一きれの海藻(かいそう)をただよわせたのです。
 そして、ほんとうに、こんなオホーツク海のなぎさに座(すわ)って乾(かわ)いて飛(と)んで来る砂やはまなすのいい匂(におい)を送(おく)って来る風のきれぎれのものがたりを聴(き)いているとほんとうに不思議(ふしぎ)な気持(きもち)がするのでした。それも風が私にはなしたのか私が風にはなしたのかあとはもうさっぱりわかりません。またそれらのはなしが金字の厚(あつ)い何冊(さつ)もの百科辞典(ひゃっかじてん)にあるようなしっかりしたつかまえどこのあるものかそれとも風や波(なみ)といっしょに次(つぎ)から次と移(うつ)って消(き)えて行くものかそれも私にはわかりません。ただそこから風や草穂(くさぼ)のいい性質(せいしつ)があなたがたのこころにうつって見えるならどんなにうれしいかしれません。

 1134-5‐百日紅20200816-5-

       *

 タネリが指(ゆび)をくわいてはだしで小屋(こや)を出たときタネリのおっかさんは前の草はらで乾(かわ)かした鮭(さけ)の皮(かわ)を継(つ)ぎ合せて上着(うわぎ)をこさえていたのです。「おれ海へ行って孔石(あないし)をひろって来るよ。」とタネリが云(い)いましたらおっかさんは太い縫糸(ぬいいと)を歯(は)でぷつっと切ってそのきれはしをぺっと吐(は)いて云いました。
「ひとりで浜(はま)へ行ってもいいけれど、あすこにはくらげがたくさん落(お)ちている。寒天(かんてん)みたいなすきとおしてそらも見えるようなものがたくさん落ちているからそれをひろってはいけないよ。それからそれで物(もの)をすかして見てはいけないよ。おまえの眼(め)は悪(わる)いものを見ないようにすっかりはらってあるんだから。くらげはそれを消(け)すから。おまえの兄さんもいつかひどい眼(め)にあったから。」「そんなものおれとらない。」タネリは云(い)いながら黒く熟(じゅく)したこけももの間の小さなみちを砂(すな)はまに下りて来ました。波(なみ)がちょうど減(ひ)いたとこでしたから磨(みが)かれたきれいな石は一列(いちれつ)にならんでいました。「こんならもう穴石(あないし)はいくらでもある。それよりあのおっ母(かあ)の云ったおかしなものを見てやろう。」タネリはにがにが笑(わら)いながらはだしでそのぬれた砂をふんで行きました。すると、ちゃんとあったのです。砂の一とこが円(まる)くぽとっとぬれたように見えてそこに指(ゆび)をあててみますとにくにく寒天のようなつめたいものでした。そして何だか指がしびれたようでした。びっくりしてタネリは指を引っ込(こ)めましたけれども、どうももうそれをつまみあげてみたくてたまらなくなりました。拾(ひろ)ってしまいさえしなければいいだろうと思ってそれをすばやくつまみ上げましたら砂がすこしついて来ました。砂をあらってやろうと思ってタネリは潮水(しおみず)の来るとこまで下りて行って待(ま)っていました。間もなく浪(なみ)がどぼんと鳴ってそれからすうっと白い泡(あわ)をひろげながら潮水がやって来ました。タネリはすばやくそれを洗(あら)いましたらほんとうにきれいな硝子(ガラス)のようになって日に光りました。タネリはまたおっかさんのことばを思い出してもう棄(す)ててしまおうとしてあたりを見まわしましたら南の岬(みさき)はいちめんうすい紫(むらさき)いろのやなぎらんの花でちょっと燃(も)えているように見えその向(むこ)うにはとど松(まつ)の黒い緑(みどり)がきれいに綴(つづ)られて何とも云(い)えず立派(りっぱ)でした。あんなきれいなとこをこのめがねですかして見たらほんとうにもうどんなに不思議(ふしぎ)に見えるだろうと思いますとタネリはもう居(い)てもたってもいられなくなりました。思わずくらげをぷらんと手でぶら下げてそっちをすかして見ましたらさあどうでしょう、いままでの明るい青いそらががらんとしたまっくらな穴(あな)のようなものに変(かわ)ってしまってその底(そこ)で黄いろな火がどんどん燃(も)えているようでした。さあ大変(たいへん)と思ってタネリが急(いそ)いで眼(め)をはなしましたがもうそのときはいけませんでした。そらがすっかり赤味(あかみ)を帯(お)びた鉛(なまり)いろに変(かわ)ってい海の水はまるで鏡(かがみ)のように気味(きみ)わるくしずまりました。
 おまけに水平線(すいへいせん)の上のむくむくした雲の向(むこ)うから鉛いろの空のこっちから口のむくれた三疋(びき)の大きな白犬に横(よこ)っちょにまたがって黄いろの髪(かみ)をばさばささせ大きな口をあけたり立てたりし歯(は)をがちがち鳴らす恐(おそ)ろしいばけものがだんだんせり出して昇(のぼ)って来ました。もうタネリは小さくなって恐(おそ)れ入っていましたらそらはすっかり明るくなりそのギリヤークの犬神(いぬがみ)は水平線まですっかりせり出し間もなく海に犬の足がちらちら映(うつ)りながらこっちの方へやって来たのです。
「おっかさん、おっかさん。おっかさん。」タネリは陸(りく)の方へ遁(に)げながら一生けん命(めい)叫(さけ)びました。すると犬神はまるでこわい顔をして口をぱくぱくうごかしました。もうまるでタネリは食われてしまったように思ったのです。「小僧(こぞう)、来い。いまおれのとこのちょうざめの家に下男(げなん)がなくて困(こま)っているとこだ。ごち走(そう)してやるから来い。」云(い)ったかと思うとタネリはもうしっかり犬神(いぬがみ)に両足(りょうあし)をつかまれてちょぼんと立ち、陸地(りくち)はずんずんうしろの方へ行ってしまって自分は青いくらい波(なみ)の上を走って行くのでした。その遠ざかって行く陸地に小さな人の影(かげ)が五つ六つうごき一人は両手を高くあげてまるで気違(きちが)いのように叫(さけ)びながら渚(なぎさ)をかけまわっているのでした。
「おっかさん。もうさよなら。」タネリも高く叫(さけ)びました。すると犬神はぎゅっとタネリの足を強く握(にぎ)って「ほざくな小僧、いるかの子がびっくりしてるじゃないか。」と云ったかと思うとぽっとあたりが青ぐらくなりました。「ああおいらはもういるかの子なんぞの機嫌(きげん)を考えなければならないようになったのか。」タネリはほんとうに涙(なみだ)をこぼしました。
 そのときいきなりタネリは犬神の手から砂(すな)へ投(な)げつけられました。肩(かた)をひどく打(う)ってタネリが起(お)きあがって見ましたらそこはもう海の底(そこ)で上の方は青く明くただ一とこお日さまのあるところらしく白くぼんやり光っていました。
「おい、ちょうざめ、いいものをやるぞ。出て来い。」犬神は一つの穴(あな)に向(むか)って叫びました。
 タネリは小さくなってしゃがんでいました。気がついて見るとほんとうにタネリは大きな一ぴきの蟹(かに)に変(かわ)っていたのです。それは自分の両手(りょうて)をひろげて見ると両側(りょうがわ)に八本になって延(の)びることでわかりました。「ああなさけない。おっかさんの云(い)うことを聞かないもんだからとうとうこんなことになってしまった。」タネリは辛(から)い塩水(しおみず)の中でぼろぼろ涙(なみだ)をこぼしました。犬神(いぬがみ)はおかしそうに口をまげてにやにや笑(わら)ってまた云いました。「ちょうざめ、どうしたい。」するとごほごほいやなせきをする音がしてそれから「どうもきのこにあてられてね。」ととても苦(くる)しそうな声がしました。「そうか。そいつは気の毒(どく)だ。実(じつ)はね、おまえのとこに下男(げなん)がなかったもんだから今日(きょう)一人見附(みつ)けて来てやったんだ。蟹にしておいたがね、ぴしぴし遠慮(えんりょ)なく使(つか)うがいい。おい。きさまこの穴(あな)にはいって行け。」タネリはこわくてもうぶるぶるふるえながらそのまっ暗(くら)な孔(あな)の中へはい込(こ)んで行きましたら、ほんとうに情(なさ)けないと思いながらはい込んで行きましたら犬神はうしろから砂(すな)を吹(ふ)きつけて追(お)い込むようにしました。にわかにがらんと明るくなりました。そこは広い室であかりもつき砂がきれいにならされていましたがその上にそれはもうとても恐(おそ)ろしいちょうざめが鉢巻(はちまき)をして寝(ね)ていました。(こいつのつらはまるで黒と白の棘(とげ)だらけだ。こんなやつに使(つか)われるなんて、使われるなんてほんとうにこわい。)タネリはぶるぶるしながら入口にとまっていました。するとちょうざめがううと一つうなりました。タネリはどきっとしてはねあがろうとしたくらいです。「うう、お前かい、今度(こんど)の下男は。おれはいま病気(びょうき)でね、どうも苦(くる)しくていけないんだ。(以下原稿空白)

 
1134-4‐雲20200816-4-.
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底本:「ポラーノの広場」角川文庫、角川書店
   1996(平成8)年6月25日初版発行
底本の親本:「新校本 宮澤賢治全集」筑摩書房
   1995(平成7)年5月
入力:ゆうき
校正:noriko saito
2009年8月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

 20200818宮沢賢治1

                 
        

庭の収穫 セミの抜け殻51個目 漢方薬「蝉退(せんたい)」

2020/ 08/ 26
                 

 十二分セミの抜け殻50超え

 日々続く数え数えて炎天下実にもなるかセミの抜け殻

20200820 セミの抜け殻51個目
   (庭の収穫:セミの抜け殻51個目)



 ありがとうございます。
 異国に住むブロ友さんからのお便りで、セミの抜け殻が漢方薬になっているということを教えて頂きました。
 ということで、あちこち検索してみました。


 蝉退(せんたい) =漢方薬に用いる生薬の一つ。
~日本大百科全書(ニッポニカ)の解説~
セミの抜け殻のことで、漢方では古くから解熱薬、止痒(しよう)薬として用いられてきた。薬用にされる種類は多いが、中国では主としてクマゼミ属Cryptotympanaのものが用いられ、日本ではアブラゼミGraptopsaltria nigrofuscataの抜け殻も採集される。かぜ、じんま疹(しん)のほか、小児の夜泣き、咽頭(いんとう)炎、喉頭(こうとう)炎、結膜炎、白内障などにも応用される。市場では「金進(きんしん)」「金蝉(きんぜん)」「只進(ししん)」などとも称される。[難波恒雄・御影雅幸]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)



                 
        

三島由紀夫逝きて半世紀 猫の描写

2020/ 08/ 25
                 

 猫描く三島由紀夫は何語る小説の筋曰く不可思議


 セミの抜け殻50個に20200816-2.
  〈セミの抜け殻50個.令和二年八月.於わが家の庭〉


 三島由紀夫の小説の中には、猫が登場する作品が幾つかあります。
 三島の猫好きは有名でしたが、こと小説の中に題材として描く猫に関しては思いもかけないかたちをとって、読む者にとっては心が惑うことになります。

 三島由紀夫と愛猫チル.
   〈書斎にて、愛猫チルと。中央公論新社「三島由紀夫と戦後」〉


 三島最後の小説、『豊饒の海』四部作の結末もそうであるように、小説の落ちどころは曰く言い難い迷路に私たちを誘い込んでいるようにもみることができます。
 死出の旅として遺した「檄」もまた、自らの魂の終焉としての幕引きのメッセージだったのかも知れません。
 衆人を前にして自らに終止符を打った三島由紀夫・・・。私たち日本人に何が遺されたのでしょうか。


  ~三島由紀夫 間もなく没後50年~

 昭和45年(1970年)11月25日(水)、三島由紀夫は 45歳〈大正14年(1925年)1月14日生(水)〉で生涯を終えました。満年齢と昭和の年数が一致という、まさに昭和を代表する日本人の一人でもあった三島由紀夫。
 学生時代、experimental psychology の機械実験演習室に、学科研究室の女史が駆け込んできて、三島由紀夫の自刃を告げました。
 浅沼稲次郎が17歳の山口二矢(おとや)に暗殺〈昭和35年(1960年)10月12日(水)〉されて以来の衝撃を受けました。


  ~三島由紀夫「檄文」の写し~

 平成27年(2015年)9月23日(水)午後6時から、小野照崎神社において、「足利学校・雅楽の夕べ」が催されました。

 小野照崎神社秋季例大祭20150923

 20150923萬歳楽小野照崎神社


 この年の「足利学校」の講演は「戦後70年と三島由紀夫」と題して、神社本庁の木田孝朋先生が講師を務めました。
 その折に、コピー-「檄 盾の会隊長 三島由紀夫」〈直筆.B4サイズ1枚(両面コピー)と、印字.A3サイズ1枚〉を頂戴しました。

 20200820檄1

 20200820檄2

 20200820檄3印刷

                 
        

2020年8月15日 アブラゼミの羽化観察記録

2020/ 08/ 24
                 

 いのち見る静けさに会う羽化しじま刻(とき)を一に闇にまさらむ


 20200815-1- アブラゼミの羽化
  〈アブラゼミの羽化2020年8月15日20:10〉

 20200815-27―アブラゼミの羽化
  〈アブラゼミの羽化2020年8月15日21:18〉



 いかがお過ごしですか。
 詩人たちの夏のうたを思い出します。
 詩人たちの秋のうたが思い起こされます。
 そんな季節のはざま。
 いかがお過ごしですか。

 〈予約(2020年8月17日)投稿.セミの羽化:2020年8月15日撮影.〉


   別れ

 もう秋か。――それにしても、何故に、永遠の太陽を惜しむのか、俺達は清らかな光の發見に心ざす身ではないのか、――季節の上に死滅する人々からは遠く離れて。

 (ランボー詩集『地獄の季節』1873年4月―8月.「別れ」227p~229pの出だし2行)
『小林秀雄全集 第二巻 ランボオ・Ⅹへの手紙』昭和43年2月20日發行 著者小林秀雄 發行所株式會社新潮社




  令和二年八月十五日 アブラゼミの羽化観察記録

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鴻巣情報 期間限定!! かつ膳のお持ち帰り弁当

2020/ 08/ 23
                 

 知らなんだ期間限定持ち帰りとんかつ二つ熱いうちにと


 20200821-2 かつ膳 お店の名前


 市内のとんかつ屋さんで、「さきたま黒豚」がメニューに載っているお店を探したところ、2軒見つけることができました。
 うち1軒は今まで何回か足を運んだことがあるお店でしたので、今回は川幅日本一、荒川御成橋近く、初見参のとんかつ屋に白羽の矢をたてることにしました。
 ネットで検索した範囲では、テイクアウトの可否についての記載がありませんでしたので、今回は下見ということで、ランチタイムに一人で出かけました。

 20200821-1かつ膳のぼり

 嬉しいじゃあありませんか。
 「お弁当はじめました」の幟がひらひらとはためいていたのです。

 お店でのランチはやめにして、二人分の持ち帰りを頼みました。

 20200821-6 かつ膳 和室の襖

 家にもどって、先ずは温かいうちに頂こうという気持ちが先走り、ついうっかりと「さきたま黒豚ロースかつ」の写真を撮るのを失念してしまいました。

 20200821-8-1 かつ膳 日本酒ラインナップ1

 20200821-8-2 かつ膳 日本酒ラインナップ2


 次回、二人一緒に暖簾をくぐったときに、写真を撮ることに致します。

 
 20200821-4 かつ膳 おすすめランチ

 20200821-5 かつ膳の 期間限定 お持ち帰り弁当

 20200821-3 かつ膳 住所
 (定休日/月曜日.お持ち帰り弁当の受付時間/・11:00~14:00.・17:00~21:00.⇒なるべく事前にご連絡をお願いします。)


 こうのすグルメを応援しよう

 こうのすグルメ応援隊長


                 
        

鴻巣市合併15周年記念 プレミアム付商品券 抽選販売予約

2020/ 08/ 22
                 

  プレミアム30パーセント商品券利用店舗はいつから判る?


 プレミアム付商品券予約


 市広報8月号の折り込みに、A4サイズのかたい紙が1枚入っていました。
 「鴻巣市合併15周年記念 プレミアム付商品券 抽選販売予約を受付けます!!」の大きな文字。
 表紙の左肩には、「コロナに負けるな!」、右肩には「30%プレミアム」と書かれていました。

 ・総額2億6千万円の規模で発売。
 ・商品券の使用期間は、令和2年12月1日(火)~令和3年5月31日(月)まで。
 ・申込受付は、令和2年9月30日(水)まで。
 ・発行部数40,000部を上回った場合は抽選。
 ・1冊6,500円(販売額5,000円)。
 ・1人当たり4冊(20,000円)を限度。
 ・エトセトラ・・・。

  ただいま、参加店を募集中・・・とのことでした。

                 
        

令和二年八月 二日続いてセミの羽化を見る

2020/ 08/ 21
                 

 通り雨葉陰に涼しセミの羽化


     20200812-9 - セミの羽化

 20200812-12 - セミの羽化


 セミの羽化は、午後4時半頃から午後8時半頃まで。が一般的のようですが、セミの種類やその時々の環境により随分と幅があるように思ったのが、2020年の夏でした。

 20200812-1セミの羽化

 20200812-2 -セミの羽化

 20200812-3 ―セミの羽化

  20200812-4 セミの羽化.

 このブログは、8月12日夜〈21:12~22:09〉に撮ったアブラゼミの2例目の観察記録ですが、その3日後にもセミの羽化する現場を撮ることができました。

 20200812-5 -セミの羽化

 20200812-7 - セミの羽化

  20200812-9 - セミの羽化

 セミの羽化20200812-10

 3例それぞれ羽化が始まる時刻と羽が伸びきる時刻までの時間の経緯に、かなりの差異がありましたので、記録という意味合いにおいてもここに記しておくことにしました。

  20200812-12 - セミの羽化

 セミの羽化20200812-14

 セミの羽化20200812-17



                 
        

シマ二日続けて顔を出す

2020/ 08/ 20
                 

 きょうもまたそわそわと待つシマさまのおすまし顔に安堵ため息


 ある日のシマ
   〈ある日のシマ〉


 この日は、夜の8時42分に姿を現しました。

 昨日に続き、ぐっすり眠ることができそうです。


                 
        

12日ぶりに顔を見せたシマ

2020/ 08/ 19
                 

 はや4年もうすぐ4年まだ4年シマ見えぬ日々10日を過ぎ

 アッ!シマだ!夜の夜中にヒョコリとしばらくぶりの対面嬉し


 20200516 シマ5
  〈ある日のシマ〉


 2016年11月に初御目文字したさくらネコのシマ。
 2020年8月6日の午後5時5分以来、姿をみせていなかったのですが、18日の夜の9時半過ぎにひょこり顔を出しました。

 20200806 シマ 3
  〈2020年8月6日午後5時5分〉
                 
        

令和二年八月 セミの羽化を間近に見る 

2020/ 08/ 18
                 

 待ち望み蠢くさやかセミの羽化


 1-1 セミの羽化20200811.20:03 - コピー


 この夏、わが家の庭で見たセミの抜け殻の数は尋常ではありませんでした。

 1-2.20200811.20:05 - コピー

 8月の夜、2日連続してセミの羽化を観察することができました。
 まずは1例目の観察写真です。

 1-3 20200811.20:20 - コピー

 何れもアブラゼミでした。

  1-4  20200811.20:36 - コピー

 

  ~2020年8月11日.アブラゼミの羽化(予約投稿)~
                 
        

令和二年八月 セミの抜け殻39個

2020/ 08/ 17
                 

 ひと夏のセミの抜け殻賑々し庭では鳴かず何故〈なにゆえ〉と問う


 5963-3 アップ


僅か2例に過ぎませんでしたが、数十年ぶりにセミの羽化の観察もできました。

 5963-2 セミの抜け殻39個 20200813

 それにしても、39個のセミの抜け殻をわが家の庭で見つけたことは、驚き桃の木山椒の木でありました。



                 
        

令和二年八月の夜 アゲハチョウ部屋に舞い込む

2020/ 08/ 16
                 

 クロアゲハ夜に挨拶部屋灯す


 59-4 クロアゲハ蝶


 この夜、セミの羽化を観察したいなと思い、庭に出ようとしたのですが。

 59-7 クロアゲハ蝶

 突如部屋に飛び込んできたのが、クロアゲハ蝶でした。

 59-2 クロアゲハ蝶 




                 
        

羽化したばかりのセミ  観察記録にはなりませんでしたけれど

2020/ 08/ 15
                 

 夜帰宅灯りの先にセミの羽化


 888-1-1 セミの羽化 近く


 にびいろの羽愛おしく宵のセミ


 
888-3 セミの羽化




 この日は午後7時半ころ自宅にもどりました。
 雨戸をあけました。
 部屋の明かりが庭のキウイフルーツなどの枝や葉を照らします。
 オヤッと思いました。
 嬉しいですね。
 丁度、セミの羽化が終わったところに出会わしたのでした。
 それも二匹です。
 もしかしたらと思い、庭に下りてこの辺りにはと目星をつけたところに行ってみました。

  888-8 セミの羽化

そこにも誕生したばかりのセミがじっと潜んでいました。
 







 
                 
        

鴻巣 そば処 蔵王

2020/ 08/ 14
                 

  そば処今日も今日とて来客を待ちしメニューに明日に繋ぐ

 147-1 そばの花とミツバチ


  この日は、カメラもスマートフォンも家に置き忘れていました。
 〈当日は車の1年点検で外出しましたので、外でランチと決めていました。〉
 玄関口の、「からし大根おろしそば」と、「マイタケとインゲンの天ぷら」の立て札が目に留まりました。
 
 からし大根おろしそばに惹かれましたが、暖簾をくぐるのは初めてのそば処ですので、そばを楽しむということを第一義にして、もりを頼みました。いつもの通り大盛りです。

 147-2  行幸田のそば畑

 そばは北海道産と表示されていました。
 冷たくしっかりと水切りをしています。
 ワサビは本物をすりおろしていると感じました。
  「マイタケとインゲンの天ぷら」はリーズナブルなお値段設定となっていて、品よく揚がっていました。

 147-7 応援隊員の誓い 応援団長ひなちゃん

  帰りしなに、奥様に伺ったところ、大根は自家製とのことでした。
  インゲンも家で採れたものですか、と、お聞きすればよかったなと、支払いを済ませ車に戻った時に思いました。

  147-5 クーポン券

 次回は、からみ大根おろしそばを注文することにしました。

 147-9 参加店更新中



                 
        

庭の収穫… セミの抜け殻18個

2020/ 08/ 13
                 

 抜け殻はどこだったかなと狭き庭ぼけ老人か許容範囲か


 888-1 セミの抜け殻18個


 ありました。
 セミの抜け殻18個。


薄衣夏の一夜の幻の空蝉悲しぬるる袖かな


                 
        

ガラス戸越しのシマの爪とぎ

2020/ 08/ 12
                 

 ようやくにシマの爪とぎキャッチするガラス戸越しの記念撮影


 666-1 シマ


 やはりガラス戸越しでは物足りない記念撮影です。

 666-2 シマ

 暑い盛りではありますが、シマが来る頃を見計らって、ガラス戸は開けておきましょう。
 そうはいっても、気紛れシマは、いつやって来るのかも全然検討がつかないのです。

 666-3 シマ

 この日も彼女が姿を見せたのは三日ぶりだったのです。
 


                 
        

あっという間に車の1年点検

2020/ 08/ 11
                 

 この時世先行き見るか今見るかなんだかんだと何でも鵜呑み


 77777-2  走行距離
 〈外出を控えたせいか、ずいぶんと走行距離が少なかったんだなあ・・・と、1年点検を受けたときの感想です。〉


 この日、車の1年点検をしました。
 オプションで、新型コロナウイルス対策を施してもらいました。
 アースレッドとかバルサンのように、室内に煙を充満させてウイルスを殺すというものだそうです。
 半年は効果が持続するということなので、大枚をはたいて実施してもらいました。
 次の6か月点検は、2021年の2月となります。
 その頃、日本における新型コロナはどのような状況下になっているでしょうか。


 77777-1 走行距離.


 コロナとは別の話とはなりますが、世界における日本のポジショニングの位置がどのように変化したのか、分水嶺の見極めをする一番重要な時を迎える年が、2021年となると犇々と感じています。
                 
        

セミの抜け殻二十に届くか 猫の額ほどの庭ですが・・・

2020/ 08/ 10
                 

 明日を待つ抜け殻ばかりセミの羽化


 44444-15  セミの抜け殻 20200809

 444-20 セミの抜け殻


 セミの羽化撮りにがしたりまたしても抜け殻数え臍を噬む噬む

 444-23 セミの抜け殻 20200809.

 44444-7-1 セミの抜け殻 20200809


 小さな庭の、四季折々の様相。

 44444-1セミの抜け殻  20200809

 44444-3 セミの抜け殻20200809.

 44444-6 セミの抜け殻 20200809

 夕方から夜にかけてセミの羽化が始まります。

  44444-9 セミの抜け殻 20200809

 44444-10-1 セミの抜け殻 20200809

 44444-13  セミの抜け殻 20200809

 今年の夏は、特にセミの抜け殻を多く見受けます。

 44444-17   セミの抜け殻 20200809

 44444-19  セミの抜け殻 20200809.

 44444-20-1 セミの抜け殻 20200809.

 どれくらいあるのだろうかと、数えてみました。

 44444-24 セミの抜け殻 20200809

 44444-25 セミの抜け殻20200809

 44444-27 セミの抜け殻.

 444-25 セミの抜け殻 20200809





                 
        

カフェ&ギャラリー 香文木 昼のひととき

2020/ 08/ 09
                 

 香り立つ午後のコーヒーギャラリーの片隅ひとりたゆたうこころ


 カフェ&ギャラリー 香文木 コーヒー


 手打ちそば香りほのかに主あり

 香文木 手打ちそば 大盛り


 夏野菜100円也を二つ買う

 香文木 ナスとキュウリ.各100円


 そばが手打ちということで、初訪問となった「カフェ&ギャラリー 香文木」。
 
 サラダが先ず出て来ました。

 香文木 サラダ


 注文を受けてからそばを仕込みますので、出来上がるまで館内に展示している作品などを見て回りました。

 入口にナスとキュウリが入ったビニール袋が置かれていました。
 一袋100円です。主夫として見逃すはずはありません。
 こういうときは上品さも必要と思い、ナス一袋〈4つ〉、キュウリ一袋〈6つ〉を手に取ることにしました。
 案の定、帰るときには何も置いていない棚となっていました。
 

 そばはいつものとおり大盛りです。
 麺は素朴に出来上がっています。
 幾つか印象に残ったことをメモしておくことにいたします。
 汁が器一杯に入っていました。
 そば湯を楽しむにはどうしたらよいかなと、しばし考えました。
 練りわさびはチューブを押し出した痕跡がそれとなくわかる風情となっていました。


 食後の「香文木ブレンドコーヒー」の香りを楽しみながら、しばしの時に身を委ねました。


 こうのすグルメ応援隊クーポン券

 
 12345-1 メニューその1

 12345-2 メニュー2


 カフェ&ギャラリー 香文木
  埼玉県鴻巣市常光1989
   Tel&fax 048-542-0923
営業時間 午前11時から午後5時〈LO4時半〉
 火曜日定休
                 
        

夏は青い空に……  中原中也 白い雲のかなたに

2020/ 08/ 08
                 

 白雲よ汝(な)れは中也かどこまで流る


 345-2.j


 多くの詩人が夏をうたっています。
 中也もまたしかりです。
 夏は青空の中に白い雲が浮かびます。
 羊〈※註〉になることができなかった中原中也は、『山羊の歌』を遺しました。
 和洋の宗教観が混在する中也の詩は、ときとして朗読する者の心をおだやかならざる対岸におくこともありますが、それはまた、ときとして救いを求めるその心象にわが身を擬えることにもなるのです。
 
  〈※註:聖書に記す、「羊を右に、山羊を左に」〉


 345-1安曇野の空 9月



 夏は青い空に……  中原中也

夏は青い空に、白い雲を浮ばせ、
 わが嘆(なげ)きをうたう。
わが知らぬ、とおきとおきとおき深みにて
 青空は、白い雲を呼ぶ。
わが嘆きわが悲しみよ、こうべを昂(あ)げよ。
 ――記憶も、去るにあらずや……
湧(わ)き起る歓喜のためには
 人の情けも、小さきものとみゆるにあらずや
ああ、神様、これがすべてでございます、
 尽すなく尽さるるなく、
心のままにうたえる心こそ
 これがすべてでございます!
空のもと林の中に、たゆけくも
 仰(あお)ざまに眼(まなこ)をつむり、
白き雲、汝(な)が胸の上(へ)を流れもゆけば、
 はてもなき平和の、汝がものとなるにあらずや


  246-2 山羊の歌


                 
        

梅雨明け セミの羽化

2020/ 08/ 07
                 

 抜け殻に夏到来の庭の夕


   セミのスタンバイ
  〈真下から撮りました!〉


 梅雨明けにふさわし夕べセミの羽化


セミの羽化
  〈残念! もぬけの殻・・・〉


 いつのまにやらのセミの抜け殻です。梅雨明けの翌日のことでした。


 ミンミンと鳴かずくぐもる葉裏宿


 よくよく見ると、キウイフルーツの小枝のかげに、セミが羽を休めているではありませんか。

 スタンバイ完了 セミの


 またしてもセミの羽化の瞬間を撮りにがしていたのでありました。


                 
        

八月の庭 ミョウガの花が咲いていました。

2020/ 08/ 06
                 

 下り立ちた庭の木陰に花ミョウガ


 147-2  ミョウガの花 その2


  この日は久しぶりにミョウガ〈3本、97円〉を買いました。
 家に戻ってから、もしやと思って庭の片隅をみやったところ、何やら花のようなものがぼんやりと浮かんでいました。
 やはりミョウガでした。
 ここ数年ミョウガが生えてこなかったので、今年も諦めていたのです。
 いつの間にか30本ほどが生え出ていました。

 444-1 ミョウガ

 7割ほどは既に花が咲ききっていましたが、自宅で食べる分には支障がない範囲のものとお見受けしました。


 444-2 ナスのミョウガ和え


                 
        

鴻巣のケーキ屋さん ピーク ア ブー PEEK A BOO

2020/ 08/ 05
                 

 ケーキ屋さんあれかこれかと思案する初訪問のひととき楽し
 

 333-15 PEEK A  BOO 外観


  初めてのPEEK A BOO。事前情報入手ということで、あれこれ検索すると。
 その一つには、営業日は、火曜と土曜日の週2日。営業時間は記載がありませんでした。
もう一つをみると、定休日だけが表示されていて、月曜日、水曜日、木曜日、金曜日、日曜日となっていました。こちらも営業時間は記載されていませんでした。
「ピーク ア ブー」のインスタグラムをのぞいてみましたが、営業日、営業時間の記載は、私が見た範囲では見出すことができませんでした。
 Facebookも然りでした。
 どんなメニューがあり、それぞれの値段がいかほどなのかも、事前に知りたかったのですが、ホームページやブログが掲載されていなかったということもあり、残念ながらの結果となりました。

 道路に面して幟がはためいていました。窯焼きピザとあるではありませんか!
 店内に入って判ったことは、食事もできるということでした。
 ランチは、ビザ1種類と、数種類のパスタメニューが揃えられていました。リーズナブルなお値段となっていました。
 勿論、このスペースでケーキの味を楽しむこともできますが、この日は持ち帰りでお邪魔していますので、4種類のケーキをテイクアウトしました。


 そうそう、肝腎なことを書いておきます。
 営業日は、土曜、日曜、月曜、火曜の週4日です。
 営業時間は、午前10時から午後6時です。
 ケーキは日替わりメニューもあるとのことでした。

 ケーキケースをのぞいて気にかかったことがありました。

 333-2 PEEK A  BOO パンピー 1番人気

 ケーキの名前は書いてありますが、そのケーキに値段が添えられていないのです。
 〈別紙にケーキ名と値段の一覧が表示されてはいましたが、イマイチ判りやすくなかったという感想を持ちました。〉
 ちなみに手元のレシートをみると、

 258-2 ピークアブー レシート

となっていて、値段だけの表示となっていました。
 600円のケーキはどれなんだろう、500円が2つあるけれど、どれとどれかな・・・と、家に帰ってレシートを眺めながらついつい思ってもみたりしました。

 ケーキ美味しかったよ。と、家人の言葉。
 次に行くときは、違う種類のケーキと、窯焼きビザをテイクアウトしようかなとも思ったりしています。

 
  PEEK A BOO
 埼玉県鴻巣市三ツ木341-1
 Tel 090-8720-2674
 Instagram : nisijgii0211
 Facebook : PEEK A BOO

258―1  ピークアブー インスタグラム.



                 
        

AOKI ダブル抗菌・洗えるクールマスク 第5回 3万人分に当選

2020/ 08/ 04
                 

梅雨明けかメールが届く当選のクールマスクはありがたきかな


  1303 aoki クールマスク


 関東地方梅雨明けの8月1日、指定のAOKI店に出向き「ダブル抗菌・洗えるクールマスク」を手にしました。
 1箱20枚入りとなっていますので、これからの盛夏、まことにありがたい当選となりました。
今回の5回目は3万人が当選したそうです。


  1302 aoki ロゴマーク


 次回6回目の抽選〈2万人分〉は、8月5日(水)の午後5時まで応募を受け付けることになっています。
 ご参考ください。


                 
        

CAC 絵画研究会小品展 滝瀬豊子 斎藤正治 西利則 会場:カフェ&ギャラリー 香文木

2020/ 08/ 03
                 

梅雨明けて展示空間ほのぼのと心さざ波明日に向いて


 2104 斎藤正治 春雷(模写、アルボ―、荒野の群馬より) F8号 アクリル
  〈斎藤正治 春雷(模写、アルボ―、荒野の群馬より) F8号 アクリル〉


 「CAC 絵画研究会小品展」は、三人展でした。

 西利則 藤籠と胡桃 鉛筆
 〈西利則 藤籠と胡桃 鉛筆〉


 滝瀬豊子 果物 F8号 油彩
 〈滝瀬豊子 果物 F8号 油彩〉


 滝瀬豊子、斎藤正治、西利則〈主催者〉の諸氏です。 


 滝瀬豊子 静物 F8号 油彩
 〈滝瀬豊子 静物 F8号 油彩〉


 斎藤正治 ガス燈(小平、ガス資料館) F8号 アクリル
 〈斎藤正治 ガス燈(小平、ガス資料館) F8号 アクリル〉


 西利則 ラファエロ作「大公の聖母」模写 油彩
 〈西利則 ラファエロ作「大公の聖母」模写 油彩〉


 偶然とはいえ、午後のひととき、食事を頂きながら拝観する幸運に恵まれました。


 斎藤正治 習作「レモン」 f4号 水彩・アクリル.j
 〈斎藤正治 習作「レモン」 f4号 水彩・アクリル〉


 西利則 玉葱 F4号 水彩
 〈西利則 玉葱 F4号 水彩〉


 「油彩」、「水彩」、「アクリル」、「鉛筆」、「模写作品」と多岐にわたる出品リストから、滝瀬豊子さんの作品3点、斎藤正治さんの作品4点、西利則さんの作品4点をご紹介致します。


 滝瀬豊子 静物 F6号 水彩
 〈滝瀬豊子 静物 F6号 水彩〉


 斎藤正治 テレワークの休憩 F8号 水彩
 〈斎藤正治 テレワークの休憩 F8号 水彩〉


 西利則 百合のある静物 F3号 油彩
 〈西利則 百合のある静物 F3号 油彩〉


   ⇒ 2020年8月2日までの作品展でした(^-^)/




 カフェ&ギャラリー 香文木
  埼玉県鴻巣市常光1989
   Tel&fax 048-542-0923
   営業時間 午前11時から午後5時〈LO4時半〉
    火曜日定休

                 
        

西利則 CAC 絵画研究会小品展 於香文木

2020/ 08/ 02
                 

 めぐりあいひととき憩うギャラリーのそこはかとなき静謐の午後


803 カルロ・ドルチ作「悲しみの聖母」模写 油彩
 ( カルロ・ドルチ作「悲しみの聖母」模写 油彩)





 「CAC 絵画研究会小品展」主催者の西利則氏は、油彩画5点、模写作品3点、水彩画5点、鉛筆画3点の出品です。


 801 座る人〈薄桃色のスカート〉 水彩f12号 西利則
  (座る人〈薄桃色のスカート〉 水彩F12号)
 

 804 果実とティーセット 油彩 F6号 西利則 於「香文木」
 (「果実とティーセット」 油彩 F6号)


 802 リャドロ人形 鉛筆
 (「リャドロ人形」 鉛筆画)


 「座る人(薄桃色のスカート)」〈F12号.水彩〉は、案内はがきに載っていた作品です。
 カメラレンズが秀でていないため、女性の肌合いのそこはかとない趣が浮かびあがってみえないのが、とても悔やまれます。


 カフェ&ギャラリー 香文木
  埼玉県鴻巣市常光1989
   Tel&fax 048-542-0923
営業時間 午前11時から午後5時〈LO4時半〉
 火曜日定休