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銀座並木通り 空也

2014/ 09/ 06
                 
 『空也餅、冬には時々作ります。』との、お店の人の話です。

 夏目漱石著の『吾輩は猫である』の二節に一か所、三節に二か所「空也」の名前が出てきます。

 「ニ」≪ ・・・ 主人はまたやられたと思いながら何も云わずに空也餅(くうやもち※)を頬張って口をもごもご云わしている。 ・・・ ≫ 
 「三」≪ ・・・ 鼻子は学問上の質問は手に合わんと断念したものと見えて、今度は話題を転ずる。「御話は違いますが――この御正月に椎茸(しいたけ)を食べて前歯を二枚折ったそうじゃ御座いませんか」「ええその欠けたところに空也餅(くうやもち)がくっ付いていましてね」と迷亭はこの質問こそ吾縄張内(なわばりうち)だと急に浮かれ出す。「色気のない人じゃ御座いませんか、何だって楊枝(ようじ)を使わないんでしょう」「今度逢ったら注意して置きましょう」と主人がくすくす笑う。「椎茸で歯が欠ける位じゃ、余程歯の性(しょう)が悪いと思われますが、如何(いかが)なものでしよう」「善いとは言われますまいな――ねえ迷亭」「善い事はないが一寸愛嬌(あいきょう)があるよ。あれぎり、まだ填(つ)めないところが妙だ。今だに空也餅引掛所(ひっかけどころ)になってるなあ奇観だぜ」「歯を填める小遣いがないので欠なりにして置くんですか、又は物好きで欠けなりにして置くんでしょうか」「何も永く前歯欠成(かけなり)を名乗る訳でもないでしょうから御安心なさいよ」と迷亭の機嫌は段々回復してくる。 ・・・ ≫
  (「新潮文庫版・注解の※空也餅:半搗きの餅でつぶし餡をつつんだ和菓子。と表記されている。)

吾輩は猫である
 「   一
 吾輩は猫である。名前はまだ無い。
 どこで生まれたか頓(とん)と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。吾輩はここで始めて人間というものを見た。 ・・・ 」 (-新潮文庫版 平成25年12月20日 115刷による- 解説は伊藤整。その冒頭にはこう書かれています。・・・『吾輩は猫である』は漱石の最初の小説である。彼は四十歳になって初めてこの小説を書いたので、それまでは単なる一英文学者だった。この作品の出現は言わば奇跡のようなものであった。だから、どういう風にして小説家漱石が準備され成熟したかを知るためには、漱石その人の過去の生活や性格を考える必要がある。・・・ )


 文壇人のお口に合う、「空也」の和菓子です。
 小島政二郎の『金の指』では、空也双紙が手土産として、舟橋聖一の『白い魔魚』はこちらも手土産として空也最中が、そして、林芙美子の『匂い菫』には、空也最中が茶菓子として出てくるそうです。










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