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杉浦日向子さん 間もなく56歳の誕生日

2014/ 11/ 22
                 

杉浦日向子さん、まもなく56歳の誕生日


 鈴木順子さんが本名です。
 1958年(昭和33年)11月30日生れですから、ご存命ならまもなく56歳となるところですが、彼女は2005年(平成17年)7月22日、46歳で帰らぬ人となっています。
永眠されていつのまにか9年となっていました。

 日向子さんの一周期に合わせ、没後最初の単行本となった『杉浦日向子の 食・道・楽』が、2006年(平成18年)7月22日に新潮社より刊行されています。 
 
 「妹としての杉浦日向子」と題して、『杉浦日向子の 食・道・楽』の新潮文庫巻末に、写真家の鈴木雅也が、「杉浦日向子という作家の仕事と人柄について、まだ知らない方にも伝えられるような内容でと、原稿を頼まれました。何故かというと、私は彼女にとって、一人しかいない五つ年上の兄だからです。・・・」という書き出しから始まる文を載せています。

 ちょっと長くなりますが、兄としての妹の文章を思い遣る気持ちが、この中に凝縮されていますので、最後までお付き合いください。

 『 ・・・ ・・・ 妹の漫画の熱烈なファンでもあった私ですが、彼女の書く文章も日向子らしさにあふれていて、軽妙で分かりやすく上手いと思います。ただ正直この本の読み始めはちょっと説教臭い。目線が少し高いことも気になります。江戸時代からやってきて、古き良き気質を尊び、少々頑固な知識人である「杉浦日向子」だったらこう書くのではと、少し無理をしているところがあると思いました。それはそこまでして、今までの自分の経験したことや、人生を言いたい時期だったから、かもしれません。そのことが昔、妹が幼稚園の門をくぐるときに被っていた「ネコ」〈※〉を私に思い出させました。メタファー(隠喩〈いんゆ〉法)としての「それ」は、彼女を落ち着かせるためにはとても大切なものなのです。その中でならば、外の世界に対しての立ち振る舞いや言動、本心までもが滑らかに出せるということを三歳の時から自然に分かっていたのでしょう。

 そう思って読み進めると、だんだんかぶっているものが気にならなくなり、素顔の妹がみえてくるのが分かります。今まで折に触れ考えてきたこと、楽しかったことやうれしかったこと。愛情をかけた動物や様々なものたち。どういうふうに暮らしてきたのか、どんな風に生きたいのか、活きたいのか、エッセイやフィクションの中でのその声は等身大の大きさで今までになく、近くに聞こえてきます。しかもなるべく明るく可愛く、「こんな私ですけど、みなさん。分かりますよね!? 」と、私を好きになってほしいという気持ちが伝わってきます。だから「杉浦日向子」らしくない本だと言う方もいると思いますが、私にとっては、賢く器用に楽しくやっているように見えていたのに、実は相当不器用にアッチャコッチャと懸命に生きていた「私の妹」を感じさせ、愛(いと)おしくなる一冊です。
 (2008年12月、写真家)
 
 《「ネコ」〈※〉:「・・・ 幼稚園に入るまでの妹は、とにかくよく泣く子で、何か気に入らないことがあると、どこにこんな量が入っているのかと思うほどの涙をふきだしながら泣くのです。だから両方のほっぺたはいつも真っ赤なりんごのようになっていました。これでは三年保育の幼稚園に入れたら、さぞかし大変だろうと思っていたところ、幼稚園の門をくぐった途端に、とても優秀な園児に変身を遂げて、また家族をビックリさせて、「内弁慶のネコかぶり」と、いわれていました。 ・・・」
のことを指すと思われます。》


杉浦日向子の 食・道・楽 新潮文庫







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