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小泉今日子さん 『小暮荘物語』三浦しをん (「読売新聞」2011年2月6日書評)

2015/ 01/ 20
                 
小泉今日子さん 『小暮荘物語』三浦しをん (「読売新聞」2011年2月6日書評)


 木版画家、百瀬晴海さんの『版画で綴る 我が街 小田急線七十駅』シリーズの第25回 は、『世田谷代田駅』(鉄道ジャーナル2月号掲載)です。彼女は「沿線を取材するとさまざまな記憶が蘇ります。…」と取材ノートに書いていますが、三浦しをんの小説『小暮荘物語』は、この小田急線代田駅から徒歩5分にある古びた二階建て木造アパートに住む人たちと、そこにかかわる人々をめぐる連作短編集となっています。

 筆者は『柱の実り』の冒頭2行目から「・・・小田急線の世田谷代田駅は、いつもどこかのどかなムードだ。朝のラッシュの時間帯にも、ホームはそれほど混みあわない。各駅停車に乗ったまま新宿まで行っても、十五分弱だ。住んでいる場所によっては、井の頭線の新代田駅まで歩くひともいるし、気分を変えるために少し早起きして、下北沢まで歩くこともできる。利便性の高さと選択度の多様性さが、駅を利用する住民の態度に余裕をもたらしている。・・・」と書き進め、「・・・世田谷代田は古くからの住宅街なので、郊外の新興住宅地に比べても緑も多い。休日は近所を散歩するようになって、ここのところすこぶる健康的だ。歩くうちに、気になる建物も見つけた。おいしそうなお惣菜(そうざい)屋さんや、おしゃれなカフェではない。いまにも崩れそうな木造二階建てのアパートだ。
 「小暮荘(こぐれそう)」と、錆(さ)びた外階段にプレートがくくりつけてある。・・・」と、小暮荘の物語に導いてゆきます。


 前置きが長くなりましたが、小泉今日子さんが、讀賣新聞(2011年2月6日)の書評欄に、この『小暮荘物語』を載せていますので、お目通し願えればと思います。
 「遠い記憶が蘇(よみがえ)ってきた。父親の経営する会社が倒産し、町中にひっそりと佇(たたず)むおんぼろアパートに少しの間身を潜(ひそ)めたことがある。私が中学2年生の時だった。小さい会社だったけど一応社長令嬢だったし、小さい家だったけど一応持ち家育ちの私にとって、人生がぐるんと裏返るような感覚がする体験だった。大人達には深刻な事態だったと思うが、子供だった私の胸は不謹慎にもワクワクしていた。なぜだか、ここから何かが始まるんだという予感が小さな胸を膨(ふく)らませていた。
 
 世田谷代田駅から徒歩5分、おんぼろな外観の小暮荘には4人の住人がいる。1階に住む大家の小暮さんは70歳過ぎの男性だけれど、死ぬ前にもう一度セックスがしたいと願いながら愛犬ジョンと暮らしている。その隣のいかにも今時の女子大生、光子の部屋には複数の男友達が出入りする。光子の生活を2階からこっそりと覗いているのは感じの悪いサラリーマンの神崎。今の彼と前の彼と3人で共同生活する羽目に陥(おちい)っている花屋店員の繭も2階の住人だ。この4人を中心に物語はくっつぃたり離れたりしながら進んでゆく。繭の働く花屋のオーナー佐伯夫婦。白い薔薇(ばら)を買いにくる謎の客ニジコ。小暮荘の前を通る度、庭を駆け回るジョンにシャンプーを施(ほどこ)したいと思っているトリーマーの 美禰。美禰と心を通わすヤクザの前田。一人一人抱きしめてあげたくなるほど愛おしい登場人物達が、恋愛や性や癖の問題を抱えながら、真摯(しんし)に誠実に他人との関わりを求めている。
 あぁ、私はこの物語がとっても好きだ。ずっとずっと小暮荘を見守っていたかった。読み終わった時、これから何を楽しみに生きて行ったらいいの? と、喪失感すら抱いてしまった。こんな気持ちを抱くのは、私もおんぼろアパート経験者だからだろうか。それとも、何かが始まったり終わったりしながら続いてゆく人生を、45年分それなりに経験したからなのだろうか。
                 (女優)  」

小暮荘物語 三浦しをん
 『小暮荘物語(こぐれそうものがたり)』 
 平成26年10月20日 初版第1刷発行
 著者 三浦(みうら)しをん
 発行所 祥伝社(しょうでんしゃ)

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