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 原馬室獅子舞棒術 2015年8月23日(日)

2015/ 08/ 24
                 
 

 埼玉県指定無形民俗文化財
  原馬室獅子舞棒術保存会


 今年の『祈祷』は、7月の何日に奉納されたのでしょうか。
 民俗芸能としての、各戸巡りの祈祷獅子舞でしたが、戸数が増えたことなどに伴い、昭和40年(1965年)以降は、観音堂を後地区として、愛宕神社、雷電社、野宮神社(※)、氷川神社、小松原神社の五社の一つが毎年担当区となり、各戸巡りの伝承はなくなりました。
 (※御由緒の冒頭には「野宮神社」と表記されていますが、、文中には「野々宮神社」とも記されています。神社境内の石柱や額には「野宮神社」となっています。また、地元では「野々宮神社」が通り名となっているようです。なお、観音堂の説明書き文中には「野宮社」と書かれていることを付記しておきます。)

 獅子舞の持つ強い力を借りて悪疫を退散させるという『はらい』の獅子舞では、獅子によってはらわれた厄は、納神社における『荒舞』によって落とされます。


 原馬室獅子舞棒術は、今から441年前(天正2年、西暦1574年)から始まったといわれています。
 家内安全、悪疫退散、五穀豊穣を願う、8月の『祭典』は、『獅子舞』と『棒術』の演技が神前に奉納されます。
 
 以前は8月17日、18日の2日間にわたって観音堂と、五社(愛宕神社、雷電社(※)、野宮神社、氷川神社、小松原神社)で、奉納されていましたが、昭和47年(1972年)から、8月18日近くの日曜日だけとなりました。
 会場も、愛宕神社、雷電社、野宮神社、氷川神社の四社のうちの一社と、後地区の観音堂を組み合わせた2か所となっています。
 (※観音堂の説明書きには、「野宮社」と同様に、「雷電社」と書かれていたので、原馬室3511地番の「雷電社」を調べたところ、ヒットした何れも「雷電社」の表記だけで「雷電神社」という書き方は皆無でした。鴻巣市には、別地区に『雷電神社』がありますので、誤用されることがないので助かります。なお、滝馬室と原馬室にはそれぞれ『氷川神社』があります。馬室が、原馬室と滝馬室に分かれる前の時代には、この二つの『氷川神社』の区別をどのようにしていたのか、興味を持ちます。滝馬室の「氷川神社」は、流鏑馬の行事をこんにちに伝えています。)
 
 獅子舞は、法眼獅子(男獅子)、中獅子(女獅子)、後獅子(男獅子)の三頭と、花笠、笛方、歌方で構成されていて、五穀豊穣、天下泰平を祈願して奉納されます。
 
 会場(舞庭)によって演目が異なりますが、後地区の観音堂では、33(※)の演目すべてが奉納されます。

 〔(※)観音堂の説明書きには、「30の演目」とありましたが、ここ氷川神社で、紋付き袴をきこしめした開会をつかさどった役員のお話の中で、「33の演目」と説明されていましたので、これからは「33の演目」とします。なお、念のためにその役員の方に直接伺って、「33の演目」が正しいですねとの問いに対して、肯いて頂けました。〕


 この日は、午後3時から1時間ほどの、権現氷川神社での、奉納舞(棒術剣術・獅子舞)だけを観て、帰途につきました。





原馬室氷川神社獅子舞棒術20150823①


原馬室氷川神社獅子舞棒術②20150823


 「真剣が宙に舞う」演舞の時は、フラッシュ撮影禁止です。と、スタッフの方が予め話した言葉が印象に残っています。そういったさなか、フラッシュの発光が、2、3ありました。多分、デジカメでオート撮影にセットしているからと思いました。私自身は、つい1か月ほど前に、自動からoffに切り替える操作方法を、Tさんから教えてもらっていたので、事なきを得ましたけれど。

原馬室氷川神社獅子舞棒術③20150823 原馬室氷川神社④獅子舞棒術20150823


 午後5時からはじまる後地区観音堂の、「原馬室獅子舞棒術」、今回は観る機会を得ませんでした。次に譲ることにいたします。
 



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