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鴻巣市のささら 「登戸のささら獅子舞」を紐解く前に

2015/ 10/ 14
                 
 近年の鴻巣市内の「ささら獅子舞」を見ると、「原馬室」、「大芦」、「小谷」、「広田」、「登戸」の5か所をあげることができます。

 このブログでとりあげた「ささら獅子舞」を今一度、ここでまとめてみることに致します。

【原馬室の獅子舞】(埼玉県指定無形民俗文化財登録名称を記載)
 ・昭和54年3月27日(指定昭和37年3月10日)指定替:埼玉県無形民俗文化財指定
 ・埼文証第22号
 ・概要:7月下旬、8月18日、観音堂等で公開。天正2年に田楽師が伝授しと伝えられる。一曲形式で、県中央部系統の代表的獅子舞。
 付属の芸能に棒術がある。
【原馬室の獅子舞】(「鴻巣市公式サイト」による記述)
 ・県指定170号 無形民俗文化財
 ・概要:天正2年(1574)に2人の田楽師によって伝えられたとされる。ささらとよばれる獅子舞で悪疫退散、五穀豊穣を願って7月に祈祷ささら、8月に祭典ささらが行われている。祭典ささらには木刀、六尺棒、太刀を使用した35の演目からなる棒術が行われている。
 ・登録団体:原馬室獅子舞棒術保存会
⑪原馬室獅子舞棒術20150823
 原馬室権現氷川神社:2015年8月23日


【大芦ささら獅子舞】(「鴻巣市公式サイト」による記述)
 ・昭和38年4月1日無形民俗文化財指定(市指定56号) 
 ・概要:太鼓、笛、ささらなどの伴奏で舞・踊る獅子舞は多くその伝承を明らかにせず、大芦の場合も300年程前、東吉見辺りより伝授したとされる。村内の斎藤家を家元としつつ、村の寺社の祭りと共に発展し、村人の無病息災と五穀豊穣、さらに国家安泰を祈りながら、今日まで受け継がれてきたとされる。
 ・登録団体:大芦ささら獅子舞保存会

 ≪市広報「かがやき」平成21年5月号表紙に載っていた、吹上駅北口モザイク平板完成記念式典。「大芦ささら獅子舞」の演舞が披露されて以降、「大芦のささら」の足跡を見出し得ていません。数年前の「小谷のささら」の生い立ち説明の中で、進行役の方が、「…小谷のささらに受け継いで…という表現をされていた記憶が残っています…》 


【小谷ささら獅子舞】(「鴻巣市公式サイト」による記述)
 ・昭和40年11月17日無形民俗文化財指定(市指定57号)
 ・概要:主として五穀豊穣の祈願、悪疫退散の神事として各地で行われる獅子舞は、古く平安時代には宮廷や寺社で行われ、室町時代によって民間に広まった。それ以後は時代ごとの庶民の願望や土地ごとの気風などを反映させながら発展を遂げていった。
 竹を細く割って作った「ささら」をすり合わせて踊る小谷のささら獅子舞は、350年程前から伝えられてきたとされている。
 ・登録団体:小谷文化財保存会
⑪小谷のささら20151012
 小谷日枝神社:2015年10月12日


【広田のささら】(「鴻巣市公式サイト」による記述)
 ・昭和50年12月19日無形民俗文化財指定(市指定66号)
 ・概要:広田のささらは、別名「龍頭舞」といって頭に龍頭をかぶって舞う獅子舞である。毎年10月15日鷺栖神社に五穀豊穣と悪魔除けを祈願して奉納されている。龍頭舞に先立ち子供たちによる「花棒」と呼ばれる棒術使いが奉納されるのが特徴である。
 歴史は古く、同神社による古文書によれば、寛永16年(1630)に始まったと伝えられている。
 ・登録団体:広田鷺栖神社龍頭舞保存会
⑫
 広田鷺栖神社:2015年10月11日


【登戸ささら獅子舞】
  昭和34年(1959年)を最後に途絶えていた、「登戸のささら」。
 江戸時代、元禄の頃からの伝承とされていますが、苦節6年を経て平成18年(2006年)に有志の皆さんのご尽力により復活がかないました。
 ⑪登戸のささら20151012
登戸集会所:2015年10月12日

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