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ホフマン輪窯六号窯 埼玉県深谷市

2015/ 11/ 11
                 
 
  8,000平方メートルの土地に、国指定の重要文化財が3つ。
 ホフマン輪窯(わがま)六号窯、旧事務所(日本煉瓦資料室)、そして変電所。

ホフマン輪窯六号窯①20151108
・ホフマン輪窯六号窯

②旧(資料室)
 ・旧事務所(現資料室)

③変電室
 ・変電所


 縦56.5メートル、横幅20メートル、ドーナツを横に引き伸ばしたような形の特大輪窯は、特に保存の維持をどうするかが難問だったとのことですが、日本煉瓦製造から引き継いだのが埼玉県深谷市です。平成18年(2006年)6月のことでした。


ドイツ人ホフマン考案の煉瓦焼成窯で、明治40年(1907年)に建設され、昭和43年(1968年)の操業停止まで、多くの煉瓦を焼いてきました。
操業中には月産65万個の製造能力を持ち、東京駅や迎賓館(旧赤坂離宮)、旧三菱第一号館、旧丸ビル、東京裁判所、慶応大学図書館旧館、横浜開港記念館、東京・山手線の高架橋などなどの赤レンガがここで造られました。

この窯の内部は、煉瓦積み、アーチ型の穴倉になっていて、六号窯の1周120メートルほどが18の部屋に区切られていて、1部屋に詰み込まれる煉瓦は18,000個。1部屋ずつ順番に火を入れていき、1周18部屋の作業が終わるころには初めの部屋の焼成から窯だしまでが完了。さらに次の焼成の準備もできている、という仕組みになっています。

④ホフマン 工場外形
 ・日本煉瓦製造

⑤ホフマン内部
 ・ホフマン窯六号窯

⑥ホフマン内部
 ・ホフマン窯六号窯

⑦ホフマン窯六号窯
 ・ホフマン窯六号窯

⑧ホフマン窯六号窯
 ・ホフマン窯六号窯


日本煉瓦製造は明治20年(1887年)、渋沢栄一の主唱によって設立され、創業8年後の明治28年(1895年)、工場のある上敷免(じょうしきめん)から深谷駅まで約4キロの鉄道が敷かれ、日本初の産業用専用鉄道の誕生ともなりました。煉瓦はそれまで利根川などから船で運び出されていましたが、鉄道開通によりより安定した輸送が確保されることとなりました。


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