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初詣で

2016/ 01/ 03
                 
 

 木曽三社神社
-0- 木曽三社神社


 元旦の日だからこそ、「初詣で」というのが、本来なのでしょうね。
 このところはお正月三が日の何処かの日に、ゆったりとした心持で神社に足を運んでいます。

 神様にお祈りします。
 自然に頭(こうべ)を垂れます。
 神様を信じているからなのでしょうか。
 一方通行の祈願からのものなのでしょうか。
 それとも、神社という造形物を前にして、ありのままの姿、無為自然(※)体をなしている、我が身をおいているからなのでしょうか。
 どんな神様がわたしたちを覆い包んでいるのでしょうか。
 森羅万象、南方熊楠の曼荼羅(※)の世界観にも思いを馳せます。
 (※もともとは仏教用語です…)


②木曾三社神社幟

 1月2日、木曽三社神社(※)の鳥居をくぐりました。

③木曽三社神社鳥居

 もう夕刻になっていましたが、今年初めてのお参りですから「初詣で」。

 いろはかるた、「橘陰郷土〈キタタチバナムラ〉かるた」の「い」は、
 「泉湧玉 瀧の宮」

郷土かるた2 郷土かるた3

郷土かるた1

 神社境内を源にして、昔も、今も、泉からこんこんと水が湧き出て、小川となって流れ出ています。

お 2016年1月2日 木曽三社神社

あ い

う え

※木曽三社神社(群馬県渋川市北橘町下箱田1番地):
⑥木曽三社神社2016年1月2日

 『楫取素彦(かとりもとひこ)と近代の渋川』(発行:渋川市教育委員会、発行日:平成27年7月1日)16ページ、「皇女貞宮と木曽三社神社」文中では、「・・・ちなみに、この神社は木曽義仲の遺臣たちが、亡君の崇敬した信濃国式内社である岡田神社・沙田(いさごだ)神社・阿礼(あれ)神社の三座を勧請(かんじょう)して創建した神社であるという。」とその由緒を記述しています。

楫取素彦と近代の渋川
 「楫取素彦と近代の渋川」 (発行:渋川市教育委員会. 発行日:平成27年7月1日)


 話変わって。
 2015年9月23日、小野照崎神社の境内です。
 このとき、「神道文化 第二十七号」を、神社本庁参事の木田孝朋氏より、頂戴しました。

神道文化 第二十七号
「神道文化 第二十七号」 (発行所:一般財団法人 神道文化会.平成27年6月30日発行)

 「神道文化」発行所の一般財団法人神道文化会は、神社本庁内に置かれています。
  後日、思うところがふつふつと湧き出るところがあったので、神道文化会の公式サイトを訪れてみました。
 やはり、掲載されていました。
 座談会「葦津珍彦(あしづうずひこ)とその時代」の出席者5名の中に、探そうとしていた人の名前が載っていました。
 「神道文化 第十八号」を入手したいのですが、と問い合わせしたところ、取り次いでいただいた先の電話口に出た方は、その座談会の出席者の一人のご息女ということも判り、頒布していただくことが出来ました。

神道文化 第十八号
 「神道文化 第十八号」 (発行所:一般財団法人 神道文化会.平成18年12月1日発行

 彼の人は、同じ号で、「国家神道研究史補説」という論文も載せていることが、「第十八号」が手元に届いてから知ることとなりました。


 そもそも、日本の神様、日本人の神様って、皆さんどのように思っていますか。
 仏教だと、〇△宗(わがやは曹洞宗です)、キリスト教だと、カトリック信徒とか、プロテスタント信徒というように具体的ですね。そういう風に相対してみると、日本の神様という姿をとても抽象的に感じるのは、私一人だけではないような気も致します。


《神道への誘い

街中の赤い鳥居、田んぼの中のこんもりした森、山の頂の小さな社、全国至るところに神社はあります。神社のある風景、それは映画やドラマでもおなじみの、ごく身近な、しかし日本にしか見られない独特の風景です。

このような神社を中心とした、日本の神々への信仰が神道です。

神道は、日本人の暮らしの中から生まれた信仰といえます。遠い昔、私たちの祖先は、稲作をはじめとした農耕や漁撈などを通じて、自然との関わりの中で生活を営んできました。自然の力は、人間に恵みを与える一方、猛威もふるいます。人々は、そんな自然現象に神々の働きを感知しました。また、自然の中で連綿と続く生命の尊さを実感し、あらゆるものを生みなす生命力も神々の働きとして捉えたのです。そして、清浄な山や岩、木や滝などの自然物を神宿るものとしてまつりました。やがて、まつりの場所には建物が建てられ、神社が誕生したのです。このように、日本列島の各地で発生した神々への信仰は、大和朝廷による国土統一にともない、形を整えてゆきました。そして、6世紀に仏教が伝来した際、この日本固有の信仰は、仏教に対して神道という言葉で表わされるようになりました。

神道の神々は、海の神、山の神、風の神のような自然物や自然現象を司る神々、衣食住や生業を司る神々、国土開拓の神々などで、その数の多さから八百万の神々といわれます。さらに、国家や郷土のために尽くした偉人や、子孫の行く末を見守る祖先の御霊も、神として祀られました。奈良時代にできた『古事記』『日本書紀』には、多くの神々の系譜や物語が収められています。

神道の信仰が形となったものが祭りです。祭りは、稲作を中心に暮らしを営んできた日本の姿を反映し、春には豊作を、夏には風雨の害が少ないことを祈り、秋には収穫を感謝するものなどがあり、地域をあげて行われます。祭りの日は、神社での神事に加えて神輿や山車が繰り出し、たくさんの人で賑わいます。神道の祭りを行うのは、神社だけではありません。皇室では、天皇陛下が国家・国民の安寧と世界の平和を祈るお祭りを行われています。また、家庭では、神棚の前で家の安全、家族の無事を祈ります。これも小さな祭りといえます。

神道のもつ理念には、古代から培われてきた日本人の叡智や価値観が生きています。それは、鎮守の森に代表される自然を守り、自然と人間とがともに生きてゆくこと、祭りを通じて地域社会の和を保ち、一体感を高めてゆくこと、子孫の繁栄を願い、家庭から地域、さらには皇室をいただく日本という国の限りない発展を祈ることなどです。このような理念が、神々への信仰と一体となって神道が形づくられています。また、神道には、神々をまつる環境として、清浄を尊ぶという特徴があります。神社は常に清らかさが保たれ、祭りに参加する人たちは必ず心身を清めます。これら神道の理念や特徴は、日本人の生き方に深く影響しているといえるでしょう。

神道は、日本の民族宗教といわれ、日本人の暮らしにとけ込んでいます。たとえば、初詣や厄除、初宮参りや七五三、結婚式や地鎮祭など、神道の行事は日常生活のいたるところに見かけることができます。しかし、一般の日本人は、あまりにも身近なせいか、神道について知らないことが多いのも事実でしょう。


神社本庁 公式サイト> 神道への誘い(このウェブサイトが、皆さんを神道の世界へ誘う案内役となれれば幸いです。) 》




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