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東京時代  西永福

2016/ 01/ 29
                 
《もう「春キャベツ」です。近くのスーパーマーケットのどこをのぞいても、出回っています。甘く柔らかく、そしてみずみずしく、サラダにピッタリです。勿論、鍋物にもいれていますが、1月も終わらないのに、春キャベツが美味しい季節に入っています。》

   ・・・   ・・・   ・・・


   学生時代と仲間たち

 浜田山から引っ越しした先は、京王井の頭線の西永福駅からも、永福町駅からも、そして京王線下高井戸駅も利用できるところでした。
 
 学生時代のときの終(しま)いのアドレスとなったところです。
 2DK、バス、水洗トイレ付で築数年といったこの部屋には、入れ替わり立ち代わり仲間が様々集まってきました。
 
 寒い季節大勢集まった時の飲食は、やはりすきやきをはじめとした鍋物が多かったですね。
 私は生憎と、下戸(げこ)だったということもあり、お酒類は日頃ほどほどにしか買い置きしていなかった(父〈※〉が嗜む程の種類と量)ので、話題沸騰の最中にいつも底をついていました。酒屋が閉まってからも二度ほど自販機で買い足しもしましたが、呑兵衛の面倒をみるにもほどがあります。「もう一杯…!」という酔っぱらいには、徳利に水を入れて、「ハイ、日本酒の冷や」といって出したこともありましたっけ。
 
 仲間というのは、学科の演習(ゼミ)仲間、学科のNUPAS(山歩き)仲間、同じキャンパス内の研究会(部活)仲間と、いろいろで、ときにはそれらがミックスしたりしました。
 
  北は北海道、青森、山形、福島から、西は広島、福岡、長崎、鹿児島まで「ふるさとUターン」の面々が多かったような印象を持ちますが、皆さん、学窓を巣立って、今、如何お過ごしですか。

 お元気のことと思います。
 


 ※補足:父は会社の休みの日には、大概は田舎の家に帰っていましたので、父の留守に皆がおしかけて来ることになります。


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コメント

        

(ーー;)
お風呂の件では、お世話になりました m(_ _)m
いろいろ
あの当時の東京は、住みやすかったですね。最初に東京住まいとなった東中野にいたときは銭湯に通っていました。