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習俗歳時記

2012/ 11/ 01
                 
習俗歳時記

 はじめに
 ・・・実を言えば年中行事もかつかつに昔の足跡をたどっているので、もはや明日にも消え去るかも知れないのである。そこで今日の姿をここに書き止めて記念の意も含ませて置く。懐かしいのは日本の家族制度である。家族制度には幾多の弊害があるが私の家も、私の外戚の多くもこれを長く美しく保持して来たのである。
 今、日本国は制度としての家族制度を失った。私は今習俗としての家族制度に殉じようとしている。私の一生は「古屋」(ふるや)の守り(もり)である。・・・

 あとがき
 大杉の下に大石一つあり我の時折きて嘆くところ

 この大杉も大石も家の西南隅にあってその下は幾丈かの土手になり、ここから利根川の向うに榛名山が一望に見晴るかせる。ちょうど真正面に水沢山があり、その真下には銀杏の黄色い水沢観音と、その庭に友人上野勇さんが建てた暮鳥の詩碑がある。秋になると私はいつもここに立って遥か小さな銀杏を望み友人の詩碑を思い浮かべるのであったが、今年は失明してしまって最早何も見えない。始めは榛名の山影はわかったのだが今はそれさえ見えなくなってしまった。覚束無い足取りをたどって杖を頼りにこの石まできて石に腰をおろし、見えなくなったいっさいに対し霞のような眼前を望んで幾回となく悲しみを呑み込むのであった。ただ始めは暖かかった風がだんだんと秋風にかわり落葉を混えた寒い風が頬に当ると心細さが一層身に沁みるのであった。・・・
・・・
 五月の三日から連休があり私は許されて外泊して家に帰った。三日、四日の二日間は曇り降りで家に帰っても私は床上に過ごした。幽かに筒鳥の声をきいて五カ月振りに家に帰った感を深うした。翌五月五日は空が晴れたので、歩いて隣の次男の家の初節供の鯉幟を見に行った。山鳩がさかんに鳴き、斑鳩の声が時々きこえた。又鶯の声も聞いた。其後病院生活に戻った。
 本書は斯の如くして成ったが出来上がったものは意に満たぬものが多い。私の病中の力の限度がよく知られた。三十四年間の変化は実に恐ろしいもので習俗などは一変したといってよい。私はなるたけ古い習慣を記し既に無くなってしまったものは時点をその時に於て書いた。明日の変化は大なるものがあると信じている。とにかく入院六ヵ月の中にこれだけのものを家妻は筆記してくれた。
・・・

ヒトコトメモ
上野勇=1911~1987年。昭和時代の民俗学者。東京生まれ。
暮鳥=山村暮鳥(本名土田八九十)。1884~1924年。明治・大正期の詩人・児童文学者。群馬生まれ。


習俗歳時記(補修再版)  昭和50年10月1日発行(初版昭和16年)
著者 今井善一郎    発行所株式会社煥乎堂

習俗歳時記

橘山房
❀橘山房
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