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十日夜

2012/ 11/ 02
                 
トウカンヤ

 六四 十日夜
 秋祭りの後も田畑の収納は連続して行われます。陸稲、水稲の刈入れが片付けば調製の日が又いそがしくつづきます。ひと頃はミノル式の廻る音、今は発動機の音、石油の匂ひ等が村中を騒がしくしました。甘藷掘りも丘の村とて、秋の仕事の一つでした。大小麦の蒔付けは片付いた地面を次から次へと直ちに行われます。大凡新米がとれた頃十日夜が来ます。
 トウカンヤというのは旧の十月十日の夜で、今は十一月十日に行いますが、その夕餅をついてたべます。昔は十日の月に供えたものでしょうが、今は月と関係なくなりました。
 子供達は藁鉄砲というものを作ります。これは新藁を縄でまいて一端を環にして手で握れるようにしたものでこれをふりあげては地面を叩くのです。
 鉄砲の中へ芋がらを入れるとよい音がすると云われて居ります。これはもぐらを追うのだともむぢなを追うのだとも云われています。この夜は可也遅くまで幾人も揃ってたたいて歩きます。よく他人の家の柿などを無断でとるのはこの夜の事で、或は昔はこの夜は斯様な産物は当然子供の共有と見られたのかも知れません。
 十日夜 十日夜
 十日の晩には ねえらんねえ
というのは短い歌で
 十日夜はいいもんだ
 朝蕎麦切に
 昼だんご
 夕めし食っちゃ
 ぶったたけ
これは三食変りめしであった昔時を示している様です。
 もとは勿論これらの行事に何か呪術的な意味があったのでしょうが、今は只々一夜の共同の興奮が毎年この夜を子供にとって面白い事をする夜として、継続させてゆくのです。又ある程度の悪戯は半ば公認されるという所にも魅力は勿論あった事でしょう。
 
 附

 十日夜頃は大凡大小麦の蒔付けが終りますが、田圃の麦蒔が終ると田麦粥と云って小豆粥をたべます。私共では畑の麦蒔後にやはり、麦蒔粥を作るのですが、穴ふさぎと云ってこの方は餅をついてたべる家があります。この穴ふさげは十一月の十五日頃に大体なります。

 補修再版習俗歳時記 ―ふるやもりのものがたり― より 六四 十日夜

著者今井善一郎  (1909.10.8~1976.1.10).66歳。
・民俗学者。・柳田國男の影響をうけ、昭和21年上野勇らと上毛民俗の会を結成。郷里群馬県の民俗学の確立につくした。
慶應義塾大学法学部(1933.3)卒。
・著書:習俗歳時記、柳風通信、赤城の神など。

ふるやもりのいえ
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