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津村信夫「夏草」

2016/ 08/ 02
                 


  夏草  津村信夫

お父さん
燐寸(まつち)をおつけしませうね
そして それを一服お喫(す)ひになつたら
また ゆつくり歩き初めませう
いくらか空気も冷えてきました
――お前たち 若い者は
  かうやつて歩いて行くうち
  どんな事を考へるか
お父さん あなたはさうお訊(き)になつたのですね
お父さん
明るい昼の中でも
私達は夢を持つのです
白い雲が あの誘惑者が
今恰度(ちゃうど)
私達の頭の上を過ぎてゆきます
それから
もつと何かお訊き下さい
そんなふうに優しく
そんなふうに静かに
お父さん お父さん

父を喪(うしな)つてから
私に初めての夏が来ました
草が茂つて
どうかすると
私の姿も隠されてしまひます
私は歩いてゆくのです
かうやつて
あれらの夏の続きを歩いて行くのです
(空気も冷えてきました そしてもう充分夏の外気には言葉がみちてゐます)
私の視界には 畑と丘の間に
ぽつかりと口をあけて
沼が白くにぶく光ってゐました


(※)所収:日本詩人全集 33 昭和詩集(一) 発行所新潮社 昭和44年4月25日発行


 津村信夫(つむらのぶお)は、明治42年(1909年)1月5日、兵庫県神戸市に生まれました。
 昭和9年(1934年)、詩誌『四季』が創刊され、堀辰雄、丸山薫、三好達治、立原道造らと共に参加。同年3月、慶應義塾大学経済学部を卒業しています。
 生前の詩集としては、昭和10年(1935年)、第一詩集『愛する神の歌』(四季社より自費出版)、昭和17年(1942年)『父のゐる庭』(白井書房)、昭和19年(1944年)『ある遍歴から』(湯川弘文堂)を刊行しています。
 没後、『善光寺平』(昭和22年〈1947年〉・国民図書刊行会)、『さらば夏の光よ』(昭和23年〈1948年〉・矢代書店)が、相次いで刊行されました。

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