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種田山頭火  山口を訪ねた折に・・・

2016/ 08/ 27
                 

  《 山頭火は、北は平泉から、南は鹿児島まで全国各地をさまよい歩いた。鉄鉢に投げ与えられた米をいただき、安宿の片隅に疲れたわが身を横たえた。何度か小庵に落ち着こうと試みたが、ほどなくして、再び行乞の旅に出た。歩かずにはいられなかったのである。これほどまでに彼を旅に追いやったものは、いったい何だったのか。・・・》
 と、石寒太(いしかんた)は、自著『山頭火』の冒頭に述べています。

 山頭火は、山口県湯田温泉の地で「風来居」と名付けた庵(四畳一間)に、昭和13年(1938年)11月から10か月余り過ごした(「句碑」説明文による)となっていますが、昭和14年(1939年)3月、乞食俳諧師井上井月の墓参のため、長野県の伊那への旅をしています。
 広島、大阪、京都、名古屋、知多半島、渥美半島(芭蕉の弟子、杜国の墓に詣で)、伊良湖岬、豊橋、豊川、鳳来山、浜松、、飯田と巡り、伊那谷に着いたのが5月3日の午後です。
 「お墓したしくお酒をそゝぐ」と、山頭火は、井月の墓前で詠んでいます。
 念願を果たして、権兵衛峠を越え、木曽路を急ぎ、木曽福島、上松を経て名古屋に。そして、5月16日に湯田温泉の風来居に戻ってきています。

 湯田温泉の井上公園には、中原中也の詩碑とともに、種田山頭火の句碑が建っています。
 山口に初めて訪れた5月のある日の朝、初めて山頭火の句碑をみることとなりました。

①種田山頭火句碑
 碑文は、山頭火自筆を写したものです。
 『ほろほろ酔うてこの葉ふる』。


 井上公園の瓢箪池(池の前に、山頭火の句碑が建っていました)
②井上公園瓢箪池


※:種田山頭火(たねださんとうか):明治15年(1882年)12月3日、山口県防府市に生まれ、昭和15年(1940年)10月11日、愛媛県松山市で没しています。

 
 

③新山口駅ステンドグラス
  2016年5月山口の旅を終えて(新山口駅にて)




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