FC2ブログ
        

「伝箕田館跡」&「箕田古墳群」

2016/ 08/ 31
                 

 きょうは8月31日の水曜日です。
 
 前々から、「箕田館跡」(※)を見たいと思っていました。
 昨年入手した「鴻巣市文化財マップ」(平成27年9月25日.編集・発行:鴻巣市教育委員会.監修:鴻巣市文化財保護委員会)を拠りどころにして、デジタルカメラ片手に出かけました。
 
 行く先は、JR高崎線北鴻巣駅西口からほど近いところです。

 近所の方に所在をお聞きしたところ、「箕田館跡」という話は聞いたことがないが、遠い昔、この地に住んでいたお姫様の所縁を示した石が、すぐ近くにあると教えて頂きました。
 指さす先に、目的のものがありました。家と家との境界の間の小さな三角地に、小さな石が置かれていました。

①伝箕田館跡20160831

 (※)「伝箕田館跡」(埼玉県指定 旧跡)
 《 およそ1000年前の平安時代後期、嵯峨源氏河原左大臣源融(とおる)の孫、仕(つこう)は武蔵守に任ぜられ、箕田郷を開墾して居館を作ったとされる。
 いわゆる箕田源氏の祖で、その子孫には宛(あつる)、渡辺綱などが排出し、武勇伝が『今昔物語』や『御伽草子』に語られている。
 現在はその推定地付近に石碑が立つだけで、館跡の面影をとどめるものはない。》(所在地:鴻巣市箕田1265外)


 「箕田館跡石碑」近くの駐車場に車を停めたのですが、その場所は「箕田二号墳」(所在地:鴻巣市箕田1260)駐車場でした。3台停めることができます。
 「二号墳」と番号をふっている古墳です。説明書きには、九基の古墳(そのうち二基は既に消滅)があると記述されています。
 古墳の所在地を見ると、箕田と宮前です。歩いて行ける範囲です。
 
 「箕田古墳群」の一つひとつを、ぐるっと見て回ることにしました。
 
 
 ※追補:きょうは、「箕田館跡」と「箕田古墳群」をぐるっと巡りましたが、3か所の「権八地蔵」も訪ねてきました。



関連記事
スポンサーサイト



                 

コメント