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中原中也

2012/ 11/ 21
                 
中也

 人は何を求めて文学館を訪れるのでしょう? 1998年春、日本近代文学館 の理事長に選ばれた私が、まず理解しておきたかったのはその存在意義でした。
・・・
 ・・・ 私は96年に発足した「中原中也の会」の初代会長も務めました。もっとも留意したのは、公的な助成金をもらわない自立した団体として、この詩人の故郷、山口市の施設「中原中也記念館」の運営に、批判が言える立場を保つことです。そうしながら愛好者代表として建設的な助言を伝え、館の活動を支える。そんな不即不離の立場を目ざしました。 ・・・

・・・ 司法修習性だった私はこの頃、中村光夫さんの推薦を受け、作家の大岡昇平の下、中原中也の初の全集(創元社版)の編集実務も、ほとんど一人で担当しました。この頃から二足のわらじを履いていたのです。・・・
 ≪宮沢賢治(1896~1933年)と中原中也(1907~1937年)の人気は今も非常に高い。これまで賢治は8回、中也は4回、全集類が刊行されている≫ ・・・
 ・・・当時はほとんど無名に近かった2人の傑出した詩人たちと、延々60年以上つきあってきたわけです。私は彼らに関する著書を十数冊刊行してきました。  ・・・
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 ※讀賣新聞朝刊 時代の証言者 詩と法律 中村稔  シリーズ⑳は、2012年11月20日、シリーズ⑫は、2012年11月7日。

 創元社版の中原中也全集は、第一巻が昭和26年4月30日に、第二巻が昭和26年5月30日に、そして第三巻が昭和26年6月30日にそれぞれ初版が発行されています。
 後掲解説、第一巻が中村稔、第二巻が河上徹太郎、そして第三巻が大岡昇平の執筆です。

 その第一巻の解説に、中村稔は、・・・これらは中原がその死の直前、「在りし日の歌」を編集するに際して發表するに及ばずとし捨てたものにすぎない。あえて今日その全部を収録した所以は、かって小林秀雄が言ったように、「詩の出來不出來なぞ元來この詩人には大して意味はない。それほど、詩は彼の生身のやうなものになってゐた。どんな切れっぱしにも彼自身があった」と考えるからである。・・・と述べている。
そしてまた次のように言葉を繋いでいる。 そして、偶然が殘したこの膨大な遺稿は、「朝の歌」あるいは、「一つのメルヘン」の完成された抒情詩が生まれでるためには、いかに多くの空しくささげられた犠牲があったかを、僕たちに敎えるであろう。・・・

 中原中也の全集類がこれまで4回刊行されているという編修氏の書き添えがあったので、ちょっと2階の書棚をみてきたところ、前述の昭和26年刊行の全3巻の他に、「角川書店発行の全5巻・別館1」  と、同じく角川書店発行の「中原中也全詩集 付 中原中也アルバム」1巻  が揃えてありました。ということからすると、もうひとつ全集が発行されているということでしょう。おそらく、1973年以降の発行ものと思われます。手元にある3つの全集には、いずれも中村稔、大岡昇平の名前が列記されています。
 中也に関する書籍は、母親や恋人が述べたものを聞き取り書きしたものなどあわせ、目に見える範囲では五十冊ほどが置いてあります。



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 中原中也全集 全5巻・別巻1 発行所角川書店 
・1-詩Ⅰ 1967年10月20日印刷発行 ・2-詩Ⅱ 1967年11月20日印刷発行 ・3-評論・小説 1967年12月25日印刷発行 ・4-日記・書簡 1968年2月20日印刷発行 ・5-翻訳/付年譜 ・別巻ー本文補遺・研究篇 1971年5月20日印刷発行


 中原中也全詩集 付 中原中也アルバム 発行所角川書店 
千部限定番号入り 62 1972年10月20日発行



中村稔 詩と法律12 時代の証言者

中村稔 時代の証言者20  詩と法律
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