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三島由紀夫

2012/ 11/ 25
                 
 特別読物

 新資料発掘! 歴史に埋もれた「三島由紀夫」裁判記録  
 42年前の11月25日、1人の天才作家が壮絶な最期を遂げた。日本中に衝撃を与え、海外にも打電された「三島由紀夫切腹事件」。幾星霜を経て歴史に埋もれていった裁判記録は何を物語るのか。新資料を発掘したジャーナリスト・西法太郎氏(56)が事件の背景に迫る。

 ・ ・ ・
三島由紀夫切腹事件 
今日は、三島由紀夫が45歳で自ら命を絶った日です。

 脈絡は何もないのですが、衝撃を感じたということにおいて、三島由紀夫切腹事件と、浅沼稲次郎刺殺事件がいつも錯綜します。

浅沼稲次郎刺殺事件
 山口二矢は、1960年10月12日、日比谷公会堂において、浅沼稲次郎を刀で刺殺。
 二矢(おとや)17歳。

 17歳ということだけがキーワードの、脈絡のない話が続きます。

ジェラード事件 
 1957年1月30日、在日米軍兵、ウィリアム S ジェラードが、群馬県相馬が原演習地で、日本人女性を射殺。
当年17歳。

 17歳ということだけが同じの脈絡のない話が続きます。

島原の乱
 天草四郎時貞は、寛永15年2月28日、死亡。時に17歳。

記録ということについて
 三島由紀夫は、自ら割腹し、介添えによる介錯で命を絶ちました。
 山口二矢は、1960年11月2日、獄房で自殺(縊死)しました。
 この二つの事件において、当時を語る記録はその生々しさということもあった故か、今日でも色褪せることなく私たちは見聞することが出来ています。
 ジェラードの年齢は、ウィキペディアでは米国版引用書を使い、「21歳」と記載。他の日本語版では、いずれも「17歳」と記録しています。記事内容も私の記憶(当時の「上毛新聞」と「読売新聞」)と比較すると幾つか異なることが散見されます。
(例えば、「ママサン、ママサン・・・」と、カタコトの日本語で呼びかけて…というような描写が事件直後の全国紙や地元紙に載っていたというようなことです。)
 天草四郎の死亡時の状況、死亡時の年齢など諸説あります。物語性に富んでいますので、あっちこっち読み漁っても飽きないくらいの情報がふんだんに飛び交わっています。
 私の記憶の中では、「17歳で生涯を終える」です。
 橋幸夫が歌う・・・アマクサシロウ(ビショウーネーン…)の歌詞には、「17歳」となっていますので、「記憶の中の17歳」というキーワードで、ここに三者三様の記録を列記してみました。

 さて、冒頭の  新資料発掘!  歴史に埋もれた 「三島由紀夫」 裁判記録 は、週刊新潮 45 11月29日号 特別読み物  ということを申し添えさせていただきます。
 おしまいの五行に書かれた言葉は、作者をして何を語ろうと・・・・・。
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