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煤掃き

2012/ 12/ 13
                 
歳時記

 昨日、'12年12月12日の午後6時45分頃から、NHK東京第一放送を聞くともなく聞いていましたら、長野県佐久地方の「十日夜(とうかんや)」のことを伝えていました。

 旧暦の十月十日に、稲や農作物を守ってくれるという神様が山に帰る日、収穫に感謝し、来年の五穀豊穣を祈る伝承行事の一つです。
 アナウンサーの話し声の合間を縫って、子どもたちの大きな響き渡る声と、藁鉄砲の音がマイクを通して聞こえてきます。
 「とうかんや、とうかんや、とうかんやのわらでっぽう。ゆうめしくって、ぶったたけ」
 「十日夜、十日夜、十日夜の藁鉄砲。夕飯食って、ぶっ叩け」

 同じ佐久地方でも子供たちの囃子言葉に違いがあるようです。
 「ソーレ、トーカンヤ、トーカンヤ。アサノソバキリニ、ヒルダンゴ。ユウメシクッテ、ブッタタケ」
 朝は蕎麦を食べ、昼は団子を食べ、そして夕食を食べる。昔は「夕餅食って」だったそうです。

 箱田の家の十日夜は以前にも書いています。
 「十日夜 十日夜 十日の晩には ねえらんねえ」
 「十日夜はいいもんだ 朝蕎麦切に 昼団子 夕めし食っちゃ ぶったたけ」

 信州と上州と、州の違いはあれ、お隣どうし、伝承行事、歳時記としての重みが伝わってきます。


七十二 煤掃き   「六十四 十日夜」に続き、「習俗歳時記(補修再販)」より
 十二月十三日は大掃除の日と定まっていました。大体春の四月下旬と十二月と二回大掃除はあります。最近では十三日は単に形式にする日として、今少し早く実施する様になりました。
 形式的にやる煤掃きは、竹の青葉のついた箒を作って天井や神棚の辺をはきます。それから神棚の障子をはりかえるのです。
 十三日の夜から神棚と向いの棚にあるオミタマ様に御燈明をあげるのです。之等の行事から見て、十三日の煤掃きはお正月を迎える第一の行事であったかも知れませぬ。
 現在の気持は一年中の跡片付けの気持がするのです。扨て実際の煤掃きの模様を記します。大体一部屋位臨時に(早く掃除をすませておいて)残す部屋を作ってそこへ家中の道具を運んで居きます。煤掃の日は家中、手伝いの人も共に一斉に、疊建具を持出します。私共は比較的家具類が少なくて畳だけが手間どります。家財が出し切ると家中の雨戸を全部閉します。それから煤取りが始まります。元来萱葺の二階家なのですが年中大火をたいて、いろりから絶えず煙が上がっていますから、二階は全部使用にたえません。昔養蚕の時使用したと言いますが、現在では煤の堆積にまかせてあります。従ってその煤ほこりというものは大変なもので家中まっ黒になってしまいます。全部の掃きたてて下におとします。それから縁の下をはきます。二階よりは縁の下の方がむしろずっとよごれていません。これらの煤を払ってから床板を掃除し天井を掃除します。前日から片付けて置いても畳を入れると夕刻になります。煤掃きが終ると一同手顔を洗ってから湯豆腐を一丁食べるのが例でした。
 今はパンや菓子類になりました。
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