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南方熊楠

2012/ 12/ 18
                 
南方熊楠

 今、平野レミさんの御父君、平野威馬雄の著、「くまくす外伝」(発行所誠文図書)を手元に置いています。昭和57年8月7日第4刷発行となっていますから、30年前に読んだであろうと思われます。(初版は昭和47年7月10日)
 あとがきに作者が次のように記しています。・・・だが、まだまだ、とても書き足りない。このような本を十冊以上もそのために費やさなければだめだ。それほど偉大で底知れぬ人なのだ。日本が嘗て生んだ最もすぐれた人であり、同時に、今後、このような人はちょっと現われそうもない。それなのにあまり知られていないのだから、はがゆくてたまらない。・・・

 私が名古屋工場に単身赴任していた当時、宏有さんと一緒に和歌山を旅行したことがあります。那智の滝や、熊野川下りを楽しんだり、鯨料理や海鮮料理を堪能したりなど、つかのまの休日でしたが、一番の目的は、熊楠記念館を訪れることでした。
 「ここは私道ですので、一般の方の使用を禁じます」と、立札があった先が、記念館でした。
 他に行く道はないかと、尋ねたところ、「研究者の方ですか、道はここだけです。何か不都合があったようで、今は、閉じられているようですよ」と、地元の方が親切に教えてくださいました。

 それから20数年ほど経ったある時、鈴鹿に2週間ほど滞在する機会がありましたので、休日を利用して久方ぶりに和歌山詣でしました。
 前日、記念館の電話番号を調べて問い合わせしたところ、「入館は4時半までです。お出でをお待ちしています」という言葉が返ってきました。オープンしていることが判りました。
 さて、当日、和歌山に行き、鯨料理を頂いたまでは良かったのですが、行くこと叶わず。という結果になってしまいました。今回は鯨料理はさておいて、先ずは記念館に!と、目的をしっかりと定めておけばよかったと後悔したのがアトノ祭り。
 こっちもあっちもという、日帰りプランでは無理の時程でした。やはり最低でも一泊二日が必要のようです。
 
 一度は訪れてみたい 南方熊楠記念館 です。

 人物叢書145 南方熊楠 笠井清著 吉川弘文館 昭和42年9月25日初版発行
 南方熊楠随筆集 筑摩書房 118 1969年1月25日初版第2冊発行
 十二支考1 著者南方熊楠 東洋文庫215 平凡社 校訂者飯倉照平 昭和47年8月10日初版第1冊発行
 ちょっと探してみたところ、幾つか見覚えのある表紙が出てきました。

 来年の干支は蛇でしたね。
 この十二支考1の、蛇に関する民俗と伝説から、「十 蛇の変化」の一節を書き写してみてもお判りの通りですが、
 ・・・『和漢三才図絵』に「ある人、船に乗って琵湖(びわこ)を過ぎ、北浜に著いてしばらく納涼す。時に尺ばかりの小蛇あって遊(およ)ぎ来たり、蘆梢に上って廻舞し、下って水上を遊ぐこと十歩ばかり、また還って足梢に上ること初めのごとし。数次にしてようやく長じて丈ばかりとなる。けだし、これ升天の行法ならんか。ここにおいて黒雲掩うこと闇夜のごとく、白雨(ゆうだち)降ること車軸に似たり。竜は天に升(のぼ)り、わずかに尾を見る。ついに太虚に入って晴天となる」。誰も知るごとく、新井白石が河村瑞軒の婿に望まれた折、かようの行法に失敗して刃に死んだ末成の竜の譚を引いて断わった。・・・
 誰も知るごとくということも知りませんし、話題があっという間に場面転換してあらゆる方面にとんでいくという機智たるや凡人には及びもつかないといったところです。 

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