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赤城と蜈蚣

2012/ 12/ 26
                 
赤城と蜈蚣

何時の頃からか赤城の神は其の姿を表わす時は蜈蚣の形を示すと信ぜられるようになった。定めしずっと昔は赤城の神は蛟竜(みずち)の姿をしていたと信ぜられる。赤城神社は山神であると共に、水神であるからである。しかるにいつの頃からか蜈蚣に代った。
 二荒山の神と赤城の神とが今の中禅寺の湖を奪い合いして男体は大蛇に、赤城は百足になって戦ったという神話は有名である。そして双方の戦った場所が今の戦場ヶ原だという。赤城神は初め優勢であったが男体神が猿丸という獵師の祖神の助を得て蜈蚣は大怪我を負い、片品川の渓谷を逃れて来て、そこに湧き出ていた温泉に浴して傷を医したという。二荒神は其処迄追って来たが赤城神の傷が癒えれば戦に勝つのがむずかしくなるので、引き返したという。それでその湯の沸く処を追い神といったという。今の老神温泉である。
 赤城の山上には又何時頃からか蜈蚣を祀った社があった。赤城神社の摂社の中に蜈蚣神社というのが『上野国志』には記されている。麓で伝説だけに信ぜられていた許りではなかったのである。

 「赤城の神」より
 
 蜈蚣:むかで
 百足:むかで
 獵師:猟師
 蛟竜:みづち:みずち:蛟・虬・虯・螭:蛇に似て角と四脚とを具え、毒気を吐いて人を害するという想像上の動物。蛟竜(きょうりゅう)の類。※広辞苑第一版第十二刷による
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