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高麗家住宅  両陛下 2日間埼玉に滞在

2017/ 09/ 22
                 
 高麗神社の境内に隣接している「高麗家住宅」は、民家としてはとても早い段階で、国の重要文化財に指定(昭和46年〈1971年〉6月)されています。 
 高麗家は高麗神社の神職を代々務めてきた旧家で、昭和29年(1954年)頃まで400年近く、この建屋に居住していました。

 
  高麗家住宅


~~高麗神社公式サイトより~~
《「国指定重要文化財 高麗家住宅」

高麗家は高麗神社の神職を代々務めてきた旧家で、住宅は境内の隣接地にあります。
建築年代は、慶長年間(1596~1615)と伝えられています。
建築様式は古く、17世紀のものであることは確実であると指摘されています。
■国指定重要文化財
東日本の民家の中では古い形を遺している極めて重要な例とされ、昭和46年(1971)6月に重要文化財に指定されました。
永年の風雪に耐えて伝えられてきたものの、傷みがひどくなっていたため、昭和51年(1976)10月から昭和52年9月にかけて、建物の全解体による根本的大修理が行われました。現在の姿は、その修理工事の際に建設当時の姿を復元したものです。
■高麗家住宅の構造
建物は茅葺きの入母屋造りの平入りで、その大きさは桁行七間半、梁間五間で長方形の平面をなしています。
間取りは、土間と5つの部屋で構成されています。
大黒柱(棟持柱)がなく、細い柱で梁を支えているのが特徴で、桁と柱には杉、梁にはケヤキ・松が用いられています。
手斧(ちょうな)や槍鉋(やりがんな)が使用され、全面的に丸みを帯びた仕上げになっています。 》




 2017年9月20日と9月21日の、NHKニュース(首都圏 NEWS WEB)から、「両陛下 渡来人ゆかりの神社訪問」と、「両陛下 渋沢栄一関連文化財視察」の2つをご案内して、「高麗神社シリーズその1」と致します。



《「両陛下 渡来人ゆかりの神社訪問」09月20日 16時50分

 天皇皇后両陛下は、20日埼玉県日高市を訪れ、朝鮮半島からの渡来人ゆかりの神社などを訪ねられました。

  両陛下 高麗神社ー2-


両陛下は、20日から私的な旅行で埼玉県を訪れていて、はじめに日高市にある高麗神社を訪ねられました。
高麗神社は、7世紀に朝鮮半島の高句麗から渡来してこの地域を治め発展の礎を築いたとされる高麗王若光がまつられていて、出世や開運の神社として知られています。
両陛下は、若光から60代目の子孫にあたる宮司の案内で参道をゆっくりと進み、本殿の前で玉串をささげて拝礼されたということです。
両陛下は、続いて、神社の隣にある国の重要文化財の「高麗家住宅」を視察されました。
この建物は、1600年ごろに建てられ、改修を重ねながら高麗家の住まいとして使われてきたもので、天皇陛下は、かやぶき屋根や土間を見て、「いろんなものがよく残っていますね」と話されたということです。
このあと両陛下は、全国有数のヒガンバナの群生地として知られる「巾着田曼珠沙華公園」に足を運ばれました。
公園では、およそ500万本のヒガンバナが見頃を迎えていて、両陛下は、園内を散策しながら真っ赤なじゅうたんを敷き詰めたような秋の景色を楽しまれていました。
両陛下は、2日間埼玉県に滞在し、21日は、深谷市を訪ねられます。



「両陛下 渋沢栄一関連文化財視察」09月21日 17時25分

天皇皇后両陛下は、21日埼玉県深谷市を訪れ、地元出身の明治時代の実業家、渋沢栄一ゆかりの文化財などをご覧になりました。

両陛下 誠之堂


両陛下は、20日から私的な旅行で埼玉県を訪れていて、21日は深谷市にある国の重要文化財の「誠之堂」を訪ねられました。
「誠之堂」は、深谷市出身で国内初の銀行や数多くの企業の設立に関わり、「近代日本経済の父」と呼ばれる実業家、渋沢栄一の77歳の喜寿を祝って、大正5年に建てられた建物です。
イギリス風のれんが造りでありながら、壁にある「喜寿」の文字などは東洋風のデザインで描かれていて、両陛下は大正時代を代表する文化財を熱心にご覧になっていました。
続いて両陛下は、渋沢栄一の生誕の地に足を運ばれました。
渋沢の生家は現在は残っておらず、両陛下は、明治時代に妹夫婦が建て、渋沢家の住まいなどに使われた「中の家」と呼ばれる屋敷をご覧になりました。
ここには、東京に住んでいた渋沢が毎年帰省した際に寝泊まりしていた部屋が残されていて、天皇陛下は床の間の柱などを見て「立派ですね」などと話されたということです。
このあと両陛下は、市内にある渋沢栄一記念館も視察し、2日間の日程を終えて東京に戻られました。 》



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