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前橋の「臨江閣」で、将棋第30期竜王戦七番勝負第3局開催

2017/ 10/ 31
                 
 将棋の第30期竜王戦七番勝負の第1局は、挑戦者で先手の羽生善治棋聖(47)が95手で渡辺明竜王(33)に勝ち、続いての第2局も128手で羽生棋聖が勝利し、竜王奪取(永世竜王)と史上初の「永世七冠」に向け、2連勝としました。

そして第3局は、群馬県前橋市の「臨江閣」(〈※〉)で、 11月4日(9:00~18:00)・5日(9:00~終局まで) で開催されます。
 
将棋界最高位タイトル戦である「竜王戦」、佳境に入り愈々目が離せなくなりますね。



 「第30期竜王戦七番勝負開催地一覧」

◇第1局 10月20日(金)・21日(土) 東京都渋谷区
  セルリアンタワー能楽堂
◇第2局 10月28日(土)・29日(日) 岩手県大船渡市
   大船渡市民会館リアスホール
◇第3局 11月4日(土)・5日(日) 群馬県前橋市
  臨江閣
◇第4局 11月23日(祝)・24日(金) 新潟県三条市
  嵐渓荘
◇第5局 12月4日(月)・5日(火) 鹿児島県指宿市
  指宿白水館
◇第6局 12月11日(月)・12日(火) 山形県天童市
  ほほえみの宿 滝の湯
◇第7局 12月20日(水)・21日(木) 山梨県甲府市
  常磐ホテル




(註〈※〉臨江閣:「前橋市公式サイト」、「前橋観光コンベンション協会公式サイト」による。

 ◇臨江閣は近代和風の木造建築で、全体は本館・別館・茶室から成り、本館と茶室は県指定、別館は市指定の重要文化財となっています。
 本館は明治17年9月、当時の群馬県令・楫取素彦(かとり もとひこ)や市内の有志らの協力と募金により迎賓館として建てられました。また茶室はわびに徹した草庵茶室で、京都の宮大工今井源兵衛によって明治17年11月に完成しました。
 別館は明治43年一府十四県連合共進会の貴賓館として建てられた書院風建築です。


臨江閣別館.
  改修後の臨江閣別館


◇臨江閣とは?
  県庁にほど近い場所にある「臨江閣」は、第二期群馬県の初代県令であった楫取素彦(小田村伊之助)の提言で建てられた建物で、本館、別館、茶室からなる近代和風の木造建築物です。
本館は明治17年9月、当時の群馬県令・楫取素彦(かとり もとひこ)や市内の有志らの協力と募金により迎賓館として建てられました。現在は県の重要文化財に指定されています。 本館と渡り廊下でつながる比較的大きな建物が別館です。別館は明治43年一府十四県連合共進会の貴賓館として建てられた書院風建築です。こちらは市の重要文化財に指定されています。

 [本館] 明治17年9月、当時の群馬県令・楫取素彦や市内の有志らの協力と募金により迎賓館として建てられました。完成後、県令の任を終えた楫取の送別会も開催されました。県指定重要文化財。

 [別館] 明治43年一府十四県連合共進会の貴賓館として建てられた書院風建築です。第二次世界大戦後一時期は市庁舎や公民館としても使用されていたこともあります。市指定重要文化財。


 [茶室] 1884(明治17)年に京都の宮大工・今井源兵衛により造られました。県政や職員宿舎建設などに対する前橋の人々の惜しみない協力に感激した素彦が、県庁職員とお金を出し合って建設したと伝えられます。茶の心「わび」を重んじた草庵茶室です。県指定重要文化財。
 120年余りたった2008年(平成20)に第25回ぐんま都市緑化ぐんまフェアが群馬県で開かれた際、茶室は、楫取素彦の号をとり、「畊堂庵(こうどうあん)」と名付けられました。


「群馬県庁と臨江閣-- 」
 「前橋の恩人」と呼ばれる楫取素彦。それは素彦が群馬県庁を前橋の有力商人らからの誘致により高崎から前橋に移したことに関わりがあります。 1871年(明治4年)に第一次群馬県が成立してから、群馬県庁は高崎、前橋、さらには熊谷県時代の熊谷など、移転を繰り返し熊谷県分割による第二次群馬県成立により、再び高崎となりました。こうした中、後の前橋市長である生糸商人・下村善太郎ら「前橋二十五人衆」をはじめとする人々の熱意に動かされ、県庁を前橋に移転することとなりました。前橋二十五人衆は師範学校の建設や衛生局の設立などに資材を投じ、物心両面から県政を支え、素彦の進める殖産興業にも協力を惜しみませんでしたその「至誠」に素彦は心を動かされ、県庁移転を決意したといわれます。
また、県庁ほど近くにある「臨江閣」は迎賓館として素彦や地元の有志たちの協力・募金で建てられました。近代和風の木造建築で本館・茶室は県指定の重要文化財となっています。 )


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