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中原中也「在りし日の歌・湖上」 ハイネ「抒情挿曲・第42章」 

2017/ 11/ 10
                 
 「世界詩人全集」は、2つの出版社のものが手元にありましたが、かなり以前にブックオフに引き取ってもらいました。
 買い取り価格は、ソノシート付の全集本はゼロ円で、もう一つは12巻1セットで百円でした。
 今は、手元から離れたことを悔いています。


 これからの文章は、転記したものそのものですので、詩人ハイネに、そして詩人中原中也に興味ない人はスルーしてください。

 私にとっては、新しい発見となった『湖上』ですので、記録の意味も込めて載せることにしました。


中原中也 沈黙の音楽 佐々木幹郎



《 ・・・
  生田春月訳のBuch der Lieder(訳者訳は「詩の本」)の詩句は、愛誦するにふさわしい平易な言葉が使われており、特にその恋愛歌のいくつかは、中原中也の「朝の歌」以降の詩語と恋愛歌の構想において、インスピレーションを与える役割を果たしたと思われる。その顕著な例をあげてみよう。生田春月訳『ハイネ全集』第1巻に収録された「抒情挿曲」第42章に次の詩がある。


ハイネの『歌の本』

 ふたりは仲よく手をとって
 軽い小舟に乗ってゐる、
 夜はしづかに凪ぎはよい
 沖へ沖へと舟は出る。

 幽霊島はうつくしく
 月のひかりにかすんでゐる、
 たのしい音色(ねいろ)が漏れて来て
 霧はをどって波をうつ。

 音色はいよいよ冴えわたり
 霧はいよいよ飛びまはる、
 けれどそこへはよらないで
 沖へ出ていくやるせなさ。

 
 
詩のなかの「声」

 この詩に対して、中也に「湖上」(1930年=昭和5年6月15日初稿。『在りし日の歌』所収)がある。「湖上」の初稿(第一次形態)は「ノート少年時」(1927~30年6月15日使用と推定)に万年筆で記されていて、詩が訳されたノート下部の余白部分が破り取られている。なぜ破られたのかはわからないのだが、面白いことに一部に落書きが残っていて、「波」を思わせるようなペンでの描線が何本もあることだ。抹消線とも考えられるが、ひょっとして、海に浮かぶ小舟と男女、それを取り巻く波の絵が落書きされていたのでなないか、と想像してみるのも楽しい。

  
  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮べて出掛けませう。
  波はヒタヒタ打つでせう、
  風も少しはあるでせう。

  沖に出たらば暗いでせう、
  櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は
  昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
  ――あなたの言葉の杜切(とき)れ間を。

  月は聴き耳立てるでせう、
  すこしは降りても來るでせう、
  われら接唇(くちづけ)する時に
  月は頭上にあるでせう。

  あなたはなほも、語るでせう、
  よしないことや拗言(すねごと)や、
  洩らさず私は聴くでせう、
  ――けれど漕ぐ手はやめないで。

  ポッカリ月が出ましたら、
  舟を浮べて出掛けませう、
  波はヒタヒタ打つでせう、
  風も少しはあるでせう。

     (「湖上」第三次形態、『在りし日の歌』所収)


 ハイネの詩は三連四行だが、「湖上」は五連四行で、第五連は第一連を繰り返している。この繰り返しは「歌」のサビの部分を意識したものだ。そして、ハイネの詩の第三連第三行目「けれどそこへはよらないで」は、小舟の通過コースを示す詩句だが、「湖上」では、第四連四行目で「けれど漕ぐ手はやめないで」という願いの言葉に変えられ、換骨奪胎されている。
 二つの詩に共通しているのは、風の少ない月の夜に男女が小舟を浮かべて沖に出るという設定だけだが、ここから男女の睦言が聞えるような恋愛歌の世界へイメージを膨らませて発展させたのは、中原中也の想像力の賜物だろうと思える。

 ハイネの詩にある歌うようなリズムは、どの詩行も現在形で進むが、中也の詩では「せう」という言葉によって、仮定と推量の形式を繰り返している。後に中也はランボーの「冬の思ひ」を訳すとき(初訳は1934年9月から35年3月末までの間と推定)、この文体を用いている。
 「僕等冬には薔薇色の、車に乗って行きませう/中には青のクッションが、一杯の。/僕等仲良くするでせう。とりとめもない接唇の/巣はやはらかな車の隅々」。
  (全四連のうち第一連。『ランボウ詩抄』1936年、『ランボウ詩集』1937年所収)

 「湖上」の詩句で重要なことは、詩の主人公が「あなた」に呼びかける「声」だけではなく、別の「声」を挿入していることだ。第二連四行目「――あなたの言葉の杜切れ間を」と第四連四行目「――けれど漕ぐ手はやめないで」である。詩句の進行に寄り添いながら、立ち止まり、二重唱のような言葉を重ねている。中原中也が発見した詩のなかの「声」がここにある。
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