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若かりし頃、黒柳徹子さん   お嬢さん トットちゃん

2017/ 11/ 30
                 
 谷内六郎の絵は、週刊新潮の創刊号(昭和31年〈1956年〉2月20日号)から25年間、1,335に及ぶ表紙を飾りました。
 その草創期を飾った各号には、天皇陛下・皇后陛下(1958年)、原節子(1956年)、石原裕次郎(1959年)、谷崎潤一郎(1956年)、山田五十鈴(1956年)、山口淑子〈李香蘭〉(1956年)、五島昇(1959年)、浅沼稲次郎(1957年)、鰐淵晴子(1959年)、八千草薫(1956年)など錚々たる方々の写真が掲載されています。

 黒柳徹子さんの写真は、1959年に飾られました。
 当時の文章をそのまま引用してみますと、
 《 「これからはドラマとコメディの2本立てでやってみたい」と、声楽科出身の独特な声で語ったのは、25歳の黒柳徹子女史。1954年のラジオドラマ「ヤん坊ニン坊トン坊」で演じたトン坊役が当たり、女優兼タレントとしてテレビに引っ張りダコの毎日だった。この日はNHKテレビドラマ「お父さんの季節」の撮影の合間に渋谷の街へ繰り出し、しばし息抜き。書店で本を物色する、貴重なオフショットを撮らせてくれた。》
と、記されていました。

黒柳徹子



 11月29日の『トットちゃん』(テレビ朝日)では、レギュラー番組、テレビ6本、ラジオ2本持っていると黒柳徹子役の清野菜名さんがおっしゃっていましたね。


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コメント

        

若い徹子さん
黒柳徹子さんの若かりし時 で思い出すのは NHKラジオの 
「一丁目一番地」です 
あの時 私がいくつで 黒柳徹子さんがいくつごろだったかは 
思い出せない 昔々のことですが 
Re: Re: 若い徹子さん
> > 黒柳徹子さんの若かりし時 で思い出すのは NHKラジオの 
> > 「一丁目一番地」です 
> > あの時 私がいくつで 黒柳徹子さんがいくつごろだったかは 
> > 思い出せない 昔々のことですが 
>
>
>
> サエコさん役の黒柳徹子さん
> v-290
>
> 調べてみたら、「一丁目一番地」は、1957年4月から1964年3月までNHKラジオ第1で放送されていました。黒柳徹子さんはサエコさんの役です。
>  丁度その頃、ラジオ東京(現TBS)で、吉永小百合さんが、「赤胴鈴之助」(1957年1月~1959年2月)の千葉周作の娘、さゆり役で出ていました。
>  
>  「一丁目一番地」(高垣葵作詞・宇野誠一郎作曲)の歌、徹子さんの声が懐かしいです。
>
>
>
> ちょっと失礼おたずねしたい
> ここらは何丁目何番地
> あちらの角のポストから
> こちらの橋のたもとまで
> みんなの町です 一丁目一番地
> 昨日も今日も又明日も
> にこにこ笑って明け暮れる
> ここは一丁目 一丁目一番地
>
> ぽっかりお月さんお屋根の上から
> 皆さんごきげんいかがです
> あちらの窓からこぼれるあかりも
> こちらの窓のともし火も
> 明るい町です 一丁目一番地
> 雨の降る日も風の日も
> にこにこ笑って明け暮れる
> ここは一丁目 一丁目一番地
>
> ちょっと失礼ここらあたりは
> 一丁目一番地違います?
> 隣のお宅その又隣
> 又又となりの又隣
> 楽しい町です 一丁目一番地
> みんな仲よく しあわせに
> にこにこ笑って明け暮れる
> ここは一丁目 一丁目一番地
>
>
> https://www.youtube.com/watch?v=X5mLFKT0q6M


https://www.youtube.com/watch?v=L4gm55kpgaE