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現役のころ・・・ 幽霊が出るということで  葛飾北斎  高井鴻山

2017/ 12/ 18
                 

 あれは、いつ頃のことだったでしょうか。
 静岡県のF工場に出張となったので、時折使っているビジネスホテルに予約をしました。

  これこれこういう用で〇△日に行きますから、よろしく。と、工場の総務課のAさんに電話したところ、
どこに泊まるのですか!? と鸚鵡返しに聞いてきます。
 △×に予約しました。と返事したところ、あそこは幽霊が出ますからお止めなさい!
というではありませんか。
 いいよ、私は別に気にしないから。とこたえたのですが、
 彼は、
 何人もの人が実際に幽霊にあっているから、お止めなさい。こちらで、□△ホテルに予約しておきますから!
 という有無を言わせないご返事です。

 私は素直に従うことに致しました。

 そういうこともあってか、私はその後もまだ幽霊に出会っておりません。


 ( 一頃、何回か足を運んだ信州小布施には、「北斎館」、「高井鴻山記念館」があります。
 先日銀座で、小布施の栗かの子を手にしたときに、葛飾北斎の「百物語」、高井鴻山の妖怪画の数々を思いだしていました。
 そんなときに、現役だったころの、「〈幽霊=有霊〉のおはなし」が、フッと思い起こされました。)

 追補:杉浦日向子の「百物語」については、いつのときかの折に、触れてみたい気がしています。





《「鴻山の妖怪画 晩年は妖怪画に没頭」

 晩年の鴻山は、妖怪画を多く描くようになった。若い頃から岸派や浮世絵の第一人者を師匠とし、数々の画を描き続けてきた鴻山が、妖怪画に没頭したのはなぜか。
 残された漢詩などから、鴻山の心の中には政情や自らの境遇、そして志半ばで夭折した者たちへの深い思いなどが複雑に交錯していた様子が窺える。彼はそれをのりこえ、さらに宗教的な有霊感を加え“万物の魂”を描こうとしたのではないかと推測される。
 花鳥画、人物画、山水画をすべて吸収して集大成された鴻山独特の妖怪画の世界は、見る者に深い感動を与える。~「高井鴻山記念館」~ 》

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