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2月に入りました。

2013/ 02/ 02
                 
 2月

3日、節分・豆まき。
4日、立春。
7日、北方領土の日。
8日、針供養。
9日、初午。
10日、旧元日。
11日、建国記念の日。
14日、バレンタインデー。
と、月の前半は、なにやかやと暦の上が賑やかです。

 例年ですと、2月に入った途端、風が強く吹いたり、寒さが身に沁みたりで、「立春」・・・暦の上では春とはいいながら・・・などと、NHKの女性アナウンサーがお昼の番組で話したりするのですが、今日は雲空とはいえ、穏やかな一日となりました。
 こんな日に、ウグイスが訪れるのではないかと、ほどほどの期待を抱いてみましたが、アテは見事に外れました。


二四 雪と空っ風

 北に背負うた山脈の為に上州の冬は雪に乏しく、その代り乾燥した風がひまなしに訪れます。雪も静かに訪れる時は量多く、吹っ越しといって風に飛んで来る雪はむしろ積りません。私共の付近では、三センチ以下の雪が多く稀に十センチ、十五センチを超えれば大雪の部に入ります。
 子供の頃は山陰、土手まま(傾斜のこと)などによけて日なたぼっこするのがうれしく空ゆく風の音を日だまりで聞いて居りますとやがて榛名山の方面に雪雲が現れてさらさらとした雪が飛んで来ます。空にはまだ陽光が輝きながら白い片々はあたりの空気をめまぐるしく動かします。これが吹っ越しです。

 おう寒む こさむ
 山から小僧がとんで来た

 少年の頃はこの小僧を雪そのものと解してうたったものでした。
 吹っ越しは本雪になる時もありますが、大抵はまもなく晴れる事が多いのです。日なたぼっこをして居て浮雲が頭上を過ぎる時は

 天と様 天と様
 戸をあけろ

とうたうのです。
 風は冬中いつも吹きますが強く砂をまいて吹くのはむしろ二月以後で正月の凧あげは上州とすると決して風の本時期ではありませんでした。空っ風の時期になりますと、北向の道路などはなまやさしい力では進めません。自転車などは勿論乗れないのです。昼一日濛々とした砂ほこりが赤城、榛名の間をすぎてゆきます。三月の下旬まで幾日もつづくのです。


二七 節分

 節分にする行事については、私共の一門は大晦日にいたしますので既に記しましたから略します。大体あれと同様の事が二月四日頃の節分の日に一般に行われて居るのです。只豆撒きによって年取りをするという事が、改年の期と一月もかけ離れてしまった事は、何としても新旧両歴の不都合でありました。おそらく昔は節分は正月の中に大体入ったのだと思います。旧暦にあっても節分とか彼岸とかいう月は一定の時になって居りましたのですから、新年をこの節分に近づけて初春の気分を味わって来た事は、結果から見た話ですが、昔の人は幸であったと思います。季節から云って今の正月は何としても正月らしからぬ時期である事は否めません。


二八 お事八日

 二月八日の日を事始めと云います。この日と十二月八日の二日をお事八日と云い十二月の方はお事じまいと云います。
 この事というのは何の意味だかよくわかりませんが、私はあの陶淵明の「農人余に告ぐるに春の及べるを以って将に西疇に事あらんとす」という事と同意に解して居ります。この点、事八日は家庭的な祈年祭と神嘗祭の趣があります。この日は私の家では最早致さぬのですが近くの多くの家ではメカイを竿に立てて庭に出します。これは天から鬼が下りて来るのに対し沢山目玉のある者が下に居ておそろしくて近寄らせない為だそうです。これはどういう原因があるのか最早よくわかりません。この日は一般に変り飯を食います。つまり白いめし(白米の飯)或は赤飯更にオコトソバといってソバを食べる家もあります。
 その後お事八日というのは正月の神事だという話をききました。この説によると十二月八日の方が事始めで二月八日の方が事じまいということになります。成程、この御説は御尤で今では私はこの御説の方を正しいと思って居ります。しかし家の方では二月の方を事始めと云うのです。


二九 初午

 二月の最初の牛の日に稲荷祭りをいたします。これが初午でありますが昭和十年頃更生計画により二月十一日の紀元節の日に初午祭りをする事と村で決定されましたので、家ではその日に行います。が多くの家では終戦後元に戻って二月の牛の日にするようになりました。
 初午の前日は屋敷の稲荷様に注連縄を張って古い幟を一対立てます。その幟には享和二年という今の私の家が建てられた頃の年号が染められて居ります。
 夜分になってから米の粉で団子を作ります。大半は繭玉に作るのです。之は所謂新粉細工ですから子供には大変面白く種々の動物や椎茸、野菜類などの形ものも作ります。初午の日の朝これをふかして神仏や勿論稲荷様に供えます。繭玉は焼いてたべるのが一番美味ですが、この朝は私共では雑煮の様に人参、里芋、大根等と汁に入れてたべます。この日は一日休みなのです。
 

三〇 大般若講

 二月十五日の涅槃会の日は菩提寺の大般若講の日であります。現在は大般若の転読はどこの寺院でも皆行いますが、この地方では明治十九年の涅槃会にこの寺の先住(一色良在師)が始められたのが最初です。ここには五人一組の講が立って居て毎年交代で寺を訪ねるのですが、十数人の近隣寺院の和尚様達が並んで大声に六百巻の経文を大きな扇をひらき又つぼめる様に双手をかざして転読する様は実に壮観です。終って斎食があり説教があります。少年の頃は、この日お寺でくれる「ヤセウマ」が非常な楽しみでした。ヤセウマというのは、輪切りにしたお新粉餅で中に赤、青、黄等の色のポチポチが入っているのが最も子供心をよろこばせました。この辺は一帯に信仰心のうすい所で善男善女の寺を訪れるのは盆、正月の外は秋の施餓鬼と今日だけの事です。


習俗歳時記(補修再版)より
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