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 天皇陛下御即位三十年記念 神社めぐり 我野神社

2018/ 09/ 04
                 

   我野神社御朱印

   我野神社 御朱印



 ・主祭神:天御中主神(あめのみなかぬしのみこと).建御名方神(たてみなかたのかみ).日本武尊(やまとたけるのみこと).
 ・御神徳:妙見信仰.他.
 ・ご神紋:- (無)
   (「神紋」でもなく、「家紋」でもない、「紋」が宮司宅の玄関正面に飾られていました。今をさかのぼること何百年前、京都のさるお方のお導きにより拝受された由、伺いました。
 (非常に稀有な「紋」なので、調べても「家紋」に該当するものが見つからなかったこと、そもそも神社にはもともとから「神紋」があったわけではなく、後世、謂れに基づいて「神紋」が整えられていった等のことも合わせお話を頂戴できました。)
 ・鎮座地:埼玉県飯能市吾野226-1


  16-1我野神社 紋




 『武蔵國吾野三社(あがのみやしろ)鎮座 我野(あがの)神社』、御由緒の冒頭には、次のように記されています。
 〈第十二代景行天皇四十年日本武尊(倭建命)御東征の折り、当地を御通行になり、遠祖神の天御中主神を勧請せられ、次いで第十四代仲哀天皇五年十一月御諸別王が平安を祈り、建御名方神と日本武尊を祀ることにより、「三社(みやしろ)大明神」と号した。 
 その後、鎌倉時代の建久二年に「右大将源頼朝承士八人、 秩父次郎重忠奉行之社職朝日籐太夫藻元次」との御造営の棟札があり、さらに奥州の藤原泰衡追討祈願成就につき二百町余の山畠安堵の文を載せ、次に頼朝献詠と伝える
「万代もかけて吾那(アガナ又はアガノ)のひとむらに鎮まりませるみやしろのみや」の一首を記している。
 ・・・ 〉

〈注※:「第十二代景行天皇四十年」=西暦110年.「第十四代仲哀天皇五年」=西暦190年.建久二年=西暦1191年.〉



 我野神社例大祭(7月最終土曜日)の神事、川瀬祭並びに獅子舞は、何れも飯能市の無形民俗文化財に指定されています。
 例大祭が別名「よまち(夜まち)」と呼ばれているのは、特殊神事である川瀬祭が夜に行われることにもよると、「例大祭」文中に記されています。


  16-2 我野神社


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