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天皇陛下御即位三十年記念 神社めぐり 中新田 愛宕神社

2018/ 10/ 16
                 

 平成30年10月14日の日曜日、二つの愛宕神社めぐりをしてきました。
 中新田 愛宕神社は、10月4日(10:00~15:00)のみ御朱印受付となっています。

  中新田 愛宕神社 御朱印



 人の動きは途絶えることがありませんでした。
 臨時の駐車場も含め、車の出入りがとても多かったのが強く印象に残りました。
 
・主祭神:
  迦具土命〈加具突知命(かぐつちのみこと・火の神)〉
  素戔嗚尊(すさのおのみこと・武勇の神)
  勝軍地蔵(しょうぐんじぞう・軍の神)   
・御神徳:開運厄除・他
・ご神紋:三つ巴.

 4-2中新田愛宕神社 ご神紋



・鎮座地:埼玉県狭山市中新田145
 

 4-3 中新田愛宕神社



  (中新田)「愛宕神社 社殿 新築記念碑」


  当社愛宕神社は、その創建については不詳である。
 中新田の開拓は、慶長年間(西暦1650年頃)に始まるが、おそらくはその後、この土地の住民の守護神として、京都の愛宕神社を勧請し祭祀したものと思われる。
 天明年間(1781年4月2日‐1789年1月25日)の古文書には、既に大日堂(現在の集会所)と愛宕神社の記載がある。
 祭神は、加具突知命(カグツチノミコト・火の神)、素戔嗚尊(スサノオノミコト・武勇の神)、 勝軍地蔵(ショウグンジゾウ・軍の神)の三神を祀る。
 以来、永く当地の住民及び近隣の人々の篤い崇敬をあつめて来たが、社殿の老朽甚だしくなるに及び、氏子並びに信者の篤志を集め、茲に社殿とその付属するものを再建した。
  平成四年四月二十四日
 愛宕神社例大祭の日にその竣工を祝い、之を誌す。
                 氏子中

 
 埼玉県神社庁発行の、『埼玉の神社 入間・北埼玉・秩父』による、「中新田愛宕神社」(406ページ]の「歴史」に、
 《 当地は、『風土記稿』には、「堀金・今福二村の中間に有て最後年に新墾せし処なれば、中新田の名は起りしと云」とある。
 本市域一帯の村々の開発は天正18年(1590年)7月小田原北条氏が滅び、同年8月徳川家康の関東移封以後に始まり、寛永16年(1639年)松平信綱が川越城主となり新田開発を奨励して村高は急増を見る。堀兼・今福も共に承応年間(1652年9月18日‐1655年4月13日)に開墾された所で、その後の『元禄郷帳』に堀兼・中新田の二カ村が載ることから、承応から元禄年間にかけて当所は一村をなしたと考えられ、当社の創立も開拓にかかわるものと推測される。
 当社は、往時から村の鎮守として、中新田中央の高知に鎮まっていたが、・・・》
 と、記しています。


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コメント

        

恥ずかしながら中新田愛宕神社の存在自体を初めて知りました。ぜひ行ってみたいと思います。甚作さんは、今日は開いていなかったので、また後日チャレンジしてみます。
愛宕神社の場所
> 恥ずかしながら中新田愛宕神社の存在自体を初めて知りました。ぜひ行ってみたいと思います。甚作さんは、今日は開いていなかったので、また後日チャレンジしてみます。


 10月14日のみ、御朱印受付の愛宕神社でしたので、人の出入りと車の出入りがあったので場所が判りました。
自動車道路から奥まった場所に神社があるので、普段の日に参拝に出かけると、なかなか場所が見つけるのが難しいように感じました。(マイカーのナビには、ここの所番地は掲載されていませんでした…)