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雛祭り

2013/ 02/ 25
                 
 三三 雛祭り

 三月三日が雛祭りです。昔は一月遅れの四月にして旧暦の三月と季節を合せようとした為でありましょう。三月の終り頃からお雛様を飾りました。お雛様にも時代の変遷があって昔の雛はあく迄上品に白くそして形が大きくありました。お茶坊主というお河童は殿様の御拝領の品などと云って整然としたものがありましたが、明治の頃はずっとすたれて居た様です。それが最近は道具類が目に見えて増えて来た様です。私の家だけでもこんな変遷がありました。殊に最近ではガラスの箱に入った人形が流行して、果して雛やら普通の飾り人形やら一寸差別がつけ兼ねる状態です。終戦後次第に世間に習って雛祭りは三月三日にする様になりました。
 この節句の御馳走は餅と寿司であります。餅は搗いてすぐ食べる事が不適当ですから大概一日か二日に搗きます。以前四月の節句の時は餅草は三月頃から摘みためて置きました。今は一月早くなったため餅草は間に合いません。
 雛壇にあげる菱餅は食紅を用いたのと白餅と草餅の三つ重ねにしました。食紅の代りに栗餅で黄色いのを用いる事もありました。
 三日の朝はお寿司を作ります。田舎で寿司というのは油揚げずしと海苔まきです。油揚げにはよく干瓢を巻きました。
 総じて節句というのはこの地方では新しい聟嫁のお里へのお客日です。新夫婦二人で草餅、寿司などを持って嫁の里にゆく事「御年貢納め」と云ってやや責任を負わせるような口吻で、しかもやや義務的に楽しい一日を与えてくれる組織となっています。一般に新婚者は農村では単に家庭内許りでなく当分拘束された生活をして居るのですが、この節句は之に一日の自由を解放するのです。この辺では嫁も雛様を持参して輿入れする例です。
 桃の節句の翌日は「セチマ」と云ってもう一日休みの追加をする習いの家もあります。 

 習俗歳時記(補修再版)より
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