FC2ブログ
        

美空ひばりさん 6月24日林檎忌・麦の日

2019/ 06/ 01
                 


 5月27日、中曽根康弘さんの誕生日。
 5月28日、内藤洋子さんの誕生日。
 5月29日、美空ひばりさんの誕生日。

 6月19日(桜桃忌)、小説家太宰治生誕日(6月13日が命日であるが、三鷹市近くの玉川上水で発見された日が19日の誕生日であったことに因み、この日を桜桃忌とした。享年38歳)。
 6月24日(林檎忌・麦の日)、歌手美空ひばり命日(享年52歳)。


令和元年5月27日は、中曽根康弘さん101歳の誕生日でした。
健康状態は良好で、最近は自宅で政治や歴史に関する本や新聞を読んで過ごすことが多いとのことです。
 読売新聞オンライン記事では〈 安全保障や憲法改正にも継続して取り組んでおり、公益財団法人「中曽根康弘世界平和研究所」の会長や、超党派の国会議員らでつくる「新憲法制定議員同盟」の会長を務めている。 〉と、近況を伝えています。
 歴代首相で100歳を超えたのは、102歳で死去した東久邇宮稔彦(ひがしくにのみやなるひこ)元首相(1945年年8月~1945年10月在任)と中曽根康弘元首相(1982年11月~1987年11月在任.第一次から第三次内閣まで通年)のお二方です。


 翌5月28日は、内藤洋子さんの69歳の誕生日でした。
 内藤洋子さん ブロマイド


 当時の浅野寿々子(故大橋巨泉さんの奥様で、現在のお名前は大橋寿々子。)さんからバトンタッチを受けた、月刊雑誌「りぼん」の表紙を最初に飾った時(1962年)のお名前は内藤耀子となっていました。
 大橋寿々子(浅野寿々子→浅野順子→大橋順子→大橋寿々子)さん、内藤洋子さん、それぞれの場面場面で、「徹子の部屋」で何回か御目文字叶いました。お二方共にお健やかな日々を過ごされているようにその時々感じました。


 黒沢明監督の『赤ひげ』で、保本登(加山雄三)のお嫁さんとなったまさえ役で、1965年映画デビューした内藤洋子さん。
 洋子さんが、画面にいつ出てくるのか、いつ出てくるのかと、胸ドキドキでした。
 この『赤ひげ』で、おとよ役を演じた二木てるみさんは、当時史上最年少で「ブルーリボン賞」の助演女優賞を16歳で受賞しています。

 おとよの今までの人生を顕し出しているかのような場面・・・
 キャッチアイ。
 ライティング。
 カメラワーク。
 黒白のトーン。
 ほの暗さの中の淡い光。
 彼女の瞳の微妙に彷徨う様。
・・・が、今でも印象に残っています。



 太宰治が入水したのが、1948年(昭和23年)6月13日、遺体が発見されたのが6月19日、奇しくも誕生日(1909年〈明治42年〉6月19日)と同じ日でした。
 40歳にも届かない38歳という若さの死でしたが、警察発表前に様々なマスメディアから「自殺」と報道され、それらの既成事実が彼の死因となってこんにちに至っています。
 この6月19日、太宰治生誕110年を迎えます。
 青森県五所川原市では、様々なイベントを当日のみならずあちこちの会場で開催します。
(芥川賞の受賞作家とならなかった)太宰治を偲び、芥川賞作家の又吉直樹さんを招いて、「太宰治生誕110年記念講演会」と題し、7月6日(土)、13:30~15:40、五所川原市ふるさと交流国民センターで開催されます。(入場無料.事前申し込み.抽選)





 不世出の歌手 美空ひばり 

 読売新聞オンラインに、〈 歌手の美空ひばりさんの作品の累計出荷数が、1億枚を突破していたと、29日に東京都内で開かれたイベントで発表された。〉(5/29(水) 20:13配信 )の記事が載っていました。
※(「スポーツ報知」オンライン版では〈美空ひばりさん総合売り上げ1億1700万枚を記録〉の見出しでした。)…

1937年(昭和12年)5月29日生まれ。
1989年(平成元年)6月24日死去。
52歳の生涯でした。
令和元年、没後30年の林檎忌にはどのようなイベントが催されるのでしょうか。



 春秋    (日本経済新聞オンライン 2012/6/24付)

 作家などの命日を、ときに○○忌と呼ぶ。有名なのはさきの6月19日の、太宰治の桜桃忌だろう。これは広辞苑にも載っている。芥川龍之介は河童(かっぱ)忌(7月24日)、正岡子規は糸瓜(へちま)忌(9月19日)。近年では司馬遼太郎の菜の花忌(2月12日)が知られるようになった。
▼さて、きょうは林檎(りんご)忌である。美空ひばりさんの命日を、ヒット曲「リンゴ追分」にちなんでこう呼ぶそうだ。忌日にこうした呼び名がつくのは物書きのほかでは珍しく、あの歌謡界の女王への日本人の愛惜をあらわしていよう。亡くなったのは23年前の昭和が終わった年。バブル最盛期の、なにやら騒々しいころだった。
▼昭和という時代を体現した――とはよくある言い方だが、この人には、やはりそんな形容が似合う。ローティーン離れした歌声を焼け跡に響かせた少女は、やがて戦後の感性を身にまとう歌い手となった。高度成長期には、グループサウンズをバックにミニスカートで「真赤な太陽」を熱唱して世の度肝を抜いたものだ。
▼民謡でもジャズでも軽々と歌いこなす技量に誰もが舌を巻いたが、もっとすごいのは、歌で何かを伝えようという強靱(きょうじん)な意志であったに違いない。昭和は遠く過ぎたのに、ひばり節が少しも古びないのはそれゆえだろうか。きょうの命日は別名「麦の日」とも称される。麦畑の上の高い空に、われらを見守るひばりがいる。


関連記事
スポンサーサイト



                 

コメント