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川俣関所跡

2013/ 03/ 11
                 
史跡 川俣関所址 


  (さだめ)

一.此関所を通る輩 (このせきしょをとおるやからは)
  番所の前にて笠 (ばんしょのまえにてかさ)
  頭巾をぬぐべき事 (ずきんをぬぐべきこと)

一.乗物にて通る面々は (のりものにてとおるめんめんは)
  乗物の戸をひらくべし (のりもののとをひらくべし)
  但、女乗物は番の輩 (ただし、おんなのりものはばんのやからの)
  差図にて女に見せ (さしずにておんなにみせ)
  可通之事 (これをとおるべきこと)

一.公家・門跡衆・諸大名 (くげ・もんぜきしゅう・しょだいみょう)
  参向の節は前かどおり (さんこうのせつはまえかどおり)
  箕沙汰可有之間不及改え (そのさたあるべくのあいだこれをあらたむるにおよばず)  ※其
  自然不審の儀 (しぜんふしんのぎ)
  あらば可為各別事 (あらばかくべつたるべきこと)

右可相守此旨者也 (みぎこのむねあいまもるべきものなり)
仍執達如件 (よってしったつくだんのごとし)

 卓享三年四月 (じょうきょうさんねんしがつ)    ※貞享
  奉行 (ぶぎょう)


 ゴルフで、利根川を渡るときに昭和橋を使うことがあります。通勤時間帯にかかるといつも交通渋滞になるのが橋を渡る手前です。
 昨年暮れ、車が停まっている時に、川に沿った道路端にある、川俣関所跡の石碑を写真に撮りました。

P1050322(1).jpg

 以前は、埼玉県の史跡として指定を受けていましたが、昭和32年の河川改修工事により現在の地に碑が移転され、昭和36年9月1日に「旧跡」に指定変更されたとのことです。

 川俣関所は慶長年間(1596-1615)に設けられ、明治になるまでのおよそ260年間、日光裏街道の利根川におかれた関所としてその役割を果たしてきました。
 対岸の上州(群馬県)川俣村の名にちなんで、「川俣御関所」と呼称されました。江戸と両毛(群馬県〈上毛野〉と栃木県〈下毛野〉)を結ぶ要衝の地として、長く忍藩の元に置かれ江戸城警護に務めました。
 「出女に入鉄砲」と言われているように、江戸に住んでいる諸大名の奥方の逃れ出ることを防ぐこと、外から江戸に鉄砲などの武器が入ってくるのを防ぐことなどのために厳しいチエック体制を敷きました。日の出に開門、日の入りに閉門し、夜間の通行は出来ませんでした。

※所在地は、埼玉県羽生市上新郷。170mほど離れたところに道の駅はにゅう  tel 048-560-1010 羽生市大字上新郷7066 があります。
 
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