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熊谷うちわ祭 八坂神社 名の由来

2019/ 07/ 24
                 
 名の由来うちわ祭と由緒の合祀愛宕神社に八坂の社(やしろ)

 
 2-1熊谷うちわ祭 令和元年七月二十一日


 そもそも、「うちわ祭」とは何ぞやということで、全国にうちわ(団扇)祭りがどれくらいあるのか、あちこち探してみましたが、〈「熊谷うちわ祭」を除いて〉ヒットしませんでした。
 それではということで、「熊谷うちわ祭」の由来をたずねてみることにしました。

 2-2熊谷うちわ祭り 令和元年七月二十一日.


 先ずは、その歴史について、熊谷うちわ祭の公式サイトを久方ぶりに紐解いてみました。(かなり以前に載っていた文言の表現と比べると簡素化されていました。)

 2-10八坂神社 御朱印 令和元年七月二十一日


 

 それから、埼玉県神社庁刊行の『埼玉の神社〈大里・北葛飾・比企編〉』(平成4年7月1日発行)をベースにして、インターネットであちこち検索してみました。
最期に、これも久しぶりに、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』をのぞいてみました。
 ということで、いいところどりで、「熊谷うちわ祭り」の「うちわ」の由来をつまびらかにご紹介させていただきます。

 2-5熊谷うちわ祭り   仲町総代会 令和元年七月二十一日.


 《 そもそも八坂神社の例大祭のはじめは、江戸時代中期から八坂大祭〈祇園祭〉として祇園柱を設けて御輿渡御(みこしとぎょ)中心のお祭りでした。
 当時のお祭りでは、赤飯をふるまうのを常としていました。
 時代が下がり、明治35年(1902年)頃より、料亭「泉州」が手間のかかる赤飯に替えて、店名入りの渋団扇(しぶうちわ)を配ったところ、当時の生活必需品とあって好評を博し、他商店が追随した、といわれています。三銭の買い物に対しても五銭のうちわを配り、「買い物は熊谷のうちわ祭の日に」と言われるようになった”というのが定説となったそうです。

 2-4熊谷うちわ祭り  祭禮 令和元年七月二十一日


 うちわが採用された理由は、泉州の主人が東京で修業中に、団扇が飛び交う日本橋小舟町の天王祭を見たことをきっかけとして、老舗「伊場仙」から渋うちわを買い入れ、熊谷の祭礼で配り始めたと語り継がれています。 

 2-3熊谷うちわ祭 うちわ裏側


 火起こしなどに使われた渋団扇は既に生活必需品ではなくなっていますが、祭りの名称と相俟って、祭の間、うちわを配布する習慣は現在も続いていて人気を博しています。表面は青地に「うちわ祭」の大書や祭りの由来、公式サイトへのQRコード等が書かれた統一デザイン、裏面には店名等が書かれたものが、行宮をはじめ各所で大量に配布(100円以上奉納)されています。

〈配られているうちわは、柄・骨ともプラスチック製〉。

 また、祭りの開催期間中に宣伝広告用のうちわを無料で配布する企業・団体等も少なくありません。 》

 エイブル_NEW

  うちわ エイブル  裏側

 2-7熊谷うちわ祭り  おふろcafeグループ 令和元年七月二十一日

 2-6熊谷うちわ祭り  おふろcafeグループ 入館無料サービス

 2-9熊谷うちわ祭り  埼玉武蔵ヒートベアーズ 



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