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遠藤周作

2013/ 04/ 07
                 
深い河

 インドを舞台にしている「深い河」。
 そのインドに4月1日付で赴任したSさんから、私のface book にメッセージが入りました。
 彼から、上尾友の会の忘年会に声をかけてもらったおかげで、その延長線上で上尾友の会のGC幹事よりお誘いを頂きました。
 現役の皆さんと久しぶりにグリーンミーティングが楽しめることを思うと、今からムネワクワクです。
 参加することに意義・意味がありです。スコアは、二の次、三の次!

 「私のインド」という本を、はるか以前読みました。
 作者の彼女をして、インドを好きになる人は、とことんインドを好きになる。と、その本で述べています。
 「深い河」の主人公は、インドに身を置くことによって、自分の求めている何かを探そうとします。
 インドに自分が今あるからこそという命題がそこに歴然と横たわっています。
 日本や、他の国においては、それは感得しえないということにおいては、「私のインド」の作者と同じです。
 が、遠藤周作は宗教という立ち位置において、永遠性を希求するということにおいて、その見出そうとする本質は異質なものです。

遠藤龍之介
 周作の長男、遠藤龍之介氏は、次のように述べています。
 ・・・結果的に父の最後の作品となった『深い河』については忘れられないエピソードがあります。普段の父は家族が自分の作品を読むことをすごく嫌がったので、本当は読んでいても、口に出さないのが、遠藤家では暗黙の了解でした。ところが、『深い河』はいつもと違った。当時、私は結婚をして別所帯を持っていたのですが、父から献本がありました。例のないことです。
 何故だろうと、『深い河』を読み始めた時、"これは父の最後の作品になるのではないか"という予感を抱きました。『深い河』は大河的小説で、彼の今までの作品の主人公たちが名前や性別を替えて登場しています。例えば、『わたしが・棄てた・女』の森田ミツ、『おバカさん』のガストン、『沈黙』のキチジローのようなキャラクターが集大成のように入ってきている。"これを書いてしまったら、この人は他に書くものがあるのだろうか?”という思いがしました。その予感は的中し、数年後に亡くなってしまいます。・・・

 狐狸庵(こりあん)先生、3月27日に、生誕90周年を迎えています。
 早いもので、没後17年。
 軽井沢高原文庫を訪ねた時から、もうどれだけ経ったことになるのでしょうか。


『遠藤周作 文学館』 
 長崎市外海地区に行った時、水平線の彼方から宣教師を乗せた船が来るイメージが見え、『沈黙』の構想が固まったと、遠藤周作は、後に述べていたようです。
 『遠藤周作 文学館』が、今、そこに建っています。

☆遠藤周作:1913(大正12)年3月27日生れ。1996(平成8)年9月29日没。
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