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赤城の神 今井善一郎

2013/ 04/ 22
                 
はしがき

 本書は赤城の神についての随時の考察をまとめたものである。最も古いものは昭和十八年のものであるから恰度三十年前のもので、その間私の考えも変化があったから全部をまとめて書き直せばよいのであるが、現在の私の体力ではその余裕がない。それで昔のまま大体古い順に(最初の一篇が実は二番目の発表であるが、読んで頂く都合上そこだけ順序を更えた)並べておいた。実は昭和四十三年十二月八日に「赤城神小考」という題で上毛民俗学会でこれらの要約したものを述べた事があったが、それは祖霊の集合が神になるというその頃の自説をこの赤城神信仰に結び付けて述べたものであり、ここにもそれを採択しようと思ったが、他の部分は既述の旧説による処が多いので重複をさけてやめた。

 日本の神、殊に地方の神については従来研究される所が極めて少ない。しかし村々の鎮守、産土の社の神こそは日本の神の正系統の神である。今や日本ではこれらの神社を守り立てている基礎社会が崩壊しつつある。従って日本の神の将来も実に憂わしい現状にある。神に対する信仰が失われつつあるからである。
 赤城の神はその様な基礎社会の上に立つ神ではない。しかし中央の神とは異なる。それが「から社」なる不可思議な表現を鎌倉の三大将軍にされた為に私はつい研究してみたのであるが、地方の神社の成立は何処でも大体明白でないのである。日本の神或は神社の研究は何故か怠られてる。

 本書は多少民俗学的な方法を借りては居るが、正統系の民俗学の研究ではない。昔の郷土士研究というやり方に民俗学の匂いを少しつけた程度のもので、こんな物で一冊の本としてまとめられる価値のない事は私自身が知っている。しかし、ここに書いた物は三十年来の原稿だが、私が赤城の事に関心をもったのは四十年以上になる。そして書きたい事、殊に、全然私の専門外な考古学的な事などもまだ赤城についてはずい分とある。
 但しそれは皆中途半端な智識で、且つその方面の先生方は沢山居られる。私は先生方の説を承るだけで娯しみである。
 書肆煥乎堂は長年私が本を贖って来たのだが最近ピタリと止んで了ったので、不思議に思ったらしい。そしてそれが私の盲目化に原因するを知り、私を憐れんで、何か原稿があったら本にしてやろうと云ってくれる。私はノートは作るが原稿は殆ど書かないので、手許にある赤城神関係のものだけ集めてみた。文体も文章も不揃いで見苦しいが、それは右の次第故読者の御寛恕を乞う。
 そして煥乎堂には感謝の意を表しておく。

                                     昭和四十八年六月十五日記


赤城の神  
昭和四十九年三月二十日 発行
著者 今井善一郎
発行所 株式会社煥乎堂
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