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駅弁の思い出 信越本線に蒸気機関車が走っていたころ

2021/ 03/ 03
                 

 スーパーに駅弁並ぶどれにする海鮮外し二つ手に取る


 かつさんど KINOKUNIYA


この日、偶々スーパーマーケットに買い出しに行ったら、目の前に駅弁がずらっと並んでいるのが目に留まりました。
しめしめ、これでお昼は手抜きができるなあ、と、思い、あれこれ眺めまわしました。
 前回もそうでしたが、ウニやイクラは大好きなのですが、この日も海鮮の類は避けることにしました。

 仙台牛ひとめぼれ

 今回は、牛肉類の中から宮城県仙台市の(株)こばやし「仙台牛ひとめぼれ」とサンドイッチ類の中から東京都三鷹市の(株)紀ノ國屋「かつサンド」を選びました。


 話しは飛びますが、
 小さいころ、信越本線は国鉄でした。
  当時、小諸に住んでいたので、群馬に行くときは「上り」上野行の列車に乗りました。鈍行列車の三等車両です。
 蒸気機関車です。窓を開けたままにしておくとトンネルの中に入った途端、煙が社内に充満し、煙草を吸っていた大人たちが慌てて窓を閉めるという一コマなどを思い出しています。

 アプトの道1
  〈アプトの道〉

 横川の駅に着くと楽しみが待っています。釜めし弁当です。熱いお茶もついていました。お茶の容器も陶器でできていました。

 

 往きはよいよい、復りはなんとかやらで・・・

めがね橋 アプトの道2
  〈めがね橋・アプトの道〉

 信越本線の「下り」は、碓氷峠の山並みを前にしてから急勾配の登り坂になります。
 熊ノ平駅はスイッチバック駅となります。機関区はアプト式になります。牽引車は蒸気機関車から電気機関車に切り替わります。    なんだ坂!こんな坂!と、線路を軋ませながら上って行きます。


 めがね橋 国道18号から望む3
  〈めがね橋・国道18号から望む〉


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コメント

        

むさしの想坊さま

こんにちは~。今日は雛祭りですね。

これまでお雛様を見るために、あちらこちらに出掛けましたが(お雛様を見るのが好きなんです)、鴻巣市の「ひな祭り」も、一度行ってみたいイベントです。

子どもの頃、汽車に乗ってトンネルに入ると、大人たちが「はよ窓閉めんと煙が入ってくるでぇ」(関西弁ですから)と言っていたのを思い出しました。

大学の寮が軽井沢にあって、ゼミの合宿などにも使われており、横川駅で「峠の釜めし」を買うのが楽しみでした。当時はホームに「弁当、弁当」と言いながら駅弁を売る人がいましたよね。

あれもこれも懐かしい思い出です。

父との思い出・・・草軽電鉄
こんにちは。
小さいころ、父と群馬に行くときの楽しみは、横川駅の釜めしでした。
当時の駅弁は列車の窓を開けて買い求めるというのが一般的でしたが、大人気の釜めしは、弁当売りがこちらの車両までやって来ないうちに発車の合図が鳴り響くことが往々にしてありました。
そんなときは、お金を握りしめてプラットホームまで飛び出して、アタフタと買い求めたものです。
小さいころの父との思い出は、いろいろありますが、草軽電鉄〈軽井沢と草津間〉に乗って、途中の無人駅で降りて、キノコ狩りをしたのが印象深かったです。
 マツタケも生えていましたが、父は、これがマツタケと指さして教えてくれましたが、一本も触りませんでした。私たちは、ハツタケやジゴボウなど一般的に市場に出回らないキノコを採りました。
 父がマツタケを採らなかったのは何故かなと、その時は思いました。

 そうそう、そういえば、軽井沢には女子大の寮がとても多いですね。
 歴史を紐解けば、今から115年前の明治39年(1906年)、日本女子大学の夏期寮が「三泉寮」として開設。日本で最初の大学寮の開設となったようですね。従姉妹も友人たちと夏のひとときをここで過ごしたやに聞き及んでいます。