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智恵子抄

2013/ 09/ 07
                 
レモン哀歌

 そんなにもあなたはレモンを待ってゐた
 かなしく白くあかるい死の床で
 わたしの手からとった一つのレモンを
 あなたのきれいな歯ががりりと嚙んだ
 トパアズいろの香気が立つ
 その数滴の天のものなるレモンの汁は
 ぱっとあなたの意識を正常にした
 あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
 わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
 あなたの咽喉に嵐はあるが
 かういふ命の瀬戸ぎはに
 智恵子はもとの智恵子となり
 生涯の愛を一瞬にかたむけた
 それからひと時
 昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして
 あなたの機関はそれなりに止まった
 写真の前に挿した桜の花かげに
 すずしく光るレモンを今日も置かう


・日本詩人全集 9  高村光太郎 智恵子抄より  発行所株式会社新潮社 昭和41年11月10日発行


・・・「あなたの機関は」…ママ記載しました。




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