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落ち葉かき

2013/ 12/ 02
                 
 七一 落ち葉かきと薪山

 北風が吹き募って山の木の葉が落ちきるとクズかきが始まります。何日も熊手を持って山へ行くのです。南向きの山などで利根川を眺め乍ら落ち葉をかくなどは、山村の生活の尤なるものですが、北向きの山で風の中、吹雪の中のクズかきなどはかなりつらいものです。クズは厩舎に入れられて後堆肥となるのです。
 冬の山の別の仕事はマキ切りであります。山家のいろりは三冬の間煙を絶やしませぬから大火をたいたものです。この為沢山の薪が必要とされ、マキ山は冬の農家の重要な副業でした。勿論その大部分は都会に売り出されました。
 マキは各家の周囲に壁の代用ほどに積み立てられました。この燃料としてのマキも終戦後大きな変化を生じました。それはプロパンガスの普及でした。又石油も多く使用されるようになりました。この為、田舎の台所も大きな変化を見るようになりました。


 習俗歳時記  著者:今井善一郎  発行所:株式会社煥乎堂  昭和50年10月1日発行
 

     はじめに
 習俗歳時記の初版は今から三十四年前の昭和十六年に出版した。内容はご覧の通り一家の私事だが、その後大きな戦争があり、其後の大変革があって一家の私事にも大きな変化があった。その為再販を出してくれるという書肆の希望にもそのままでは応じかねた。そこで現在の事を書こうかと思ったが年中行事は昔のまま行っているのが懐かしのでなるたけ変化させないで止めた。然し生活行事はまるっきり変ってしまったのが多く、それはそれなりに変化の様相を記しとどめた。実を言えば年中行事もかつかつに昔の跡をたどっているので、もはや明日にも消え去るかもしれないのである。そこで今日の姿をここに書き止めて記念の意も含ませて置く。懐かしいのは日本の家族制度である。家族制度には幾多の弊害があるが私の家も、私の外戚の多くもこれを長く美しく保持して来たのでえある。
 今、日本国は制度としての家族制度を失った。私は今習俗としての家族制度に殉じようとしている。私の一生は「古屋」(ふるや)の守り(もり)である。
 今度も又補修再販の御迷惑を前橋の煥乎堂にかけた。感謝の意を表する。
                                   
                               昭和五十年四月八日   今井 善一郎



薪の蓄え
(薪の山)


落ち葉かき
(落ち葉かき)




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