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コロ

2014/ 03/ 15
                 
 祖父の生きていたころ、コロの生きていたころが重なり合って、箱田の家のことが思い出されます。

 夏休みなど、箱田の家の一番奥まったところにある十二畳が、泊りがけで遊びに来た私達子どもの寝所となっていました。
 早朝、蜩の斉唱と合唱で目を覚まします。
 セミの羽化を見ることが出来るのも、朝の早い時間に限られます。
 里山の林に向かうとき、私達子どものまえうしろを行ったり来たりするのが、コロでした。
 コロは、私たちの見張り番を任じてもいたようです。

 「白」は伯父が書いた自費出版の本の一つです。
 その本の中に「コロ」と題した一文が、5ページにわたって載っています。

 「白」の92㌻までの処迄を上野勇先生に見ていたゞいた。との前置きで、93㌻から95㌻にかけて、「上野勇」の感想を掲げています。
 「・・・   ・・・    良寛、淵明、宇津木靜区、友人、肉親、所思、その他と、例によって分類好きの癖で、分けて読んでいたようだ。コロ、鯉は所思の前に入れたい。肉親に准ずべき親しみがある。とりわけコロの方が、私には嬉しい。・・・   ・・・   」



 コロ

 友が死んでから
 私は墓まいりを
 ちよいちよいする。

 生前は可成疎遠であつたのに
 死なれると急に少年の日が思はれて
 それに墓も近いので
 私の足は自ら そこへむく。

 私が門を出ると
 コロが必ず ついてくる
 埋葬の翌日から
 この癖がついてしまつた。

 墓の辺に
 桜草とおだまきを植えた。
 それが今は、黄色と紫に咲いて、
 僅かに私の心を慰める。

 ところが コロだが
 友の墓標に
 小便をかけようとするのだ。
 電柱などと似てゐるからだろう。
 しかし、私は、これは困る。
 そこで コロを叱り
 コロをだましてよびよせる。

 外出の時も
 墓参りしてから出かける。
 そんな時 コロは
 やつぱり ついて来る。

 道へ出て、
 コロの頭に掌を向け
 「コロコロ帰れ」と云ふ。
 ノコノコついて来る事もあるが
 大体 わかって、立止り
 私の立去るのを見てから
 クルツと 向きをかえて
 ボサボサの尾を振り乍ら
 帰ってゆく。

 見ないふりし乍ら
 私はそれを見て居る。
 この時
 対手は犬であるのに
 淡い哀愁が 私の心に湧くのである。



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