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武蔵水路改築工事

2014/ 05/ 10
                 
 人出不足ということもあるようです。休日での工事も見かけるようになりました。
 
 「武蔵水路改築工事」。

 漏水が完工時に比べて30㌫もあること。当時の耐震設計レベルでの水路は、今の時代の基準に合致しないこと。補修工事中も水路が使用できるように、水路2つを併設した工事であること。などで、武蔵水路の改築工事が行われています。


 さきたま緑道に設置されている彫刻のすぐ横でも、工事が行われています。
森林浴④


 並走した二つの水路を作っています。
水路改修工事⑤

 
 大型クレーンもあちこちで首を伸ばしています。
水路改修工事①


 ご存知「サイホン」は、6か所にあります。
 最大導水量は、毎秒50㎥。水勢の強さと流れの速さは、怖さを感じるほどです。
 東京都の水道用水としては、30.274㎥/毎秒が使われます。



武蔵水路諸元です。
位   置 埼玉県行田市須加地先~埼玉県鴻巣市糠田地先
水路形式 コンクリートライニング台形水路
延   長 約14.5km
最大導水量 毎秒50㎥
主な付帯施設
 •サイホン〔6ヶ所〕
 •樋管
 •水位調節堰〔4ヶ所〕
 •放流口〔4ヶ所〕
 •水門〔2ヶ所〕
 •排水機場

用途です。
武蔵水路用途①


「武蔵水路について」の補足です。
 上記の「諸元」と「用途」もhpからの引用ですが、そもそもの武蔵水路の成り立ちについても、その歴史的背景を知る上で大切なことと思い、同じページから転記させて頂くことにしました。

 [ 昭和30年代、首都圏では経済成長に伴う人口の増加や生活の多様化により水道用水の需要の増加が著しくなりました。それに加え、昭和30年代後半から渇水が続き、東京オリンピック直前には深刻な水不足となり、真夏の首都は、「東京砂漠」と言われるほどの厳しい状態となりました。
 そこで、既存の農業用水の安定化を軸に立案された利根導水路計画の一環として武蔵水路が計画され、都市用水及び浄化用水として利根川の水を首都圏に運ぶものとしました。]
 
 東京オリンピックは1964年(s39)の10月に開催されましたが、その年の1月に武蔵水路工事が着手されました。 完成したのは、1967年(s42)3月のことです。
 今から47年前のことでした。




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