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夏の詩 ヴェルレーヌ

2014/ 07/ 12
                 
 ランボオの詩の翻訳では、小林秀雄の「 もう秋か。――それにしても、何故に、永遠の太陽を惜しむのか、俺達はきよらかな光の發見に心ざす身ではないのか、――季節の上に死滅する人々からは遠く離れて。」から始まる、「別れ」という詩が有名です。
 中原中也も小林秀雄と同様に、ランボオの詩集を遺していますが、二人ともに、ボードレールの詩の翻訳は、ほとんど手掛けていません。角川書店版の「中原中也全集 第5巻 翻譯」を紐解いてみると、・・・『君は明るい薔薇色の、美しい秋の空!』で始まる「饒舌」、「序詞」、そして「祝詞(のりと)」の三つが、ボードレールの名を僅かに止めているだけです。

 小林秀雄にいたっては、「ランボウ 〈ランボウ Ⅲ〉」の文中で、「 ・・・ 當時、ボオドレエルの「悪の華」が、僕の心を一杯にしてゐた。・・・」と、述べるに留まっています。
 彼は、フランスの詩人の中から、ランボウとヴァレリイの二人について執筆していますが、ヴァレリイを書くに当たっては、ランボウを描くほどの勢いを、自らが押しとどめているかのようなペンの走らせ方をしています。

 前置きが長くなりましたが、夏の詩を題材とした、フランスの詩人は誰だったったけかな・・・と、思い始めたのが、ついつい筆を滑らすこととなっていました。
ヴェルレーヌ、ランボー、ボードレール、ヴァレリイ、思いつくままに名をあげても、誰でもご存知の詩人たちです。
 フランスの詩の日本の訳者をみますと、上田敏、堀口大學、永井荷風、鈴木信太郎、川上徹太郎と、枚挙にいとまがありません。
 ヴェルレーヌの詩では、「秋の歌」が、上田敏、堀口大学訳などで、つとに知れ渡っていますが、「夏」を題した、「夏の庭にて」という詩もあります。
 今年の夏には、どなたの訳が登場してくることでしょう。

 「やさしき歌」に、いろいろな作曲家が曲をつけています。
 その一つ、ガブリエル・フォーレの曲は、1894年に生まれました。


ポール・ヴェルレーヌ
「さて、それはある晴れた夏の日のことだ」 ―やさしき歌より―

さて、それはある晴れた夏の日のことだ
大きな太陽は、ぼくの喜びに味方して
サテンと絹を身にまとった
お前の愛しい美しさを より一層美しくするのだ

真っ青な空は そびえるテントのように
その襞を華やかに揺らしている
すでに青く染まったふたつの幸福な額の上
幸せと期待との高ぶりで染まった額の上

そして夕暮れが来れば 風は甘く
戯れ 愛撫する お前のヴェールの中で
そして星たちの安らかな眼差しは
やさしくほほえみかけるのだ この夫婦に



≪出典》
・中原中也全集〈全5巻・別巻1〉 第5巻 翻訳
  1968年4月10日 印刷発行 
  発行所 角川書店
・小林秀雄全集〈全12巻〉 第二巻 ランボウ・Xへの手紙
  昭和43年2月20日 發行
  發行所 株式会社 新潮社


中原中也全集〈全5巻・別巻1〉 5 翻訳



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