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補足 たなばたさま

2014/ 07/ 16
                 
     悩みましたが・・・

 やはり「たなばたさま」のことについて、ちょっと補っておいたほうが良いかなあと思いましたので、改めて書き足すことにしました。

 池田小百合さんが主宰する「童謡の会」では毎年7月例会で「たなばたさま」を歌っています。
 「たなばたさま」への思いを深くしている池田さんが、たなばたさまの詩と、そのタイトルについて、とても素晴らしい考察をされていましたので、ここにご紹介させて頂きます。
 なお、文章中の楽曲の変遷について書かれている箇所を割愛させて頂いたことと合せ、文言字句について、簡素にさせて頂きましたことを、予め申し添えさせて頂きます。

 (ここで論じている「たなばたさま」の歌詞ですが、私的には、「一」及び「二」のそれぞれ三行目の「きらきら おほしさま」のことばの置き換えは、作曲時、音楽性を貴ぶために、(近しい人に曲のイメージを伝え)、「おほしさま きらきら」とされたのではないかなあ・・・と、感じました。


池田小百合考察による、権藤はなよ作「たなばたさま」の初収の詩と、詩のタイトル


 たなばたさま  詩・権藤はなよ

     一、ささのは さらさら
        のきばに ゆれる
        きらきら おほしさま
        きんぎん すなご

     二、ごしきの たんざく
        わたしが かいた
        きらきら おほしさま
        そらから みてる


《入れ替えの考察》
  「考察Ⅰ」:権藤はなよが文部省に提出した詩は、上部が四音でそろっていた。
  一番「ささのは」「のきばに」「きらきら」「きんぎん」
  二番「ごしきの」「わたしが」「きらきら」「そらから」
 「考察Ⅱ」:権藤はなよは、一番の最後を「すなご」とし、「ごしきの」と二番が歌い出しやすいように工夫した。
  そのため、「わたしが かいた ごしきの たんざく」とすべきところを倒置法を使い、「ごしきの たんざく わたしが かいた」とした。
  「考察Ⅲ」:「きらきら おほしさま」を「おほしさま きらきら」と入れ替えたアイディアは下總皖一で、作曲の時、「おーほしさーまー」と盛り上がりが生まれるようにしたかったからでしょう。入れ替えて成功しています。



 詩「たなばたさま」の考察 -池田小百合-

《初出のタイトルは「たなばたさま」》
 昭和16年3月発行の『うたのほん下』国民学校初等科第二学年用に掲載された、発表の時のタイトルは「たなばたさま」。他の曲同様、作詞・作曲者名は不記載。

《権藤花代 作詞の「たなばたさま」》
 昭和36年7月10日発行、ポプラ社の少年少女歌唱曲全集『日本唱歌集(4)』は、「たなばたさま」のタイトルで、文部省唱歌(権藤花代 作詞 下総皖一 作曲)と記載。
一番の四行目は「きんぎん すなご」。二番の一行目は「ごしきの たんざく」。
 この本の【監修】下総皖一【編集】真篠将(ましのすすむ 文部省初等中等教育局)・浜野
政雄。

《歌碑は「たなばた」》
 さいたま市の北浦和公園内にある歌碑(昭和53〈1978〉年7月2日建立)のタイトルは、「たなばた」。
この公園は、旧制浦和高校(後の埼玉大学)のあった所。
この詩を作曲した、下総皖一は、埼玉県師範学校で学び、卒業後、東京藝術大学教授時代(昭和20年代の後半から30年代の初め頃)に埼玉大学でも教鞭をとっています。
 「下総皖一先生を称える碑」なので、「たなばた」のタイトルの右は、最初に「作曲 下総皖一」と書かれ、その下に「作詞 林柳波 権藤はなよ」と2人の名前が書かれている。

《昭和60年発行「東京書籍」》
 昭和54年3月31日文部省検定済  『改訂あたらしいおんがく1』(東京書籍)は、タイトルは初出と同じ「たなばたさま」。権藤花代・林柳波 作詞、下総皖一 作曲と書いてあります。

《平成9年発行「教育芸術社」は》
 平成7年2月15日文部省検定済  『小学生のおんがく1』(教育芸術社)は、タイトルは「たなばたさま」。


  《平成21年発行の各教科書は》
  小学校1年生の音楽教科書(教育出版・教育芸術社・東京書籍)は、原曲名「たなばたさま」。 
権藤花代・林柳波 作詞、下総皖一 作曲となっている。1番、2二番ともに、平仮名で記載。


《後世に残す「たなばたさま」》
 後世に残すために編集された『日本童謡唱歌大系』Ⅰ(東京書籍)には、「たなばたさま」のタイトル。
「権藤はなよ、林柳波 詩 下総皖一 作曲」と書いてあります。
 

《権藤はなよ 作詞/林柳波 補作詞となっている理由》
 今までは、一番は権藤はなよ、二番は林柳波が作ったものとされていました。しかし、本当はそうではありませんでした。
 現在は「権藤はなよ 作詞/林柳波 補作詞」と表記するのが一般的です。権藤はなよの詩を柳波が手直ししたと伝えられているからです。
 横山太郎著『童謡大学 童謡へのお誘い』(自由現代社)には次のように書いてあります。

 “林柳波のご息女山田小枝子さんから「父は野口雨情とたいへん親しかった。そんな関係で雨情に師事していた権藤はなよから教科書に掲載してほしいと詩を手渡された。父はさっそく編集委員会の会議にかけたがボツになってしまった。しかし林さんが手直しするならばといわれて補作したようだ。どこをどんな風に補作したかは資料が何も残っていないのでわからない。いずれにしろ権藤はなよの詩が下敷きとなって、柳波の手が加えられたことは事実で、だから権藤はなよ作詞、林柳波補作と表示されるのが正しい」とのご指摘をいただいた。”

 この部分は、あらゆる出版物に使われています。出典を明らかにしておいてほしいと思います。
 ★“どこをどんな風に補作したかは、資料が何も残っていないのでわからない”とは、奇妙な証言です。

 【作詩の経緯】
 上笙一郎編『日本童謡事典』(東京堂出版)には、次のような事が書いてあります。執筆者は小野由紀。
 “作詩の経緯は、はなよが自作を唱歌にしたいと、教科書編集委員である柳波にこれを託し、柳波の修正ののち、今日の形となったという。はなよには『雪こんこお馬』の中に「七夕さん」という童謡があり、これが柳波修正前の原型であろう”
 この注目すべき記載について調査してみることにしました。

  【権藤はな子作「七夕さん」】
 はなよは、権藤はな子童謠集『雪こんこお馬』(凡人會)昭和七年(1932年)9月1日発行を出している。この中に「七夕さん」という童謡があり、これが小野由紀氏が元になった詩と判断しているものです。国立国会図書館所蔵(2010年7月29日に調査)

 私、池田小百合は、2年生の教科書対応の指導書を持っています。残念なことに表紙と奥付がなく、出版社と出版年が不明です。共通曲に「春がきた」「雪」「さくらさくら」が選ばれているので、昭和33年、昭和43年頃の教科書でしょうか。

 タイトルは「たなばた」で、「権藤花代 林柳波 作詞 下総皖一 作曲」と書いてあります。

坊田かずま作曲の「七夕さま」は、わらべ唄音階で作られている。下總皖一作曲の「たなばたさま」が発表された年の10年前の事です。

 「童謡の作曲家 坊田かずまの会」事務局長の坊田謙治氏から、次のような情報をいただきました(2013年9月15日)。
 「坊田かずまは、広島県安芸郡熊野町の生まれ。当時は安芸郡本庄村といった。権藤はなよの「雪こんこお馬」の作曲をしています。日本の土から生まれた、わらべ唄の採譜、その旋律を基本に童謡の作曲をしています」。教えていただき、ありがとうございました。

  【野口雨情と林柳波と林きむ子、権藤はなよの関係】  林柳波は、夫人の舞踏家・林きむ子が野口雨情の新作童謡に振り付けをして、その写真付き解説の随筆をしていたことから雨情との面識が生まれ、雨情により童謡の世界に入った人物です。権藤はなよは、柳波の妻(きむ子)と親しかった。

 【「たなばたさま」は新たに作詞されたものだった】
 権藤花代(本名は伊藤はなよ)の血縁の伊藤まなみさんから、次のような証言をいただきました(2011年9月19日)。
 “昭和十五年に文部省からの依頼で、花代は新たに「たなばたさま」を作詞したのです。『うたのほん下』には「羽根つき」も採用され、『初等科音楽 二』には「かぞへ歌」も採用されております。文部省に出した詩に、林柳波は一字も加筆しておりませんから、補作者ではありません”。
 「たなばたさま」は「七夕さん」とは別に作詞されたもので、文部省からの依頼だったという重要な証言です。「羽根つき」も権藤花代の作詞でした(曲は四ヌキ)。なお、「かぞえ歌」の作詞者は既に「権藤はなよ」と定められています(日本音楽著作権協会資料。作曲者はPD=著作権が消滅した権利者を意味する記号ですが、曲は一般的な数え歌のメロディーです)。

 野口雨情のご子息、野口存彌氏は次のように書いていました。“権藤はなこは昭和36年11月3日に永眠されたが、「たなばた」[池田(註)、正しくは「たなばたさま」だが、野口存彌氏は一貫して「たなばた」と表記している]は戦争中に小学校が国民学校に切り換えられ、新しい教科書が編纂される際、文部省からの依頼で作詞している。作曲者は下總皖一である。ご家族からは、第2節の3行目が「きらきら おほしさま」となっていたのを教科書の検定委員だった林柳波により現行のように「おほしさま きらきら」にあらためられたと聞いた。原作との異同はそれだけだということであり、補作という場合の一般的常識からみて問題が残るのを感じさせられるのである”(上笙一郎編『日本 童謡のあゆみ』大空社、1997)。

 <「補作」について>
 ★このように見て来ると、言葉を入れ替えただけで林柳波補作とするのは疑問です。両者の証言を検討する必要があります。


たなばたさま
一 ささの 葉 さらさら、
  のきばに ゆれる。
  お星さま きらきら、
  きん ぎん 砂子。
二 五しきの たんざく
  わたしが かいた。
  お星さま きらきら、
  空から 見てる。
(昭和16年3月発行の「うたのほん下」-国民学校初等科二学年用-に掲載された、初出のタイトルは『たなばたさま』。当時の文部省唱歌などは、作詞者、作曲者の名前は書かれていません。)
 作詞:権藤花世
 作曲:下總皖一



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