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あれから 美空ひばり 令和最初の紅白歌合戦

2019/ 12/ 30
                 
 ひばりさん歌声しびれとき刻む30年経て今蘇る

  1-1あれから.


 平成元年(1989年)に亡くなったひばりさんの歌声が、令和元年(2019年)最初のNHKテレビ紅白歌合戦の、「AI美空ひばり」で蘇りました。 〈NHKテレビ放送より書き写し〉


 あれから  秋元康

 1-1-1美空ひばり あれから イントロ

夕日がまた沈んでいく
あっというまの一日
どこかに大事な何かを
置き忘れたような自分の影
地平線は変わらないのに
静かに移ろう景色
生きるというのは 別れを知ること
愛しい人よ

 1-4あれからどうしていましたか

あれからどうしていましたか
私も歳をとりました
今でも昔の歌を気づくと 口ずさんでいます
振り向けば幸せな時代でしたね
いくつか星が煌(きら)めいて
後悔さえ美しい
今日できなかった何かが
明日はできるような気がして来る
長い道を歩き続けて
生れた瞬間(とき)から追いかけてきたのは
母のその背中

 1-3中ほど

あれから元気でいましたか
随分月日が経ちました
何度も歌った歌を
もう一度歌いたくなります
そう誰もが大切な思い出が人生
お久しぶりです
あなたのことをずっと思っていましたよ
頑張りましたね

さあ私の分までまだまだ頑張って
なぜだか涙が止まらない
心がただ震えています
あれからどうしていましたか
私も歳をとりました
今でも昔の歌を気づくと口ずさんでいます
振り向けば幸せな時代でしたね

 1-2歌の最期
                 
        

カラマーゾフの兄弟 NHK Eテレ 12月「100分 de 名著」

2019/ 12/ 09
                 
 本屋何処(どこ)あちこち探す師走午(ひる)


   ・・・ 私は、電子書籍は性に合いません。 ・・・

 「メガドンキ」に変る前は、「長崎屋」でした。その2階には書店が入っていましたが、いつしか「DAISO」に代わっていました。
 
 「アピタ」の2階に,書店が入っていました。いつのときか、その書店が撤退し、別の書店に代わりました。が、その後しばらくして、アピタ閉店となり、足を運ぶこともかなわくなりました。

 鴻巣駅前の、「エルミこうのすショッピングモール」3階に、「LIBRO」が入っています。
 行田駅にほど近い、「UNICUS」(ウニクス鴻巣)の2階に、「宮脇書店」が入っています。
 何れの書店も、自宅からそこそこの距離にありますので、ついつい何かのついでに、欲しい本などを買い求めることとなります。


 12月4日の水曜日、午後0時00分~0時25分放送、NHK Eテレ12月「100分 de 名著・カラマーゾフの兄弟」の再放送を見ました。
 

 1-1過剰なる家族

◇第1回 2019.12/2(月)放送
  過剰なる家族・・・ドストエフスキーがこの物語に仕掛けた・・・

 1-2-1関係


 ・・・ 神がいなければ すべてはゆるされる ・・・

 1-6神の存在 -

◇第2回 2019.12/09(月)放送
  神は存在するのか?
  ドストエフスキーが問い続けた根源的な・・・

  1-7矛盾 神の存在 ドストエフスキー

◇第3回 2019.12/16(月)放送
  「魂の救い」はあるのか
  人間は善悪の矛盾の只中に置かれながらも・・・

 1-1-1カラマーゾフの兄弟 亀山郁夫訳


◇第4回 2019.12/23(月)放送
  父殺しの深層
  続編にも想像を膨らま(せ)つつ、人類に普遍的・・・
  「第四回は、ついに書かれることのなかった「カラマーゾフの兄弟」の続編にも想像を膨らま(せ)つつ、人類に普遍的な欲望だともされる「父殺し」の欲望とは何かを深く探っていく。

 1-2-1新カラマーゾフの兄弟亀山郁夫著


[指南役] 亀山郁夫
[朗読] 津田寛治
[語り] 加藤有生子


 早速、テキストを買いに行こうと思いました。

 1-5テキスト
 ○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
 『カラマーゾフの兄弟』 2019年12月
 2019年11月25日発売


                 
        

渡邊紗鷗の書  伊東参州 

2019/ 12/ 06
                 
 東海紗鷗の書  
    伊東参州

 3 足下雲生 渡邊紗鷗
 (「足下雲生」)


 渡邊紗鷗は名古屋の産である。そのため落款には紗鷗という号の上に東海とか、東海居士を冠して書くことが多い。
 郷土の人であるという親近感だけではなく、私は紗鷗の書が好きである。明治以降の有名書家の仲間にあっても燦然と光彩を放っている。いうなれば実力者である。

 2 虎 渡邊紗
 (「虎」)


 はじめ鳴鶴に師事し、鳴鶴の紹介で、悟竹の教を受けて開眼され、磨きがかけられて一家をなした。
 晩年、鳴鶴から遠ざかったため、鳴鶴をして「紗鷗は書はよいが、人物はいけない」と謂わしめたと伝えられるが、私には書から受ける感じからいえば、鳴鶴の言がどうしても信じられない。感情的言辞ではあるまいか。果して、真底背信的な人間なのであろうか?
  紗鷗の書に、そのような人間的醜悪の面が、いや濁りが感じられないのは私の眼力の不足なのだろうか。

 4 賛 渡邊紗鷗

 (「賛
 従來樵谷弄奇藝、
 花火線香技入神。
 體以車輪手如電、
 袖珍會上珍中珍。
  東海紗鷗題 」)




 前にも一度書いたことがあるが、終戦後、神田の飯島書店で、紗鷗の遺作ならびに遺愛の品々が多数委託販売されたことがあった。その際私は、遺作の数点と、遺愛品の大半を入手して小躍りしたことがある。それから数年後、あの時、遺作全部を購入しておけばよかったのにと、ひどく後悔したことがある。
 少々経済不如意の時でも、専門の書籍や、書画は、欲しいと思ったら無理算段しても入手しないと、毎日必ずと云ってよい程悔まれるものである。

 5-1東海居士 紗鷗 録樂志論

 5-3東海居士 紗鷗 録樂志論5-2東海居士 紗鷗 録楽志論.


 機会あるごとに私は紗鷗の作品を見たし、鑑賞しようと努力もした。紗鷗の書に対する執念の強さが判ったような気もする。
 鳴鶴に師事すれば鳴鶴流に、悟竹に指導を受ければ全く悟竹流に書いた一時期もあったようだ。

 自我を抑制して精進する態度は、尊くもあり、異状と云ってもよい。驚嘆の外はない。人に知られない努力もしたろう。
 晩年は、自己の書風を樹立し得た。やはり天分が豊かであったようである。

 1-1 紗鷗書   
( 快瀉蒼崖一道泉、
 白龍飛下蔚藍天。
 空山有此眞奇觀、
 倚杖來看思凛然。
     紗鷗書   )
 



 若くして他界したが、その書業を追慕崇敬する学書者が漸増する点など、どこか川谷尚亭と共通する。不思議である。
 このような鬼才は、もっと長命して欲しいものだが天は無情である。

 6-1觸目會心  渡邊紗鷗

6-2觸目會心  渡邊紗鷗.


 伝統をふまえて、しかも近代的感覚と、滋味豊かな書線で、造形する新鮮さは、実に魅力的である。芭蕉のいう不易と流行とを体現し得た能書ともいえよう。

 掲載の作品は、二年ほど前、神保町の飯島書店で同時に入手したものである。小品の方だけにしようと思ったが、前車の轍を踏むのを恐れて、前書き(若書きの意)の方の半切作品をも無理して買うことにした。これは、四十歳前後の作だろうと推定するがどうだろうか。
 まだ技術的には、不満足な点もあるが、芸術的天分の豊富さがほのみえて、何とも羨ましい限りである。
 小品の方は最晩年のもので紗鷗調とも名付くべき佳品である。
 中央に余白の多いのは、書画帖に書かれたものだからである。
 肉筆からは、水もしたたるような色香、いやどうも失礼、えもいわれぬ墨香が感受されて、眠れる私の書魂を誘発するに充分である。

 釈文、
置屋乱山荒竹中、 諭心此境与誰同
期人不至谿橋遠  手裡残書読欲終
   東海居士紗鷗書

画帖小品作、
 軽舸迎仙客 悠々湖上来
 当軒体尊酒 四面芙蓉開
   東海紗鷗書


 (全日本書芸文化院発行『書宗』  四十年九月号より) 


                 
        

八千草薫さん 安らかにお休みください

2019/ 10/ 29
                 
 薫さん八千草の名にこころうつ一つひとつのそのときの顔

 10-3八千草薫



記憶
    あの夜、浜辺で歌っていた姫。
  〽あした 浜辺を
  さまよえば
  昔のことぞ
  しのばるる
  (※「やすらぎの郷・下」第114話/194p.九条摂子〈姫〉…八千草薫)

 1-9八千草薫さん下2の1



 アナの声「何という数の弔問客でしょう。・・・
昭和、平成を生き抜いて来た、この世紀の天使のお別れに、信じられないこれだけの人が全国から集って涙を流しているというこのことは、九条摂子さんが時代を超えて、如何に人々から愛されてきたかという証といって過言ではないでしょう。
九条さん、安らかにお休みください! 私たちはみんなあなたのファンでした」

 10-2八千草薫


 テレビドラマの中では、斯様に九条摂子さんの葬儀の模様を伝えていましたが、・・・

 1-8八千草薫さん下2-2 - - コピー



 八千草薫さん、令和元年10月24日(木)、午前7時45分に帰らぬ人となりました。88歳永眠。
 関係者によると、亡くなる約2時間前まで、意識はしっかりしていたといいます。

 1-6八千草薫さん 中1の1

 遺志に沿ってこの日、少数の親しい関係者が集まる中、荼毘(だび)に付されたとのこと。
本人の希望により、お別れの会も開かれないということです。

 1-4八千草薫さん 上4

 八千草薫さん、安らかにお休みください・・・

 10-1八千草薫


                 
        

敦煌 八千草薫 NHKテレビ おしん 北村和夫

2019/ 08/ 15
                 
 おしんみて北村和夫思い出す八千草薫敦煌の劇


 7-1八千草薫 敦煌その1


 昭和35年(1960年)にNHKテレビで放送された『敦煌』。
 7月9日の土曜日、午後7時30分からの2時間番組でした。

 8月14日(水)、午前7時15分からのNHKテレビドラマ『おしん』(再放送.〈本放送1983年4月11日‐1984年3月31日〉)に、田倉大五郎役で出ていた北村和夫さんを見ながら、一昔前、同じNHKで放送された『敦煌』を思い出していました。
 百人隊長の役を北村さんが演じていたと、拙い記憶では語っています。
 八千草薫さんは、当時も今(『やすらぎの刻〈とき〉~道)〈テレビ朝日.思いでの場面など…〉)も、目が離せない女優さんの一人です。


 7-2八千草薫 映画のシーンその3