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鮭の産卵 -シリーズ3-

2014/ 11/ 12
                 

 鮭の産卵 -シリーズ3-

 鮭の卵です。
 食用としては、「スジコ」、「イクラ」という名前でお馴染みです。
 魚釣りのエサにすると、食いつきが良い一品とのこと。

鮭の卵③



 武蔵水路改善事業 

 鮭の採卵のことは、次回以降に譲ることにいたします。
遠回りから更に横道にそれることになりますが、「武蔵水路」の現状について触れておきたいと思います。
 今、武蔵水路は改善中です。【武蔵水路改善事業】として、概算約700億円の費用をかけ、平成24年度から平成27年度までの工期とする計画です。(2009年8月11日、国土交通大臣より認可された事業)

武蔵水路改善工事②

 順を追って説明することにいたします。
 まず、武蔵水路の現状と課題として、次の3項目を掲げています。
 一つ、通水機能の低下
  ・地盤沈下や老朽化により、通水能力が約30%低下
  ・老朽化による水路の崩壊、導水停止、第3者事故発生の危険性が増大
 一つ、施設の耐震性
 一つ、水路周辺の内水排除
 次に、武蔵水路改善事業の効果をみることにいたしましょう。
 一つ、安定通水機能の回復
 一つ、施設の耐震化
 一つ、内水排除機能の確保・強化
 一つ、荒川水系の水質改善
 この4つの項目を受けて、武蔵水路施設の改善計画が実行に移されていますが、ここでは割愛させて頂きます。

 武蔵水路改善工事①

 
 ~安心と親しみのある武蔵水路~
 武蔵水路の改築後の姿を一つひとつみてみましょう。
 一つ、通水能力を回復し、安定的な通水が可能となります。
 一つ、首都直下型地震にも耐えられる丈夫な施設となります。
 一つ、水路を2連化し、施設の長寿化を目指します。
 一つ、内水排除強化により、洪水被害が軽減されます
 一つ、浄化用水を導水し、荒川水系の水質維持に寄与します。
 一つ、景観に配慮した、親しみの持てる施設を目指します。

 
   計画通りに、2016年3月までに、【武蔵水路改善事業】が完了することを、地元住民の一人として願う次第です。
 
 
 







                 
        

 鮭の産卵 -シリーズ2-

2014/ 11/ 11
                 

 利根大堰と武蔵大橋      


 利根大堰を遡上する鮭は、この3年連続して過去最高を記録しています。
 平成25年度(2013年度)は18,696尾で、平成24年度(2012年度)の15,889尾を2,807尾も上回っています。
 平成15年度(2003年度)の1,515尾と比べると、実に12倍の遡上数となっています。(採卵観察会〈11月8日〉の冒頭挨拶と、スタッフの方の説明などから使い勝手させて頂きました。)

 利根大堰は昭和38年(1963年)に着工され、昭和43年(1968年)4月に完成しましたが、抑々、この堰は、どういう目的でつくられたのか、鮭の話から遠回りとなりますが、
 独立行政法人水資源機構利根導水総合事務所のパンフレットを引用させて頂いて、理解を深めることにいたします。
 『昭和43年から農業用水、都市用水等の本格的な取水を開始し、平成23年(2011年)8月までの累計で、800億㎥が取水されました。東京、埼玉の都市用水として、首都圏の生活を支え、農業用水の安定供給と農業の近代化に寄与して来ました。』とあります。
  利根川(行田市須加地先)から取水した水は、14.5kmの人口河川の武蔵水路となって、荒川(鴻巣市糠田地先)に注ぎ込まれています。
 最大導水量は毎秒50㎥です。
東京都の水道用水としては、30.274㎥/毎秒となっています。
 なお、利根大堰にかかる武蔵大橋は、全長787.2mで、幅員は7mです。


 利根川から荒川まで続く武蔵水路に沿って、桜並木が延々と続いています。
 以前、どこぞやのテレビで、「どこまで続く桜並木」として、上空のヘリコプターから、14.5kmを映し出していました。
 さきたま緑道や、さきたま古墳公園でのお花見はもとより、武蔵水路に沿って車を運転するだけでも、春爛漫を十分楽しむことができます。



 武蔵大橋・利根大堰の写真と、この堰を起点とする5つの取水口の写真です。
 昨年の9月と11月に撮りました。

武蔵大橋利根大堰201309①
 武蔵大橋・利根大堰


武蔵水路導水口201311②
 武蔵水路導水口

埼玉用水路導水口201311
 埼玉用水路導水口

行田上水口201311③
 行田上水口

見沼台用水路導水口201311④
 見沼台用水路導水口

邑楽用水導水路201311⑤
 邑楽用水導水路


利根大堰201311⑥
 利根大堰・武蔵大橋



鵜の群れ②2013年11月
 鵜の群れ(2013年11月撮影。カワウだと思います。)


                 
        

鮭の産卵 -シリーズ①-

2014/ 11/ 08
                 

 鮭の産卵 -はじめに-

ギンザケ(メス)① 2014年11月8日撮影
 (ギンザケ〈メス〉2014年11月8日撮影)


 北海道標津町は、鮭の水揚げ高が日本一の町です。
 海岸線から根室海峡を隔て、国後島が一望できます。
 2012年(平成24年)6月に、北海道旅行をしたおりに、レンタカーを駆って道東まで足をのばしました。投宿先は、何十年前から「行くよ!」と約束していた、標津川温泉 ぷるけの館 ホテル川畑です。
約束を漸くにして果たしたことも然ることながら、久しぶりの再会で、旧交を温めることができました。(※夜食後のひととき。お酒は、碓氷勝三郎商店の「さけきらり 北の勝」でした。)

 ぷるけの館を拠点として、あちこち巡りましたが、その一つが、「鮭のふるさとの町『標津サーモン科学館』」です。
 何故、鮭の「ふるさとの町」かといいますと、「標津」はアイヌ語で「鮭(=標:シベ)」の「居るところ(=津:ツ)」ことを意味するからです。(※念のためですが、勿論、彼から教えてもらった受け売りです。)

標津サーモン科学館③
 標津サーモン科学館パンフレット

鱒之介②
 (「鱒之介の幼魚=マスノスケ=キングサーモン」)


 天然鮭について理解を深めるために、サーモン科学館などなどのパンフレットの一部を拝借することにいたしましょう。


遡上と産卵
 
 北洋を2年から6年回遊し、成長した鮭は、秋になると生まれ故郷の河川に産卵のために帰ってきます(遡上)。海にいる時は銀色をしていた体色も、河川に入る頃は、銀色のうろこが次第に黒ずみ、タテ、ヨコに紋様ができブナ毛となり、雄は“鼻曲り鮭”と呼ばれように鼻も曲ってきます。数々の障害を乗り越え、産卵場を求めてひたすら川をのぼる鮭。天然の産卵場は湧水が出ている砂利地帯が選ばれます。これは、水温の変化が少なく、鮭の卵が育つ環境に適しているからです。産卵は、秋から12月位頃まで行われます。群の中で意気投合したメスとオスの一組の夫婦が生まれ、それから巣作りが始まります。メスが産卵床になる穴を掘り、オスは他のオスが近づくのを防ぎます。穴が掘られると、メスは数回にわけて放卵を行い、同時にオスは放精を繰り返し、受精が行われます。産卵が終ると、後はメスの仕事です。卵を外敵から守るために穴を砂利で覆います。産卵される卵は、1尾当り約3,000粒です。
 このような産卵行動が3~5日にわたって行われます。鮭は数日間、産卵床を守っていますが、やがて力尽きたメスもオスも、その役割を終えて息を引きとっていきます。

鮭の遡上⑤2013年11月17日撮影
 (鮭の遡上2013年11月17日撮影)

 
   
 孵化から海への旅立ち
   
 水温変化の少ない湧水の出るところに産卵された卵は、砂利の中で成長し、毎日の水温を足し算した数値の合計値が480℃になると孵化し、さらに480℃に相当する日数が経つと稚魚となって砂利の中から出てきます。巣から出た稚魚は、川の中にいる昆虫などを餌として成長します。しかし、逆に大きな魚に食べられることもあるわけです。少しずつ成長した鮭の稚魚は、翌年の2月下旬頃から3月頃にかけて海に下ります。
 海に下った鮭の稚魚は、1カ月ほど湾内で生活し、動物プランクトンなどを食べて、大海原へ旅立つための力を蓄えていきます。様々な困難を乗り越えながら、母川から海へ、沿岸から北洋へ、めざすは遠くアリューシャン海域、ベーリング海。何十万年もの遠い昔から繰りひろげられてきた壮大な鮭のスぺクタルのスタートです。
 




 利根川の鮭


 利根川を遡上する上限は、本流では前橋市と渋川市の境界に位置する坂東橋のところ、支流の烏川は高崎市役所のちょっと北西方向辺り、もう一つの支流の碓氷川も、やはり高崎市郊外辺りが上限とのことだそうです。

 きょうは、鮭の遡上と採卵を見ることができるということで、利根大堰にやってきました。

 独立行政法人 水資源機構 利根導水総合事務所、行田市役所、地元小学校などで、鮭の卵を採取、孵化させ育った稚魚を再び利根川に放流する活動を続けている、「サケの遡上・採卵・放流事業」の一環として、平成26年11月8日(土曜日)、「サケ遡上・採卵観察会」が開催されました。