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熊谷ラグビー場で、「ラグビーワールドカップ2019」が、3試合開催されます。

2019/ 04/ 23
                 
 

 通常チケットは、1,000円(こども〈開催日当日16歳未満〉)から15,000円まで。

◇9月24日(火曜日)19時15分キックオフ  ロシア v サモア
◇9月29日(日曜日)14時15分キックオフ  ジョージア v ウルグアイ
◇10月9日(水曜日)13時45分キックオフ  アルゼンチン v アメリカ

 ※第三次一般販売(先着)は、2019年5月18日(土曜日)18時からです。
公式チケットサイト(外部サイト)からチケットIDに登録して購入をお願いします。
ラグビーワールドカップを熊谷で観戦しましょう!
※非公式チケット販売サイトが複数存在しております。ご注意ください。




サイのぶん太くん埼玉新聞キャラクター
埼玉新聞  2019年2月9日(土)

ラグビートップリーグ強豪パナソニック、熊谷移転を申し入れ 熊谷ラグビー場が本拠地、近くにクラブハウス

  ラグビー・トップリーグの強豪パナソニックワイルドナイツの関係者が8日、県庁に上田清司知事を訪問し、チームの本拠地を現在の群馬県太田市から熊谷市に移転する方針を正式に伝えた。同チームの飯島均部長は訪問後、取材に「(9~11月の)ワールドカップ(W杯)後、速やかに(移転)できればありがたい」と話した。
 知事訪問は冒頭のみ報道陣に公開された。飯島部長は「熊谷はラグビー熱が高く、施設も素晴らしい。北関東を盛り上げるため、埼玉県と協力したい」と移転に意欲的。「細かいことについては(今後、埼玉)県から指導していただく」とした上で、W杯会場となる県営熊谷ラグビー場を本拠地とし、ラグビー場のある県営熊谷スポーツ文化公園内に練習場とクラブハウスを設置したい意向も明らかにした。
 上田知事は「日本を代表するトップチームを迎えることは名誉なことで、県民を代表して歓迎したい。これからも群馬県と埼玉県が一緒になって応援していくチームであることは変わりない」とコメントした。
 熊谷市の富岡清市長は「ラグビーによるまちづくりに取組んでいる本市にとって、まさに朗報であり、喜ばしいこと。本拠地移転が実現した場合は歓迎し、ラグビータウン熊谷から多くのラグビー情報が発信できるよう、県やチームと十分な連携を図っていきたい」とコメントした。
 同チームは、円滑な本拠地移転に向けて相互に連携し、協力することなどの内容を盛り込んだ連携協定案を提案。同協定は県と熊谷市、パナソニックの3者間で本年度内に結ばれる見通し。


                 
        

聖天さま参詣のお土産にいなり寿し その名も「聖天寿し」

2019/ 04/ 07
                 
 
 
 縁結びのご利益・妻沼聖天山にちなんで、縁起の良いメニューをたくさんのお店が揃えています。
 参拝のおりに、どうぞお立ち寄りください。

~ めぬま 聖天さまと縁結びのまち ~

 「縦横無尽。5」ガイドマップの中から、今回は縁結びメニューの中から、聖天さまお膝元の「聖天寿し」をご案内いたします。

 「聖天寿し」
 
 熊谷市妻沼1515
 ☏048-588-0162
 営業時間/9:00~売り切れ終い
 休日/月曜日(祝日の場合は振替)
 駐車場/共用P
 ※聖天さま参道に面している。


  32-2 聖天寿し 

32-1聖天寿し 包装




 32-4 聖天寿し -

 
 32-5聖天寿し



                 
        

妻沼聖天山 貴惣門 百年のときを超えて建立

2019/ 04/ 06
                 
 妻沼聖天山には、平成24年(2012年)7月9日に指定された国宝(「歓喜院聖天堂」)が一つと、二つの国指定重要文化財があります。
そのうちの一つは旧国宝で昭和35年(1950年)8月29日に指定された工芸品の錫杖(「御正躰錫杖頭」)で、もう一つが平成14年(2002年)5月23日に指定された建造物の門(「貴惣門」)です。
また、境内には、国登録有形文化財が九つあります。

  貴惣門は、聖天堂の伽藍と並び特徴的な建造物として知られています。
寛保年間(かんぽうねんかん.1741年2月27日~1744年2月21日)に企画された貴惣門の建立は、100年以上の歳月を経て弘化4年(1847年)11月に再び発意され、勧進を募ることなどして寄進を受け、ようやくにして嘉永4年(1851年)に竣工したという経緯(いきさつ)を持っています。
嘉永4年といえば、妻沼村俵瀬(現熊谷市俵瀬)出身の「埼玉の三偉人」のひとりである荻野吟子が生まれた年でもあります。

 貴惣門は、破風(はふ)を三つ重ねた特異な側面の意匠からも、全国でもほとんど類例をみない門の一つである。と、『熊谷市史 別編2 妻沼聖天山の建築 本編』で、伝えています。
 ちなみに現存する同様な建造物は、誓願寺山門(青森県弘前市.昭和13年8月26日、国指定重要文化財.弘前市の公式サイトによると、江戸時代中期に創建されたと推定される云々とあります)、豊楽寺仁王門(岡山県岡山市)、四天王寺東大門(大阪府大阪市.1984年再建)、そして貴惣門(埼玉県教育委員会公式サイト〈※註〉では、安政2年〈1855年〉頃完成と記載されています)の四つとなっています。
〈※註:歓喜院貴惣門/安政2年頃完成。表側に波風を3つ重ねた特異な意匠の三間一戸の八脚門。聖天堂の棟梁林正清の子孫、林昌道が棟梁となり建立。〉

 41-2 歓喜院 貴惣門横面

 41-1 歓喜院 貴惣門正面 - コピー


 42-1 貴惣門  守護

 42-3 貴惣門 守護

                 
        

妻沼聖天山歓喜院 840周年記念「秘仏御本尊御開扉」

2019/ 03/ 30
                 
 
 国指定重要文化財の、御正躰錫杖頭(みしょうたいしゃくじょうとう)が23年ぶりに公開されます。
  《「歓喜院聖天堂」(かんぎいんしょうでんどう=妻沼聖天山本殿)は、平成24年(2012年)7月9日に国宝に指定されています。》

 11 秘仏



 男女二体の小さな仏(歓喜天)が、錫(すず)製の杖(つえ)の頭部(高さ47cm)の中央に立つ形で、寺の名の「歓喜院」はこの秘仏が由来ともされると新聞記事では伝えています。

 今回の開扉は、寺が開かれて(1179年創建)840周年に当たることからお披露目されます。院主も不定期の御開扉の時しかその姿を見ることができないそうです。

 4月16日(火)~22日(月)の1週間、一般公開されます。
 (午前10時から午後4時の間、聖天堂近くの太子堂で公開)
 16日午後2時から、鈴木英全院主、山下学芸員らによる座談(聴講無料)が、境内の石舞台で開かれます。
 

妻沼聖天山歓喜院(めぬましょうでんざんかんぎいん)
埼玉県熊谷市妻沼1627
☎048-588-1644

 21-1聖天さま 本殿正面
   妻沼聖天山本殿


 21-2聖天さま 本殿側面
  妻沼聖天山本殿側面.桜の見ごろ時期は、この角度がベストショットだそうです。




 ⇒⇒⇒ツヅク ⇒⇒⇒ 次回は、院紋「二股大根」の予定です。

                 
        

下忍神社 力石  琴平神社 新川早船絵馬

2019/ 03/ 06
                 
 
 下忍神社拝殿前に、力石が左右に分かれて2つおいてあります。

 15-1 下忍神社 力石   15-4 下忍神社 力石

 大きい石は24.8貫匁(93.0㎏)、小さい石は10.8貫匁(40.5㎏)の重量です。
何時の時代から存在するか明らかではありませんが、昔の若衆が農休日などに神社に集まり、力比べをした旨の説明札が立てられていました。

 12 下忍神社鳥居

 14 久伊豆社 下忍神社



 『埼玉の神社』(埼玉県神社庁編集)より、「下忍神社」の項を引用させていただきますと、
 当社の創始は、口碑に「下忍神社は昔、久伊豆(ひさいず)社と呼んでいた。久伊豆社は武蔵七党の一つ私市党(きさいとう)の氏神で、私市城の鎮めに祀った社(やしろ)である」・・・
また『明細帳』には「昔ヨリ下忍村上組総鎮守ト仰キ云々」とあり、『風土記稿』には「久伊豆神社 村の鎮守とす、明光寺持」と載せている。
 明治初めの神仏分離により寺の管理を離れ、明治二年に村社となり、同三年に高畑の賽神社を境内に合祀し、同四二年には東谷の天神社を本殿に合祀して、社号を下忍神社と改める。更に、同年中に京田の山神社、高畑の琴平神社を境内に合祀する。
 合祀社のうち賽神社は、古くは道六神と称し、既に『慶長十三年検地水帳』(島崎隆家所蔵)にその名がみえることから古社であることが分かる。また、琴平神社は、旧別当明光寺の本山、行田遍照院の金毘羅大権現であり、神仏分離により下忍飯田萬吉家に移され、次いで当社に合祀したものである。内陣に、「弘化四年開眼供養」の墨書がある金毘羅権現蔵(24センチメートル)を安置している。
と、書き表されています。

 16 鳥居の琴平神社文字

 18 琴平神社 -

 17 金毘羅大権現
  金毘羅大権現



 明治6年(1873年)、琴平神社に奉納された「新川早船絵馬」(しんかわはやぶねえま)の作者は絵師の岩田霞岳(かがく)で、願主は芝崎鉄五郎です。
 桐板6枚を繋げて造られ縦77.5cm、横104.7cmの額装です。
 琴平神社に飾られている絵馬は複製(「埼玉県立 川の博物館」制作のレプリカ)です。

 11 新川早船絵馬

 実物は行田市郷土博物館に寄託されていますが、ふだんは未公開となっています。


 この絵馬は、明治6年(1873)に琴平神社(下忍神社境内)に奉納されたもので、作者は絵師の岩田霞岳(かがく)、願主は芝崎鉄五郎です。桐板6枚を繋げて造られ縦77.5cm、横104.7cmの額装です。
 新川とは新川河岸(かし)の事で、寛永6年(1629)の荒川開削以降に開かれ、主に忍藩の年貢米や御用荷物の運送で賑わいましたが、鉄道の開設により衰退し、大正末頃には消滅してしまいました。
画面中央には早船の様子、左上には河岸問屋の様子が描かれており、船、問屋の家屋、波頭が見事な筆致で描かれています。下半部には本絵馬の奉納者の名前と国・村名が列記されていますが、その構成は埼玉県の外、栃木、千葉、茨城、群馬県にまで及んでいます。奉納者は、問屋仲間や船頭仲間として新川河岸とつながりのあった者と考えられ、彼らが商売繁盛と航行の安全を祈願して、船運の神として信仰されていた琴平神社に奉納したものと思われます。当時の船運、新川河岸の様子や金毘羅神社信仰の様相を示す貴重な資料です。(「行田市指定有形文化財」〈平成13年3月30日指定〉行田市教育委員会)